モダンジャズの全盛をトッププレーヤーとのセッションを重ね、モードジャズの先駆者として、そしてフュージョンへの道筋を示すことになるが、その変化に戸惑いながら、必死に評論家の解釈を納得しようとした思い出は、ジャズ観、あるいは音楽観のようなものを広げる作業ともなった。
とはいえ実際に楽器を演奏しない私にとって、それらの解釈は聞き手の感性を言葉で整理するに過ぎず、それは掛け値なしに格好良かったマイルスの輪郭を鮮明にしたかっただけかもしれない。
時折、来日にしての佇まいも、ファッションの奇抜さもレコードジャケットの意外さもすべて私を圧倒した。
アルバム名「ビッチェズ・ブリュー」という言葉さえも、スタイリッシュな響きと受け取って、白いTシャツにその言葉を金色のペイントマーカーで書き記したこともあった。
そんなマイルスが日本のテレビCMに登場した時には横転した。
三楽焼酎(現メルシャン)の焼酎を片手に宣伝するマイルス。当時の日本経済の強さを物語るキャスティングではあるが、テレビを見た私は、帝王が身近になったようで、ちょっとした戸惑いもあった。
生誕100年との銘打たれるアーティストは、バッハやモーツァルトのような優雅な雰囲気をまとってしまうが、ジャズミュージシャンにおいてそれが似合うのはマイルスしかいないかもしれない。
巨人は確かに生きて、日本でも生の演奏を披露していた。
巨人の素顔の一部はマイルスと個人的な信頼関係を築いていた小川隆夫氏による『マイルス・デイヴィスの真実』の中で記されている。
ニューヨークのマイルスの自宅でのインタビュー後、お腹がすいたマイルスのオーダーに応え、近くのデリにサンドイッチを買いに行った小川氏だが、サンドイッチを購入したものの急にしゃぶりの雨となり、店内で雨が過ぎるのを待っていると、雨の中、マイルスが小川氏の傘を持って迎えに来たという。
「風邪を引かれて、それでお前に訴えられたら、たまったもんじゃないからな」との憎まれ口はマイルスらしいが、この人間臭さが同居するマイルスに触れると、やはりますますジャズやマイルスを好きなってしまう。
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