思い出さずにはいられない「早苗のための奈良鹿」騒動
…というわけで、ちょっと表現が酷くなって来たので、いったん深呼吸してから続けますが、G7のオンライン会議が行なわれていた時、高市首相は何をしていたのかと言うと、ご本人いわく「会議中は所信表明演説を書いていた」とのこと。でもこれって「どうしても会議に出られない物理的な理由があり、仕方なく欠席した」という大前提があって、初めて成立する説明ですよね?もしも会議に出られる状態だったのに、自分が「出たくない」から欠席して「所信表明演説を書いていた」のだとしたら、とんでもない話ですよね?
で、ここまでずっと言わずに来たことを言っちゃいますが、あたしはこの「嘘に嘘を塗り重ねて行く」という高市首相のお家芸を見て『風の谷のナウシカ』ならぬ『早苗のための奈良鹿』を思い出してしまいました。まだ首相になる前、昨年10月4日投開票だった自民党総裁選に出馬した高市氏が、9月22日の告示日の所見発表演説で述べた「外国人観光客が奈良の鹿を暴行している」というデマについてです。
まず高市氏は『万葉集』に収められている大伴家持の「高円(たかまど)の秋野の上の朝霧に妻呼ぶ雄鹿(おじか)出で立つらむか」という有名な和歌を歌い「1,300年も前から奈良にはもう鹿がいて、それも夫婦仲むつまじい鹿がいて、それが歌になっていたのです」というトンチンカンな説明をしました。そして、次のように続けたのです。
「そんな奈良の鹿をですよ、足で蹴り上げる、とんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているもの、わざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている、そう思われませんか?」
そして、次のように続けました。
「SNSでも目にしますよね。神社の鳥居を鉄棒かなんかのようにですね、見立てて、ぶら下がって、そして遊ぶ観光客。神社をなんと思うとるんでしょうか?古い古いものが、大切に大切にされているところ、そういう日本人の気持ちを踏みにじって喜ぶ人が外国から来るようなら、何かをしないといけません」
ようするに反中や嫌韓のネトウヨに対する稚拙な愛国者アピールですが、古典マニアとしては、まずは大伴家持の歌のデタラメ解釈からツッコミを入れて行きます。高市氏は『万葉集』どころか『小倉百人一首』の歌すら読んだことがないのだと思いますが、家持の歌は「夫婦仲むつまじい鹿」など詠んでいません。たぶん高市首相は「妻」という言葉から「夫婦の鹿」だと思い込み、夫の鹿が妻の鹿を呼んでいるのだと勘違いしたのでしょう。でも、まだ古文を習っていない小学生じゃあるまいし、言っちゃ悪いけど無知にもホドがあります。
多くの動物は春が発情期ですが、鹿は秋が発情期です。奈良の春日大社では秋になるとオスの鹿の角をノコギリで切り落とす「鹿の角切り」が行なわれますが、あれは発情したオス同士がメスを奪い合ってケンカをするので、ケガを防ぐためにやっているのです。
9月に入ると、山のあちこちから「ピーー」とか「フィーー」というオスの鹿のかん高い鳴き声が聞こえ始めます。発情期を迎えたオスが、周辺のメスに自分をアピールしているのです。そして10月に入ると、さらに多くのオスが鳴き始めます。近くで聞くとやかましいですが、山から聞こえて来る声は、どこかもの悲しく、これを万葉の歌人たちは「秋の寂しさ」ととらえました。
家持の歌は「高円山の秋の野を流れる朝霧の中に、妻となる雌鹿を求めて寂しく鳴く雄鹿が出て来ている頃だろう」という意味で、妻となるメスを見つけたオスは鳴きません。
メスを見つけてカップルが成立すると、オスは交尾をするだけで、出産も子育てもメスのワンオペです。その頃、そのオスは、他のメスを探しています。ケンカの強いオスは他のオスたちを追い払い、自分の縄張りを広げ、何頭ものメスを引き連れてハーレム状態で冬を迎えます。現実的にも「夫婦仲むつまじい鹿」など存在しないのです。
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