ところが、そんなわしの日本への誇りが揺らぐ事態が起きた。
きっかけは2017年(平成29年)6月3日に出演した AbemaTV の番組『みのもんたのよるバズ!』だ。
この番組でわしは、皇統問題について作家の竹田恒泰(敬称略)と議論した。
竹田はいわゆる「旧11宮家」の子孫だが、実際に旧宮家だったのは彼の祖父までで、竹田恒泰は父の代から完全な一般国民である。
わしはそのことを指摘して「あんたとわし、何が違うの? 同じ身分じゃないか」と問いかけた。 すると竹田は、こう答えたのだ。
「身分は一緒です。 でも、血統は違うんです」
わしは思わず耳を疑った。 わしと竹田では間違いなく法的に同じ身分だし、作家としての才能や業績でいえば、わしの方が遥かに上だ。
ところが竹田は、法的な身分がどうだろうと、才能の評価がどうだろうと、「血統」が違うから自分の方が上だと、マウントを取ったのだ。
これは紛れもない差別である。 部落差別と裏表の、「血統」の論理である。
わしは以前から部落差別に反対して著書(『ゴーマニズム宣言・差別論スペシャル』)も出しており、血統による差別には嫌悪感しかない。
アーリア人の方がユダヤ人より優秀とか、部落民は血が穢れているとか、「血」「血統」で人間を差別するイデオロギーを、わしは認めたくない。
天皇についても、わしは血統に敬意を持っているのではない。 親である天皇の考えや振る舞いを身近に感じて生まれ育った子が、その精神を受け継いで跡を継ぐ、すなわち「世襲」だからこそ敬意を持てるのだ。
「血統が違う」という発言が竹田だけのものなら、竹田ひとりを「差別主義者」として非難すればいいのだが、そうはいかなくなった。 令和8年10月24日、改正皇室典範が施行されてしまったからである。
これは、竹田恒泰のような「旧宮家」出身の男子だけを、その「血統」によって他の一般国民とは差別し、皇族の養子になれるとする法律である。
すなわち、竹田恒泰の「血統差別」の論理に、国会が法律でお墨付きを与えてしまったのだ。 また、血統差別であると同時に「女性差別」でもある。
これは明らかに憲法14条の「門地による差別の禁止」に反し、旧宮家系の者を一種の「貴族階級」とするものに他ならない。
日本国民は平等のはずなのに、21世紀も中盤に入ろうという時代に、一般国民は「旧宮家系」よりも下層とする、新たな身分制度が設けられてしまったのだ。
内閣が暴走し、国会がこれを全く抑止できず、憲法14条を踏みにじって、新身分制度を設立するという言語道断の法律を施行させてしまった今、これに歯止めをかけられるのはもはや裁判所だけである。
もしも司法がその役割を放棄するなら、日本国憲法は完全に空文化し、日本の立憲主義は崩壊し、国民の平等も消え、身分制度のある国が残ることになる。
わしはそんな国に誇りなど持てない。 長年にわたって思想を続け、育んできたわしの愛国心は瓦解する。 そんな精神的苦痛には、とても耐えられない。
だからわしは提訴を決意した。
わしは、皇室のため、この国の平等観念のため、そしてわし自身の「個」の尊厳と「愛国心」を守るために、人生最後の戦いとして、国家に挑む。
以上
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