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「カーク氏暗殺事件」捜査の行く末も影響大か?実質的な「大統領選」の中間選挙を前に“異常事態”を迎えたトランプ米国の政局

「国民の分断」の深刻化が叫ばれるアメリカ。若手トランプ支持者のリーダー的存在として知られたチャーリー・カーク氏の暗殺事件によりその溝が一層深まったとの見方もありますが、果たして超大国アメリカはこの先どのような方向に進んでゆくのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で米国在住作家の冷泉彰彦さんが注目するのは、来年11月に控える中間選挙。冷泉さんは記事中、この選挙が実質的な「政権選択選挙」となる理由を解説するとともに、その結果を左右するさまざまな要素を挙げ各々について詳しく論じています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:アメリカ政局、分断と経済のカオス

アメリカを襲う異常事態。政局の分断と経済のカオス

2025年1月のトランプ政権発足以降、ほとんど全ての政策の組み替えが行われ、日替わりでニュースのヘッドラインが移り変わってきました。究極の劇場型政治が進行しているわけです。ですが、このままの勢いで日替わりで「新しいエピソード」を創作し続けるのは難しいと思われます。

そんな中で、一つの大きなゴールになるのが、14ヶ月後に迫った2026年11月のアメリカ中間選挙になります。中間選挙は大統領選ではありませんが、上院の100名中3分の1、下院の435の全員が改選になります。特に上院は通常ですと、100名を3つに分けた「第二組(クラス2)33名」の改選ですが、欠員補充選挙が2議席(フロリダとオハイオ)あり、全部で35が改選になります。

というわけで、議会の勢力図は一変する可能性があるわけです。現政権としては、仮に議会の現有勢力を維持できれば同じような政局運営が可能ですが、反対に大敗するようですと、人事、予算、法案で大きな縛りが出てきます。それどころか、下院の過半数、上院の3分の2を失うと大統領が任期中に罷免される可能性があります。

とりわけ、今回のように与野党で大きく政策が異なっている場合には、政策変更のために罷免という手段が使われる可能性も否定できません。また、いくら共和党が団結していると言っても、実際の政策と選挙区事情に矛盾のある政治家は、イザとなったら罷免投票に欠席したりする可能性があります。ですから、安全のためには僅差というのは適切ではありません。

そこへ、今回のみ「上院の改選議席が35もある」という事情が重なります。否が応でも、この中間選挙の重みは増していると言えましょう。通常ですと、2期目の大統領の中間選挙というのは、後継争いが進む中で次回の大統領選の前哨戦になるのですが、今回はこの要素は少なく、26年秋の時点でポスト・トランプの候補選びはそれほど本格的にはならないのではと思われます。

ということで、政権への信認選挙といっても、罷免を進めるか防止するかを問うという、実質的には政権選択選挙になるわけです。少なくとも民主党の大勢としては、そのような意気込みを見せていると言えます。ちなみに、現在の勢力図としては、

上院定数100過半数は与党で50野党で51

 民主党が過半数を取るにはどうしても4議席を奪う必要
 民主党は+5の上積みで逆転可能

下院定数435過半数は218

 民主党は+5の上積みで逆転可能

となっています。

まず上院ですが、現時点での主要な世論調査を総合すると、「トスアップ」つまり、激戦となっているのがメイン、ミシガン、ジョージア、ノースカロライナの4州で、現有議席でいうとこの4州は2対2になっています。ですから、仮に4つとも民主が競り勝っても51対49で共和党の過半数は変わらないということになります。

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4つのグループが全く別の方向を向いているアメリカの異常事態

ということで、上院の改選議席については、共和22対民主13ですから、共和党が取りこぼしをすると逆転もありそうにも見えるのですが、現時点ではかなり困難と言うのが現状だと思います。反対に、下院における民主党の「+5」というのは、激戦選挙区が多くある中では歴史的に見れば、それほど難しい数字には見えません。

だからこそ、共和党は現在、猛烈な勢いで州知事や州議会をコントロールしている州において、下院の選挙区割を極限まで自党に有利に組み替えようとしているのです。また民主党はこれに必死の抵抗をしています。

各州の「治安の悪化している大都会」に、州兵を投入するというのも狙いは同じです。州兵によって、ギャング団や集団万引き犯などを検挙し、過去の民主党市政などが「犯罪に甘かった」という印象を拡散。そして中間選挙における「民主党の強い選挙区」を個別に撃破するという作戦だと考えられます。

それはともかく、現在のアメリカの政治風土は異常事態となっています。4つのグループが、全く別の方向を向いているからです。

(1)トランプ政権本体は、とにかく日替わりで政策変更、つまり米国の伝統政策の組み替えに奔走中

(2)MAGA派とか、Z世代のトランプ支持派は、トランプの政策が過激度を下げているので不満。特にウクライナを見捨てられないこと、トランスジェンダーの銃規制を考慮している点、などに反対。これに「エプスタイン文書の全面開示を求める」動きがあり、とにかく「より右からの不満」を政権に向けつつある

