「東京で語られるマクロ経済と、地方の現場で起きていることには大きな乖離がある」ーーー時事通信、共同通信で25年以上にわたり経済取材の第一線を走り続けてきた経済ジャーナリストは今年、「独立」という新たな道を選びました。このたびメルマガ『橋本卓典の「現場をゆく」経済・金融ジャーナル』を創刊した、経済ジャーナリストの橋本卓典さんは、毎週地方に足を運び、地域金融機関や中小企業の現場を取材し続けています。

橋本卓典さん
金融庁の地域金融改革をいち早く報じ、ベストセラー『捨てられる銀行』シリーズで知られる橋本さんに、メルマガ創刊の経緯、現場取材から見えてくる日本経済の未来、そして「人と組織の本質」に迫る独自の視点について伺いました。(聞き手・MAG2 NEWS編集部)
経済ジャーナリスト・橋本卓典インタビュー「現場を歩くからこそ見える、日本経済の未来」
金融動乱の真っ只中で記者人生が始まった
──本日はお時間をいただきありがとうございます。この度はメルマガ創刊おめでとうございます。まずは、橋本さんのこれまでのお仕事について教えていただけますでしょうか。
橋本卓典さん(以下、橋本):ありがとうございます、宜しくお願いいたします。私は1999年に社会人になりました。当時は金融危機の真っ只中の頃で、大学を卒業して時事通信社に入社し、経済部に配属されたんです。最初は雑用からのスタートでしたが、毎週のように金融機関が破綻していくような時代でした。
金融監督庁ができたばかりの頃で、混乱を避けるために金曜日の夕方に破綻を発表し、土日で沈静化させるということが毎週続いていました。本当に金融動乱の真っ只中に放り出されたわけです。
最初に担当したのは為替介入の取材でした。当時は超円高が進んでいたので、「ミスター円」と呼ばれた榊原英資財務官を四六時中追いかけ回していました。その後、熊本支局に異動し、警察取材から殺人事件、詐欺事件、裁判の傍聴まで、何でもやりました。裁判取材では、論点がどこにあるのか、なぜ一部勝訴なのか全面勝訴なのか、そういったポイントを学びました。国賠訴訟や医療過誤問題など、民事・刑事を問わずあらゆる裁判を担当しました。
スクープ記者として第一線を走る
橋本:熊本から戻ってきてからは、ライブドア問題や村上ファンド問題を取材しました。ライブドアや村上ファンドがフジテレビを狙い、その後、村上ファンドが阪神電鉄に攻め込んでいく——そういった動きを第一線で取材していました。
最後に村上ファンドが阪神株を買い進めていたとき、阪急がホワイトナイトとして乗り出し、村上ファンドが全株売却するというスクープを出したこともあります。阪神タイガースを買収して上場させるくらいの勢いだったのが、村上さんが逮捕されるという展開になりました。
その後、2006年に共同通信に移り、流通や証券会社、東京証券取引所などマーケット取材を続けました。2009年から2010年は広島支局で県政や経済の取材を担当し、トレハロースで知られる岡山の「林原」という会社の粉飾決算をスクープしたりもしました。ですので、スクープ記者として生きてきたという自負があります。
金融行政の大転換を追う
橋本:広島から戻った後は金融庁を担当しました。東日本大震災で東京電力の福島第一原発事故が起き、大手銀行がどう東電を救済するのか、事故の賠償金をどう払わせ続けるのかといった取材をしていました。
転機となったのは2015年、森信親(もり・のぶちか)金融庁長官が登場したときです。森長官はこれまでの金融行政の軸足を180度変えると宣言しました。それまではメガバンクが健全かどうかばかりが注目されていましたが、森長官は「目を向けるべきは人口減少問題だ」と言ったのです。
人口減少は国家的な問題であり、不可逆的な話です。だからこそ、金融行政もメガバンクの健全性だけでなく、これから衰退していく地方をいかに地域金融機関が支えていくか、中小企業やスタートアップの支援を率先してやっていかなければならない——そういう地域金融改革に大きく舵を切ったのです。
このとき私は『捨てられる銀行』という本を書き、多くの方に読んでいただきました。また、金融庁は成長産業として資産運用改革を掲げ、つみたてNISAを作り、それが新NISAにつながっています。こうした動きも最初期から取材し、本を書いてきました。
中小企業の「現場」を歩きはじめた訳
橋本:2020年に新型コロナウイルスのパンデミックが起き、経済が止まってしまったとき、金融機関の取材だけでは駄目だと感じました。ニュースでは「中小企業の生産性向上が課題」とよく言われますが、実際に現場を取材している人はほとんどいません。知ったかぶりで書いているだけなのです。
