8月7日、OpenAI社が満を持してリリースした「GPT5」。しかし世界中のユーザーたちが見せた反応は、同社の予想とは大きく異なるものであったようです。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著名エンジニアの中島聡さんが、自身も驚いたというこの最新モデルに対するネガティブな反響を紹介するとともに、そこに含まれた「教訓」を考察。併せてその2日前にOpenAIが公開した「gpt-oss」への評価を記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:OpenAIのGPT5へのアップデートが起こした波紋 OpenAIのオープン・ウェイト・モデル
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
泣いてGPT4oの復活を頼み込む人も。OpenAIのGPT5へのアップデートが起こした波紋
OpenAIが、最新のAIモデル、GPT5をリリースしました。これまで、即答するGPT4系と、熟考するo系に分かれていた言語モデルを統合し、質問に応じて自動的に切り替えるようにした点が特徴で、言語能力もコーディング能力も以前のモデルを大きく上回っているという触れ込みでリリースされました。
しかし、ユーザーの反応は予想に反してネガティブでした。「以前のモデルと比べて、それほど賢くない」と知能レベルの問題を指摘する人も一部にはいましたが、大半のネガティブなコメントは「GPT4oを返して欲しい」「GPT4oの方が、私の気持ちを分かってくれた」という、GPT5のリリースと同時にアクセスできなくなってしまったGPT4oを惜しむ声でした。
私もいくつかフィードバックを読みましたが、泣いてGPT4oの復活を頼み込む人もおり、そのインパクトの大きさには驚かされました。
最終的には、OpenAIもこの問題の大きさを理解し、希望するユーザーはGPT4oを使い続けることが出来るようにしましたが、この事例にはいくつかの教訓が含まれています。
第一に、人々はChatGPTを単なる「知恵袋」ではなく、話し相手や相談相手のように使い始めているという事実です。SNSの普及により、他人との関係が複雑化している今、「決して裏切らない、常に自分のことを一番に考えてくれる」AIの存在は、多くの人にとって、既に「なくてはならない」ものになっていたようです。
これは色々な意味で、とても大きなインパクトのある話です。
ビジネス面で言えば、これは、OpenAIやAnthropicのようなAI大手にとっては大きなビジネスチャンスであり、ここでしっかりとユーザーのニーズを捉えることにより、彼らの月額課金サービスを「決して離れることが出来ない」ものにすることが可能だということを意味しています。
当然ですが、今回のような失敗を繰り返すわけにはいかないので、日進月歩の技術革新が続く中で、どうやって「気に入ったAIとはずっと一緒にいたい」というユーザーのニーズに応えるかは、技術的に大きなチャレンジになります。
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OpenAIのCEOがポストしたChatGPTで精神の安定を図る危険性
メンタル・ヘルス市場は、世界で年間$400~$500billion(数十兆円)の規模のビジネスであり、その一部が「AIチャットサービス」に置き換えられるだけでも大きなインパクトがあります。特に、米国ではセラピストと毎週のようにセッションを持つことにより、高いセラピー料(自分のお金、もしくは、保険会社からのお金)を払い続けている人たちがたくさんいるので、そのインパクトは破壊的です。
当然、メンタル・ヘルス業界もAIを使ったサービスを提供してくると予想できますが、(知恵袋としても使える)月額20ドル(約3,000円)のAIチャットサービスと対抗するのは非常に難しいでしょう。
別の言い方をすれば、私たちの目の前で、メンタル・ヘルス業界に対する「破壊的なイノベーション」が起こりつつある、と言えるのです。
もう一つの面は、社会的なインパクトです。「社会的な生き物」である人間にとって、他人との繋がりは必要不可欠なものです。もし、AIがその「必要な繋がり」を補完もしくは置換できるのであれば、これは、人類が「暖を取るための火」や「安定して食べるための農業」を得たことに匹敵する大きなインパクトのある変化です。
農産物の中でも、人類の「生きるために必要なエネルギーを得たい」という要求に直接働きかける「砂糖」は、私たちの食生活を豊かなものに変えると同時に、肥満や糖尿病の原因にもなっています。
今回の事例は、AIが人類にとって砂糖のような存在になりうる可能性を示唆しており、良い面(誰でも安価にセラピーが受けられる)と悪い面(AI依存症など)の両方に目を向ける必要があります。
この件に関しては、OpenAIのCEO、Sam Altmanが、GPT-4oへのアクセスを止めてしまったことを謝罪した上で、個人的見解として、ChatGPTを使って精神の安定を図ることの危険性を述べている点は、とても興味深いと感じました。
