「合意」事項は何もなし!
事態は、ほぼゲッセンの予想通りに進んだ。終了後の共同記者会見では、普通ならホストであるトランプがまず「俺がこの歴史的会談を設営し取り仕切って、ロシアにこれとこれを呑ませたんだ」と胸を張るべきところだろうに、ゲストであるプーチンに先を譲って8分ほど喋らせ、自分は後から3分ほど短く話しただけだった。
日経新聞17日付が両首脳の発言全文の日本語訳を載せていて、それで数えると、プーチンの11字詰め × 253行に対しトランプは114行で、2.2倍の差がある。それだけホストがゲストに気圧されていたということである。
しかもトランプの「合意した点はたくさんある。まだ完全に合意には至っていない大きな問題はいくつかある。前進はあったが合意が成立するまでは合意ではない」という言い方は、ほとんどしどろもどろで、つまり合意事項は何もなかった(nothing)ことを示している。
アラスカについてのプーチンの長広舌はゲッセンの予想が大当たりで、253行のうち68行(27%ほど)をそれに費やした。
米露が隣人であること、ロシア領時代からの正教会や700以上のロシア語由来の地名がアラスカに残っていること、第2次大戦中に露米が共同で行った空輸作戦のパイロットたちの墓がロシアのマガダンにもアラスカにもあることなどを述べ、それはゲッセンが言う通り、ロシアが米国と並ぶ大国であることを世界に見せつけるためのデモンストレーションだった。
「根本的な原因をすべて取り除く」
プーチンの発言の中でウクライナに触れたのは、何と55行(22%ほど)で、アラスカ歴史講義より短かった。
内容で肝心なところは、「ウクライナ情勢はロシアにとって、私たちの国家安全保障に対する根本的な脅威と関連している」「危機の根本的な原因をすべて取り除き、ロシアの正当な懸念がすべて考慮され、欧州と世界全体における安全保障の公正なバランスが回復される必要がある」と、従来からの原則的な立場を繰り返した部分である。
すべて取り除かれるべき根本的な原因とは、領土問題とウクライナのNATO加盟問題であろう。
本誌が繰り返し述べてきたように、ウクライナ紛争の本質は、2014年の「マイダン革命」でキーウ政府内に入り込んだ極右民族派勢力が米国のネオコン集団やジョン・マケイン上院議員ら反共派の支援を受けて、東部のロシア人はじめロシア語話者、親露派に対してロシア語を禁じるなど強圧策をとったのに対し、東部住民が抵抗し武装闘争に発展したことによる「内乱」である。
当時プーチンは、クリミア半島については
- 元々長くロシア領であったこと
- 突端にロシア黒海艦隊の大拠点セバストーポリ軍港があること
- 住民の60%がロシア人、それを含む77%がロシア語話者であること
などから、ここを極右や親NATO派に抑えられたら国家安保上の重大危機であると判断し、電撃作戦で抑え、そのまま住民投票を実施してロシア領に編入した。
東部諸州のロシア系住民も同様にロシア領にしてくれるよう求めたが、プーチンはそれを押し留め、諸君はウクライナの中で高度の自治権を確立してそこで生きよと説得した。ドイツ、フランスなどもそれに賛同し、ウクライナ憲法を改正して彼らの自治権を確立するためのキーウ政府、東部住民、ロシア、独仏による「ミンスク合意」が成り立ったが、キーウはこれを実行せず逆に東部への弾圧を強めた。
ロシアと独仏は粘り強く同合意の実現を追求したが事態がますます悪化。我慢しきれなくなったプーチンは「我々は(同合意の実現を)8年間待った」と言って22年に侵略を開始した。
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