それから私は地方に足を運び、建設業、運送業、外食、製造業など、あらゆる業種の現場を毎週取材するようになりました。2020年から今でも毎週どこかに行って、地域金融機関や中小企業、あるいは中小企業を支援している人たちの取材をしています。これが私のライフワークです。
今年の8月、共同通信を退職しました。会社の方向性と自分のやりたいことに違いを感じたからです。独立して、地域と金融、そして中小企業の問題に全力で取り組んでいこうと決めました。
──詳しくご説明いただきありがとうございます。現在は取材して記事を書くお仕事一本でやられているのでしょうか。
橋本:取材と執筆が中心ですが、私には一つの問題意識があります。既存メディアは大口スポンサーから広告収入を得ながら、編集は中立だと言っています。しかし、何が本質なのかを追求することが大切です。
私の目標は、取材して発信することで世の中を変えていくこと、特に地域を元気にすること、本当の意味で稼げる地域にすることです。賛同してくださった中小企業の皆さんから少額のスポンサードをいただき、それを活動資金にしながら地域を取材して発信する——そういうビジネスモデルでやっています。
──東京のメディアの方の多くは実際に地方へ行かず、想像で書いていることも多いと思います。やはり現場に行って生の声を聞くことを大切にされているのですね。
橋本:はい、おっしゃる通りです。
メルマガ創刊のきっかけ
──今回、まぐまぐでメルマガを創刊されることになったきっかけを教えていただけますでしょうか。
橋本:発信していくことは非常に重要ですから、どういう媒体を選ぶか考えていたところでした。自分でも個人サイトを立ち上げましたが、それ以外にもオープンな姿勢でいろいろな媒体を選ぼうと思っていました。
noteなども考えましたが、「メルマガ」って一見古いように聞こえますけど、一周回ってみると、noteは多くの方が書いていて「レッドオーシャン」になっていると思います。メルマガは、むしろプロモーションも含めて訴求してくださるところに価値があると感じました。私は地方をぐるぐる回らなければならず、プロモーションに時間を割く余力がないのです。
私の生き方の戦略として、みんなが流行っているところには逆に行かない、みんなが「オワコンだ」「古い」と言っているところに「実は価値があるのではないか」と思っています。レッドオーシャンとブルーオーシャンは常に逆転していくものですから、メルマガから発信していく方が面白いのではないかと思い、始めることにしました。
──そう言っていただけると嬉しいです。メルマガを始められた方で同じようなことをおっしゃる方は結構いらっしゃいます。
橋本:noteなどは「濃厚なファンの方向け」だと思います。一方、メルマガはこちらからお届けするものですから、濃厚なファンかどうかは別として、幅広い方々に訴求できるという点で面白いのではないかと思いました。
「現場をゆく」に込めた思い
──創刊されたメルマガについて、これから読者になる皆さんに教えていただけますでしょうか。
橋本:タイトルを決めるとき、司馬遼太郎の『街道をゆく』が頭にありました。「橋本卓典とは何者か」を一言で言えば、経済において誰よりも現場に行っているということだと思います。だから「現場をゆく」というタイトルにしました。
国で語られていることも、方向性としては大きく間違ってはいないのですが、現場ではどうなのかという視点が欠けていることが多いのです。国や大きな組織にいる方々は、現場からの反論を「雑音」として片付けがちです。私は統計学者ではないので全国の声を統計的に分析することはできませんが、だからといって現場の声を拾わないわけにはいきません。拾わないと、政策と現実が乖離していくのです。
すべての政策は善意から始まります。しかし時代の価値観や環境、私たちが使うデバイスが変わっていく中で、これまでの常識も変わっていきます。現場に足を運ぶことで、そうした変化が解像度高く見えてくるのです。
私は現場に入り込みながら、引いて国の動きも取材しています。両方を見る目が大事です。多くの方が論じているのはマクロ経済のことだけで、現場に入り込んでいる方もいますが、全体の方向性の把握が不十分なことが多い。両方見ているというのが私の独自性だと思います。
地方から日本経済を本気で元気にする・橋本卓典さんのメルマガ
未来を先取りするメルマガ
橋本:もう一つ大切にしていることがあります。現場で今起きていることを追うと、先々深刻化するであろうことが見えてきます。つまり、未来を可視化しているのです。また、行政の方向性、国がどういうことを考えどちらに向かおうとしているのかも見えます。
私の本は常にそういうスタンスで書いてきました。半年先、1年先に金融業界や地域がどうなるのか、予言とまでは言いませんが、確度高くお示しする。このメルマガもそういうものでありたいと思っています。過去を顧みつつ、将来を先取りするようなものにしたいですね。
