出航する時に丹東付近の洋上の所定の観光コース以外に出るときには届け出るようになっており、私も所定の手続き(パスポート番号などを明記)はしていたが、船長は「緋緞島まで行きたい」というと、「あそこまでは危険だからいけない。もし行きたいなら料金は高いぞ」と、法外な料金を提示してきた。
案内人と船長は中国語でしばらく費用の交渉をしていたが、船長も法外とまではいかないが、それなりの収入なのでしぶしぶ船を出すことになった。
船長は緋緞島のことは話で聞いているようだったが、実際に行ったことはなかった。
その証拠に、船長は緋緞島一歩手前の薪島付近に来て、「あれが緋緞島だ。もういいだろう、帰ろう」という。
私は「あの島は緋緞島ではない。薪島だ。以前にも緋緞島には行っているから、緋緞島のことはよく知っている」と言うと、しぶしぶ船をさらに黄海上を進めたが、緋緞島に近づくとすぐに船首を変えて港に帰って来た。
港に帰ってきてから、案内人は「どうでしたか、緋緞島はゆっくり見られましたか」と、とぼけたような話をしてきた。
案内人とは日本語で船長とは朝鮮語での会話で、案内人は船長とは中国語で話していた。
私がやや不満足そうな顔をしているのを察知した案内人は、「宮塚さん、そういえばこの近くに新しい橋が建設されているのを知っていますか。今からその工事現場を見に行きますか」というので、二つ返事に「行きましょう」と言った。
新橋の建設工事現場まで車で駆けつけた。橋脚などは出来上がっていたが工事半ばという状況だった。橋の架設現場などを見物する人などはいなかった。
そんな中で橋の袂付近まで行って写真をぱちぱちと撮っていた私を目ざとく見つけた中国の公安らしき人物がやってきて「なんでここで写真を撮っているんだ。目的は何だ。何者だ」とものすごい剣幕で怒鳴り始めた。今にもカメラを取り上げんばかりだった。
案内人は私との旅行でこのような場面に出くわしているので、冷静さを装いながら「この人は日本の大学の先生で、単なる観光客ですよ。橋に興味があるようです」と答えたが、公安らしき人物は「工事中の橋の写真を何枚も撮っているようだが、別に珍しくないじゃないか。フィルムを寄こせ」と迫って来た。
そこで私はこの人物に「確かに橋の写真は珍しくないが、私は鴨緑江に架かる橋には興味があって、実は丹東と新義州間に架かっている2つの橋は、日本の土木建築会社の間組という会社が造ったんだ。
私はこの会社の「百年史編纂室」にもいて橋のことには興味がある。そういえば新義州の駅舎もこの間組が建てたものだよ」などと、間組がやった工事のことをあれこれ話し始めると、うんざりとしたのか私の顔を見て「分かった。早く行け」と吐き捨てるように言った。
私と案内人は次の目的地の水豊ダムに向かったが、途中の検問所に私たちのことが連絡が行っていたのか、私たちの車を見つけるやすぐに検問所の者が車に近づいてきた。
この項、次号に続く。
この記事の著者・宮塚利雄さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com









