憧れの研究所で即座に幻滅した理由
理系のエリートコースの頂点に立つ「NTTの研究所」は私にとっては「憧れの場所」でしたが、入ってすぐに幻滅するようなことが複数ありました。思いついた順に箇条書きにすると、以下のようになります。
- 私の直属の上司(博士号所持者)の情報ソースが、論文ではなく日経エレクトロニクス
- CPUの処理速度を向上させる特許を申請しようとしたら「早すぎる」と却下された
- 研究者たちは自分でコードを書かず、仕様書だけ書いてコーディングは下請けに任せていた
- 年配の研究者たちは、自分たちの天下り先のことばかり考えて仕事をしている
- 誰もが会社にいる時間だけは長いけど、残業手当のためで、懸命に仕事をしているとは言い難い
- 研究そのものよりも、研究予算を確保するための資料作りに膨大な手間をかけている
- 研究室の室長は博士号保持者なのにも関わらず、管理職の仕事しかしていない
- 20年働くと年金が出るようになるので、誰もが「勤続20年」を目指して働いている
- 賢い人はたくさんいたけど「ものすごい仕事ができる人」には1人も出会わなかった
1年も経たないうちに、研究所に持っていた「憧れ」は「幻滅」に変わったし「こんなところに20年もいたいのか?」という疑問が湧いてきました。アスキー出版でのバイトの方がよほど刺激的でした。
一瞬で転職を決意した瞬間
そんな時に、新聞でマイクロソフトがアスキー出版との契約を打ち切り、アスキーから15人ほど(私の知り合いを)引き抜いて日本法人を設立したニュースを目にした私は、一瞬にして転職を決意しました。
当時、NTTの株価総額が世界一だったとか、マイクロソフトが吹けば飛ぶような小さなベンチャー企業だったことは全く気になりませんでした。純粋に、「思いっきりコードが書きたい」「将来は米国のマイクロソフトに行って賢い連中と働きたい」という思いが込み上げて来て、一切の迷いはありませんでした。
私が辞表を提出すると、NTTおよび大学の人たちが私の説得にかかりました。NTTの研究所がいかに恵まれたところか、ベンチャー企業がいかに危ういか、指導教授の推薦を受けてNTTを辞めることがどのくらい周りに迷惑をかけることになるか、20年働いてもらえる年金にどのくらい価値があるか、などなどです。
結局、全ての説得を聞き流し、マイクロソフトに転職した私ですが、当然ですが、その後マイクロソフトがあれほどの成長をするとは想像もしていませんでした。
英語には「たまたま良い場所に良いタイミングでいたから」という表現がありますが、まさにそんな感じです。
今考えてみると、NTTへの就職は「計算づく」のものでしたが、マイクロソフトへの転職は「情熱に基づく」ものでした。
この業界は、常に大きな変化に晒されているので、どんなに計算したところで先を読むことは不可能です。であれば、下手な計算をするよりは「自分が無我夢中で働ける場所」や「経営者の情熱が共感できるところ」を選んだ方が良いのではないかと思うのです。
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2026年4月7日号を一部抜粋したものです。「私の目に止まった記事(中島氏によるニュース解説)」、読者質問コーナーなどメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です )
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