──橋本さんが見てきた現場や、諸官庁への取材から見えてきた未来予測を、誰よりも早くこのメルマガで読めるということですね。
橋本:濃厚なファンの方はもちろんですが、そうでない方にも幅広く知っていただきたい。「橋本の言っていた通りになった!」と思っていただければ、身の振り方や行動が変わっていくと思います。日本の地域が良くならないと、この国全体が良くなりません。8000万人から9000万人が地方で暮らしていて、東京都は1400万人しかいない。日本のほとんどがローカルなのです。
ローカルが所得や賃金の面でしっかりしていかないと、中小企業の生産性が上がっていかないと、日本という国は厳しくなります。元気で稼げる地方、その本質を追いかけていきたいと思っています。
実は2026年から変わる金融の世界
──今後メルマガでやっていきたいこと、考えていることなどがありましたら教えてください。
橋本:たくさんありますが、目先でいうと、来年から始まる「企業価値担保権」という制度があります。アメリカでは一般的な融資手法ですが、日本では全くされていません。
日本では融資というと、すぐに「不動産担保はありますか」「保証はないんですか」となります。担保・保証に依存した融資ばかりなのです。アメリカでは将来キャッシュフローを見ながら、事業成長を一緒に歩んでいく「キャッシュフローレンディング」という融資が一般的です。
これは単にお金を貸すだけでなく、まだ不確定な将来に対して、金融機関が伴走しながら一緒に成長を目指すものです。日本ではこの20年以上やってこなかった。なぜかというと、金融検査マニュアルのせいです。
『半沢直樹』の黒崎検査官をご存じでしょう。12月のメルマガでは「なぜ無敵の黒崎検査官が生まれたのか」を書いています。彼は適当なことをしているわけではなく、法律とルールに基づいて権力を振るっているのです。プラスの効果ももたらしましたが、副作用もありました。金融機関が貸出先の事業性を見る「目利き力」を失ってしまったのです。
担保がある先にだけ漫然と貸し出し、生産性向上の支援ができなくなりました。金融検査マニュアルが不良債権を作らないようにと厳しくした結果、「靴を汚したくないから一歩も家から出ない」ような状態になってしまった。でも外に出なければ、人との出会いも学びもありません。成長するには一定のリスクを取らなければならないのです。
AIと金融、国際会計基準の変化
橋本:これからAIの時代になっていくとき、金融庁と金融機関の関係性がどう変わるのか、それが中小企業にどう影響するのかといったことも書いていきたいと思います。
また、国際会計基準の変化についても注目しています。IFRS第7号という草案が10月29日に出ていて、これからの会計は簿価ではなく時価を重視し、過去ではなく将来のキャッシュフローをしっかり見ていく方向に変わっていきます。これが日本の金融と中小企業の関係をどう変えていくのか、先取りしてご紹介していきます。
新たな方向性に向けて、いち早くサービスを開始している金融機関も紹介したいですね。変化があるときには、いち早く適応しようとする人たちがいます。課題があるからこそ変化しようと思うわけで、課題が山積しているのは東京より地方です。だから地方の方が実は変革が始まりやすい。「変革は辺境から始まる」のです。東京で見ていると、そういうところは全く見えてきません。
地方から日本経済を本気で元気にする・橋本卓典さんのメルマガ
金融の枠を超えた「人と組織」の本質
──これから橋本さんのメルマガをお読みになる読者の皆様に、ぜひメッセージをお願いします。
橋本:私の問題意識の根源は、「どうして人間は組織になるとおかしなことをしでかすのか」ということです。優秀な人たちが集まれば集まるほど社内政治が優先され、1+1が2ではなくマイナス2になってしまう。会議ほど無駄なものはないと言われますが、なぜそうなるのか。
忖度したり、恥ずかしいところを見られたくなかったり、人間のプリミティブな振る舞いが相乗効果を起こして、「ここは黙っていた方がいい」となる。独創的な意見を言うより、「ここにはこういうリスクがありますよね」と問題提起する方が賢く見える。だからコンプライアンス担当や内部監査の人間ばかりが偉くなっていく。その典型が銀行なのです。
私が銀行を題材にしているのは、こんな優秀な方々が揃っているのに、なぜこんなツッコミどころ満載の組織になってしまうのかという問題意識があるからです。金融だから自分には関係ないと思わず、社内政治を断ち切るための改革をしている金融機関の事例を見ていただきたい。
人事評価の罠
橋本:特に書いていきたいのは人事評価の問題です。人が人を評価し始めると何が起きるか。評価する人の前では、評価する人が望む行動をとるようになります。私はこれを「評価者最適化」と呼んでいます。