(3)一方で、民主党穏健派と共和党内の隠れ穏健派は、戦々恐々としながらダンマリを続行中。とにかくグローバル経済にフレンドリーな態度を見せれば、左右から攻撃が飛んでくる中で困惑と沈黙の日々。ただ、民主党の「中堅世代」は、前回の敗戦への犯人探しを今でも続行中(例えばハリス女史の近著など)

(4)民主党左派、特にZ世代は一層の左シフト。象徴的なのはNY市長候補のゾルダン・マムダニで、社会主義、再分配、公営化、億万長者への懲罰など左派政策を掲げて猛進中。中東問題も大不満で、この点では(1)(2)(3)の全てとシャープに対立

という感じです。旧来の「アメリカの分断」というのは、(1)+(2)と(3)+(4)の対立と分断であったのですが、現状は(1)と(2)の対立も激化、(3)と(4)の対立ももっと激化という状況になっています。

そんな中で、9月10日に発生したZ世代の宗教右派、チャーリー・カーク氏の暗殺事件は、深層にある真相は全く「闇」に包まれていますが、とりあえず(1)と(2)の再和解と、彼らの(4)への憎悪という力学を発生しています。

直前までカークは、政権主流には批判的で、エプスタイン問題などでかなり突き放したことを言っていましたし、全体的に(1)と(2)の対立は激化していたのでした。ですが、カーク殺害犯とされるタイラー・ロビンソンの交際相手がトランスジェンダーだということと、殺害犯のメモに「反ファシズム」という語彙が使われていたということから、大統領は「アンタフェ」つまり「反ファシズム運動」を名乗る極左の犯行と断定的に語っています。

あわよくば、(4)のグループを反米的だとして、よりパージを強化しようという感覚もそこにはあります。一方で、事件の現場はユタ州であり、殺害犯の家族はユタの多数派である末日聖徒イエス・キリスト教会(いわゆるモルモン教)であることから、ユタの知事は事件の捜査には非常に慎重です。

話が脱線しますが、ロビンソンを警察に突き出したのは両親で、両親はモルモン教徒であり、性転換には福音派以上に批判的です。一方で、殺害されたカーク氏は、福音派の中の極右であり、モルモン教徒は相容れません。モルモン教自体は、開拓時代に合衆国と交戦状態に陥ったことを反省して、暴力は厳しく否定する立場です。

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4つ巴のレースとなっているNY市長選のカオスに過ぎる対立軸

更にここにトランプ政権が、トランスジェンダーへの銃規制を検討しているという問題が絡みます。ということで、カークと福音派、ロビンソンとトランスの交際相手、本当にロビンソンは左派なのか、ユタとモルモン、ロビンソン一家のモルモン信仰と、そこからはみ出た(?)ロビンソンという「複雑な葛藤」がそこにはありそうです。

それにしても、相当な距離から一発でカーク氏を狙撃した腕前、鮮やかに逃亡しつつも、あっけなく両親に通報されたという経緯など、事件には不自然な点が数多くあります。当分は、このニュースでアメリカは持ち切りになりそうです。

ユタ州としては、モルモン教徒と福音派の対立というのは起こしたくないはずです。そんな中で、(1)と(2)のグループとしては、ロビンソンが極左だというストーリーが好都合ということになります。ですが、事実関係は一体どうなのか、ということでこのニュースは極めて政治的な意味を持ちつつあるのです。

もう一つ、大事なのが先ほども言及した今年の11月のNY市長選です。既に両党の予備選は終わっていますが、無所属出馬している有力候補が2名おり、4つ巴のレースとなっています。簡単にプロフィールを紹介すると、

マムダニ市議:(4)の象徴。イスラム教徒で社会主義者。公約は食品スーパーを公営化して卸値で販売、市内のバスと託児所の無償化、廉価な公営住宅の充実、億万長者への懲罰的課税といった政策

スリワ共和党公認候補:銃を持たない民間自警団を長年率いているユニークな人物。NYの治安悪化に懸念を持つ。一方で筋金入りのトランプ嫌い。つまりは(3)の代表

アダムス現市長:バイデンとの確執などから、トランプに接近。自身への汚職容疑をチャラにする代わりに、移民捜査に協力するという「裏切り」の結果、民主党としての市長候補から追放されている。にも拘らず、「勝てそうもない」のでトランプから切られつつある

クオモ前NY州知事:コロナ政策の失敗とセクハラ疑惑で知事を解任。だが両疑惑は晴れたとして、リベンジ出馬。(3)を代表するとして逃げも隠れもせず、トランプとも提携を示唆

ということで、クリントン=オバマ路線の継承者であるクオモ氏が、一番トランプ氏に近いというカオスな対立軸がここにはあります。そんな中で、クオモ氏を追放して知事になったホークル女史(現職州知事、民主党)は、長い間ダンマリを決め込んでいたのが、ここへ来て昨日(14日の月曜日に)マムダニ支持を表明しました。

