「売り手市場」が続く就職戦線において、引き上げが続く新卒者の初任給。そんな中にあって、いわゆる「氷河期世代」が報われない状況に変化は見られないのが現実です。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、氷河期世代を巡る通説に疑問を投げかけつつ、非正規雇用拡大の背景にある構造的要因を解説。その上で、デジタル化の進展と日本社会の停滞の関係について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:氷河期世代に対する一つの疑問
竹中平蔵への強い反発は正しいのか。氷河期世代に対する一つの疑問
1974年前後の団塊2世という巨大な人口の塊は、同時に氷河期世代とも言われています。この世代が50代に差しかかる中で、老後への不安、非正規雇用による苦悩などを語るニュースが増えてきています。
こうしたニュースに接する中で、勿論、こうした世代を作ってしまった日本経済については、深刻な問題を感じます。政策判断も、それ以前の問題として制度があれで良かったのかなど、今からでも遅くないので議論が必要なのは間違いありません。
その一方で、氷河期世代そのものについて考えた時、どうしても一つの疑問が残るのです。筆者自身はその意味では、逃げ切った世代でもあるし、彼らと一緒になって旧制度と真剣に戦ったかというと、全く十分ではありません。そうではあるのですが、この問題についての議論が全く聞こえてこない中では、あえて疑問を発したいと思います。前向きの議論の一助としていただければ幸いです。
本論に入る前に一つ、どうして氷河期世代は、竹中平蔵氏をあそこまで憎むのかという疑問があります。確かに小泉純一郎政権の金融大臣であった竹中氏は、派遣労働の対象拡大を行いましたし、後には派遣労働という産業にも関与しているのは事実です。
ですが、竹中氏が派遣労働の規制緩和をしたから、大量の非正規雇用が生まれたというのは、明らかに間違った認識です。日本経済は一見すると成功しているように見えた80年代から既に競争力の衰えが始まっていました。国際化に遅れを取り、コンピュータソフトの重要性を軽視し、そのくせ外圧に屈して製造業を現地生産に切り替えて国内経済を弱体化させていたのです。
バブル崩壊はその結果でもありますが、90年代には深刻な競争力の喪失と資金力の喪失を背負う中で、国の経済そのものが低迷していたのです。非正規雇用の増大は、その結果であって問題の本質は競争力の喪失でした。ですから、雇用の規制緩和をしたから非正規で苦しむ人が増えたというような批判は、本質からはズレていると思います。
ここからが本論なのですが、氷河期世代は本格的なコンピュータ利用が進む中で育った、デジタル・ネイティブの先駆け世代です。ならば、この分厚い人口の層が結束して、デジタルに向けて日本社会を改革することはできたはずです。氷河期世代が起業して、分厚い人口を持つ同世代の能力を活かした事業を展開し、アナログにこだわる世代に挑戦して、彼らを駆逐することができれば、実に痛快であったはずです。それこそ日本経済の全体も現在のような低迷に陥ることはなかったかもしれません。
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氷河期世代の起業と改革の試みが潰された日本のデジタル化の現実