【参照】https://x.com/sama/status/1954703747495649670
If you have been following the GPT-5 rollout, one thing you might be noticing is how much of an attachment some people have to specific AI models. It feels different and stronger than the kinds of attachment people have had to previous kinds of technology (and so suddenly…
— Sam Altman (@sama) August 11, 2025
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■大きな方向転換。OpenAIがリリースしたオープン・ウェイト・モデル
2週間ほど前ですが、OpenAIからオープン・ウェイトな言語モデル「gpt-oss」がリリースされました。GPT2以来、クローズドなモデルしか提供して来なかったOpenAIとしては、大きな方向転換です。
モデルは(パラメータ数)20Bと120Bのモデルがありますが、一つのウェイトを4.25bitsにまで量子化(精度を落とすことにより圧縮すること)してあるため、それぞれ、16GB、80GBのメモリを搭載したGPUで動くように設計されています。
前者は比較的高性能なパソコンであれば十分に動く大きさ、後者は、NVIDIAのH100(80GB)を搭載したサーバー1台で動かすことを想定した大きさであり、とても良く考えられています。
Metaは、Llama3.1までは243GBのメモリが必要な405Bモデルをオープン・モデル化していましたが、1つのH100に収まらないモデルを動かすのは簡単ではなく、かといって、OpenAIやAnthropicの最新のモデルには敵わない、中途半端なモデルになっていました。
OpenAIは、その辺りの失敗を踏まえた上で、手軽に動かせる20Bを、手軽にパソコン上で動かすモデルとして、120Bモデルを、企業が専用サーバーを設置して動かすモデルとして、それぞれちょうど良い大きさです。
ここでいう必要なメモリとは、GPUから直接アクセスできるメモリのことで、NVIDIAのGPUを搭載したWindowsパソコンの場合、本体側にいくらメモリを搭載していても、GPU側に十分なメモリがなければまともに動きません。
それと比べると、CPUからもGPUからもアクセスできるUnified Memoryを搭載したMacの設計の素晴らしさが際立ちます(QualcommがCoPilot+ PC向けに提供しているSnapdragon X Eliteも、GPUとCPUがメモリを共有する仕組みです)。
ちなみに、以前にも書きましたが、NVIDIAはデスクトップパソコン向けのGPUのメモリ容量を意図的に低く抑えています(GeForce RTX 5090の場合32GB)。これは安価なデスクトップパソコン向けのGPUをサーバーで使われることを嫌った措置です。これによりNVIDIAは、サーバー向けのGPUを高い粗利益率で販売することが可能になっています。
しかし、ここに来て、「NVIDIA DGX Spark」という最新のGPUを搭載したパソコンを発売することを決めました(私はすぐに予約しましたが、まだ入手できる気配はありません)。搭載しているメモリは、128GBと、大きい方のモデル(120Bパラメータ、80GB必要)を動かすのに十分な大きさです。
いずれにせよ、OpenAIによるオープン・モデルは、とても良いバランスのモデルであり、NVIDIAによる「DGX Spark」のリリースや、次世代WindowsパソコンであるCopilot+ PCの普及と共に、オープン・モデルを自分のマシン、もしくは会社が管理するサーバーで走らせる時代を加速することになると思います。
【参考資料】
- Ollama: OpenAI gpt-oss
- OpenAI: Introducing gpt-oss
- NVIDIA: OpenAI’s New Open Models Accelerated Locally on NVIDIA GeForce RTX and RTX PRO GPUs
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年8月19日号の一部抜粋です。「Cognifiber」や「私の目に止まった記事(中島氏によるニュース解説)」、読者質問コーナー(今週は16名の質問に回答)などメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です ※メルマガ全体 約1.7万字)
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