これは、対立軸的にはヒラリーやハリスが、サンダースやAOCと提携するぐらいのカオスな動きとも言えます。ですが、ホークル女史としては、26年の中間選挙と同時選となる知事選で、再選を目指すにはNY市内での勝利が必須ということから、マムダニ氏との提携を選んだわけです。

このマムダニ氏ですが、投票まで2ヶ月の現時点ではかなり優勢になっています。最新の世論調査では、マムダニ(45%)、クオモ(25%)、スリワ(17%)、アダムス(12%)と票としては割れていますが、マムダニ候補の優位はかなり顕著となっていると言えます。

これに対しては、トランプ大統領自身は「共産主義の市長誕生は絶対に許せない」として「マムダニ当選の暁には連邦からの補助金をカットする」という脅しを口にしています。問題は、民主党の中枢で、シューマー上院院内総務ほか穏健派の重鎮たちが、果たしてどの時点で支持表明をするのか、または見送るのかが焦点となっています。

というわけで、分断の複雑化、4分裂というのが、現在のアメリカ政局のメインストーリーになるわけですが、選挙を左右するのは結局のところは経済ということだと言う見方もあります。

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3つの大きな謎に包まれた極めて不透明なアメリカ経済の現状

今度はアメリカ経済の現況ですが、これまた政局と同じようにカオスであり、極めて不透明です。こちらにも3つの大きな謎があり、専門家の意見も割れに割れているからです。

謎の1)雇用の低迷が、不況の兆候なのか、それともAI効果なのか?

謎の2)消費は減退しているのか、それとも相変わらず強いのか?

謎の3)物価は沈静化しているのか、それともインフレ懸念がまだまだあるのか?

まずここ数ヶ月、確かに雇用データは渋い数字を出しています。色々なパラメータを使って雇用統計を出していた政府が、過去にさかのぼって雇用データを悪い方に修正するということも起きています。特に、大卒の新卒市場というのは、非常に厳しくなっており、中国同様に「氷河期」となっています。

この現象が、景気減退の兆候なのか、それともAIによる合理化の成果であって、景気は相変わらず強いのか、これは現時点ではまだわかりません。実際に事務職や中レベルの研究開発職などでは、90年代から2010年代にDXが一巡して、景気は良くなっても雇用はどんどん減るという時代がありました。

今回のAI革命は、DXよりもずっと革命的であり、中付加価値以下の知的職種に対しては壊滅的という見方もあります。もしも、この動きが顕著となれば、一気に躍進するのは(4)つまり民主党左派です。共和党は、さすがに国内については絶対的な自由経済ですから、AIによる雇用減を規制するという発想はないからです。

次に、景気そのものを反映する消費動向ですが、これも良くわかりません。伸びているのが物価高のせいで、実は消費は鈍っているのかが、現在の各種統計ではクリアーに出てこないからです。例えば、先週は毎年恒例のアップルの新製品発表がありましたが、アメリカ国内の引き合いはかなり強いようです。249ドルのイヤホンとか、799ドルの新型スマホなどに相当の注文が来るというのは、何だかんだ言って消費は底堅いのかもしれません。

そうなると、改めて、景気は底堅いがAIによるリストラが暴走しており、雇用は低迷ということだと、俄然(4)の、それこそマムダニ路線のようなものが、Z世代を引き寄せていくことになりそうです。

一番の指標は歳末商戦で、ここで関税の効果がどう出るのか、その上で純粋なインフレはどの程度なのかを考えながら、景気と雇用の将来を見ていくことになります。

その上で、短期から中期で相当な悲観論が出れば、1月の年明けに株価が暗転するということは十分にありえます。

物価ということですと、一時期鳥インフルのために高騰していた卵はやや沈静化しています。その一方で、気候変動の影響でアメリカ人の大好きなコーヒーとオレンジジュースが暴騰している他、歳末商戦のメインとなる消費者向け電気製品とアパレルは、現状ほぼ100%が輸入ですので、関税政策の結果がどう反映するのかが注目されます。

というわけで、当面のアメリカの動向は、カーク氏暗殺事件の捜査の行く末、11月のNY市長選、そして歳末商戦とインフレ、景気、株価といった問題を見てゆくことで判断する必要があるように思います。

一言で言えば、6月ぐらいまでの情勢では、トランプ政権の政策変更を元の常識的なものに戻せば、アメリカも国際社会も落ち着くといった主張が成立する状況がありました。ですが、現在の国際情勢、テクノロジーと経済の情勢を考えると、もしかしたら共和党や民主党の穏健派の集票力は、相当に細っているかもしれないのです。

国際情勢の不安とAI時代への不安から、有権者の投票行動も海図なき領域に入りつつあるのかもしれません。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年9月16日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「自民党総裁選と政局、5つの注目点」や人気連載「フラッシュバック80」もすぐに読めます。

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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