そのインドと日本の間には、経済や外交だけでは語りきれない、長い人的・文化的交流の歴史が存在します。メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者でジャーナリストの引地達也さんは、大学間交流という現代的な枠組みを通じて改めて浮かび上がる、日印関係の姿を語っています。
タゴールがきっかけのカレーを礎にした日印学術関係
インド南部のベンガル─ル近郊にあるケンペコウダ国際空港の入国審査官は、審査を待つ外国人のうんざりとした表情はどこ吹く風のような緩慢さで手続きを進めていた。
この洗礼も複数回経験すれば、そのスピードに身を委ねるだけで、焦る必要はない。
ゆったり風を吹かして手荷物検査場を過ぎれば、タクシーの呼び込みとクラクションの連呼、夜中でも生ぬるい風が吹き、市街地に向かう車は、全員参加の徒競走をしているように、急発進を繰り返しながら目的に向かった。
また、今日もインドにいる、という実感は、今日もまた生きている、というような根源的な自己確認につながってくるから、インドは不思議な国だと、今日も思う。
今回は大学生を引率しての研修旅行だが、19際の頃に初めてインドを見た自分と重ね合わせると、インドの街並みを見る若い瞳の輝きが眩しい。
ベンガル─ルのセントジョセフ大学とフェリス女学院大学が、2025年に協定を結んだことから、昨年12月にフェリス女学院大学で「南インドを知る」とのシンポジウムを実施し、今回は初めて学生を連れて交流プログラムを行うことになった。
プログラムに先立つセレモニーでは、ビクター・ロボ副学長(インドでは副学長が実際の学長の役割である)が、混迷する世の中にあって、一緒に作り上げることの重要性を説き、学生の交流や共同研究の推進などに意欲を示し、代表として訪問している私も呼応した。
特に私からの説明で時間を割いたのは「中村屋のカレー」だった。
新宿駅近くにある新宿中村屋は和洋菓子や総菜で人気のブランドだが、カレーの知名度も抜群で、レストランだけではなく、今やレトルトカレーはスパーで販売され、家庭の味にもなっている。
この記事の著者・引地達也さんのメルマガ








