すべては「一皿のカレー」から始まった。日本とインド「学術交流」の知られざる系譜

 

もともとパン屋であった中村屋が本場インドのカレーを作り始めたのは、インド独立運動の志士といわれるラス・ビハリ・ボースとの出会いから始まった。

アジア初のノーベル賞作家の詩人タゴールが来日した際に、一緒に日本に渡ったのがボースであり、そのまま日本に亡命し警察当局に追われる身を匿ったのが中村屋の女主人である相馬黒光であった。

相馬は仙台出身でフェリス女学院大学出身であり、卒業後も同窓会として同大学の発展に貢献した人物である。

このエピソードをセントジョセフ大学の副学長に紹介し、フェリス女学院大学のフィロソフィーである「For Others」(他者のために)とインド独立の闘志が響き合ってできたのが日本で広がった「本場の味」と主張してみた。

私見であるがこのようなストーリーにインド人は目を輝かせて聞いてくれる。そして質問が次から次へと話が発展していく。

喧騒の中をインドの研究者や学生と話を繰り広げていくと、沈黙は敵かのように隙間を許さない言葉が放り込まれて転がっていく。

タゴールの話題を熱心に聞くのは、それが国民のシンボルでもあったからだろう。

タゴールはよく日本を訪れ日本の言論界とも関係を維持していたが、ある日戦前の日本で国家主義を批判したことで、仲間との隙間が出来て晩年は来日しなくなったといわれる。

これまで一貫して友好関係を維持してきたインドとの間にはすき間風が吹く要素がないものの、タゴールの事例を考えるのであれば、やはり友好から更なる関係を発展、維持するために、まだまだ対話を重ねる必要がある。

大学間協定はさらなる発展を目指し、セントジョセフ大学の要望もあり、深い対話が出来る関係を築いていきたい。

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障がいがある方でも学べる環境を提供する「みんなの大学校」学長として、ケアとメディアの融合を考える「ケアメディア」の理論と実践を目指す研究者としての視点で、ジャーナリスティックに社会の現象を考察します。

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