そこで同時に心の底からせり上がってくる思いは坂本龍一さんというアーティストへの憧憬だ。
78年に結成したイエロー・マジック・オーケストラ (YMO)は、不思議な集団が世に出てきた印象だったが、奏でる音楽を新鮮で、そのサウンドに魅了された少年の1人になった。
映画『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』の音楽には、映像を圧倒する音楽が今も燦然と響き続けている。
後者はアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞等を受賞したことで、それは世界に向けての誇りともなった。
その後も坂本さんの音楽は、フィジカルな活動とともに進化し続けてきた。かつてNHKのインタビュー番組で坂本さんは、自分の音楽づくりについて、山登りをして山を登ったと思ったら、そこからまた遠くに山が見えてきた、という趣旨の話をしていた。
これも山道の途上かと思わせるところが、クリエーターとしての遺産のようで、心憎い。
麻布台ヒルズの会場で、音と視覚の世界の中で、私は自分が問われているような気がした。
感性がフル稼働し、そして思考が知らない方向で行く。
高谷さんは、84年に京都市立芸術大学在学中にアーティスト集団「ダムタイプ」を創設し、マルチメディアを用いた先鋭的なパフォーマンスや作品を発表し続け、「坂本龍一の人生において最も長く共に作品を作り、坂本が最も信頼していたアーティストの一人」(ブルータス誌)である。
今回その2人による渾身の作品に身を置けたのは一生の喜びになるはず。
私が重症心身障がい者向けに音楽を展開する活動を行う中で、音楽とは何か、心地よい音とは何かを考え、再出発する必要も見えてきた。
私は「音楽でつながろう」というタイトルで音楽を「そんな人」も共有化することが「つながる」ことだと認識してきたが、それはストーリーを共有する(共有させる)ことを是としてきた。
しかし、それは共鳴の強制ではなかったのか─。
音を楽しむ権利を奪うことなく、その音に反応する心地を、そのままに身を委ね、音世界に向き合えることが、まずは出発点。
私も再構築が求められている。
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