いずれにしろ、日本は何故あの無謀な戦争に突入していったのか、真珠湾攻撃は成功だったのか失敗だったのか、などということを検証する上では欠かせない人物の一人だと思います。
実は私は、日本の近現代史については、学校で教わったわけではなくて、本や周囲の戦争体験者たちから学びました。小中高生の頃に、子供向けに書かれた大平洋戦史などをはじめ、米国の日系人哀史などの本を片っ端から読んでいた時期があります。
また、小学生の時に、新潟県上越市に住んでいたのですが、近所に海軍兵学校出身のおじさん(血縁ではない他人)がいて、子供がいないこともあってかわいがってくれ、海軍の「 五省 」の話などをよく聞かせてくれました。
同じ新潟県長岡市出身の山本五十六の復元された生家を、両親と一緒に訪ねたこともあります。両親は戦争体験世代ですが、結婚前、父は学徒出陣して陸軍航空隊に配属され、母は福岡市の空襲で九死に一生を得ています。
その母が、ブーゲンビル島上空で山本五十六が戦死した報道を聞いた時に、「日本の敗戦を確信した」と生前語ったことをよく覚えています。1969年に出版された山本五十六の長男義正氏による『父 山本五十六』の元版も読みました。
そしていつしか私は、子供心に山本五十六の冷静ながらも情が厚く潔い生き方(それが実像か虚像かについては人によって意見が分かれるでしょう)に憧れるようになり、府中市の多摩霊園に彼の墓があることを知って、中学生の時、学校帰りに1人でお参りに行ったこともあります。隣は東郷平八郎の墓でした。
墓参を終えて霊園の中を出口に向かって歩いていると、見知らぬ大人の男性から「君はこんなところで何をしているの?」と声を掛けられました。よほど変わった子供に見えたのでしょう(笑)。
高市氏がまだ国会議員になったばかりの若い頃に、「私自身は(戦争の)当事者とはいえない世代なので、反省などしておりませんし、反省を求められるいわれも無いと思っております」と発言したことが掘り起こされていますが、先日の広島・長崎での平和記念式典での被爆者に対する冷たい態度なども話題となりました。
ひょっとしたら、高市氏も山本五十六のことなど知らないかもしれません。知っていたとしても、それほど興味は持たないのではないでしょうか。日米開戦に猛反対しながらも、武人としての矜持を貫かざるを得なかった山本五十六の苦悩に少しでも思いを馳せることができる人なら、米国に対しても、中国に対しても、さらには自国の国民に対しても、それぞれ接する態度はおのずと今とは違うものになるはずです。
山本五十六が残したとされる有名な言葉に「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」というものがありますが、これには続きがあります。「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」、「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」というものです。
リーダーたるもの、人を動かせなければ務まりませんが、公邸に引きこもってばかりで人付き合いが下手な高市氏にはぴったりな人生訓のような気がします。
今回は結論がなく、とりとめのない内容になりましたが、冒頭の動画での木俣氏の発言に触発されて、自分にとっての山本五十六の存在を少し思い出してみました。
※ 本記事は『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中 』2026年8月28日号の一部抜粋です。このほか、「今週のメインコラム」や「読者の質問に答えます!」、「スタッフ“イギー”のつぶやき」など、レギュラーコーナーも充実。この機会にぜひご登録をご検討ください。
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