得点につながるところだけパフォーマンスして、見ていないところでは手を抜く。人間というのはそういうものです。では、評価者をなくした金融機関はないのか。実はあるのです。野鳥の会のように、観察していることを観察されていると思わせずに評価する。いつかメルマガでご紹介しますので、ぜひご覧ください。
金融は自分に関係ないと思っている方でも、組織運営や人事評価、なぜ社内政治が蔓延(はびこ)るのか、なぜ本当の戦略が追求されないのかという問題意識をお持ちなら、ぜひ読んでいただきたい。金融という題材を通じて、人と組織の本質的な問題をお届けしていきたいと思います。
──経営者の方はもちろん、これから会社を選ぶ学生の方にも参考になりそうですね。
橋本:そうですね。こういう視点で会社を見ると「なるほど、こう見えるのか」という気づきがあると思います。人生の岐路に立つ方々にも参考にしていただければ嬉しいです。
大企業病を逆手に取るビジネスチャンス
橋本:大企業病についても触れておきたいですね。大企業になればなるほど、安定した売上・利益を出したいので、毎月仕事をくれる安定したお客様に足を向けます。たまに特大ホームランが出るようなお客様には、何年通っても成果が出ないから足が遠のく。
でも、それを逆手に取って、大企業が回れないところを回りますよというサービスを提供する会社も出てきています。大企業病をビジネスチャンスと捉えて参入してくるところがある。どこに目をつけるかが極めて大事です。
ただし、数兆円の市場を作ってしまうと、大企業が鯨のように後から飛び込んできます。市場規模はニッチでいい。鯨が飛び込むには狭すぎるけれど、ちょうどいい規模で、まだ競合がいないところを見つける。そういう視点も、金融に限らず経営者の方々に考えていただきたいポイントです。
「冷凍マグロ加工事業者」は存在しない
橋本:最後にもう一つ、私がメルマガでお伝えしたいことがあります。私たちは自分の考えを伝えるために「言語化が大事だ」と言いながら、単語に落とし込んで分かったつもりになっていることが多いのです。
例えば「冷凍マグロ加工事業者」という言葉があります。イメージが湧きますよね。でも私は、冷凍マグロ加工事業者というものは存在しないと思っています。なぜなら、それは私たちがイメージを共有するために便宜上名前をつけただけだからです。
銀行員やメディアが陥りがちなのですが、「冷凍マグロ加工事業者を経営支援してください」と言われると、販路を広げればいいとか、工場を合理化すればいいとか、安直で平凡な発想しか浮かびません。それは「冷凍マグロ加工事業者」という言語にとらわれているからです。
でも現場を回れば見えてきます。市場でセリの技術を覚え、マグロの目利きを覚え、200〜300キロのマグロを冷凍物流車両で運び、マイナス60度の超低温冷凍庫に保管し、電動鋸で切ってパック詰めして流通に流す。こうした機能と資産を持っている事業の総称を、私たちは便宜上「冷凍マグロ加工事業者」と呼んでいるのです。
機能で分解すれば新しい稼ぎ方が見える
橋本:持っている機能と資産で分解してみる。私はこれを「機能の棚卸し」と呼んでいます。そうすると何が見えてくるか。冷凍物流車両は、別にマグロ以外の冷凍商材を運んでもいい。超低温冷凍庫も、マグロしか保管してはいけないという法律はない。倉庫業の免許があれば、人体以外ならワクチンを入れてもいいし、PCR検査キットを入れてもいい。
AmazonのAWSも同じです。Amazonの通販のお客様だけがサーバーを使っているわけではなく、銀行や官公庁にも使わせている。倉庫業という機能を切り出して大きく展開しているのです。中小企業でも同じように、物流車両という運送業の機能、倉庫という倉庫業の機能で見てみれば、違う稼ぎ方ができる可能性があります。
仕出し弁当業者も同じです。「販路を増やせばいい」「詰める作業を合理化すればいい」という発想しか出てこないのは、「仕出し弁当業者」という言葉に幻惑されているからです。でも仕出し弁当業者には管理栄養士がいて、レシピを作っている。管理栄養士は今、超人材不足です。だったら弁当を売るのではなく、レシピを売ればいい。原価がほとんどかからないコンサル業になります。
私たちは常識や記号、安易な業種分けで思考を固定化させてはいけません。社会に果たしている役割と、持っている資産・設備で見てみれば、他にできることはないか、立ち位置を変えられないかと考えることができます。そうすれば、稼ぐチャンスはまだまだたくさんあるのです。
──これもやはり現場に足を運ばないと分からないことですね。
橋本:おっしゃる通りです。具体的にどういう企業がそれをやっているのか、具体名を挙げてご紹介していきます。まさに「現場をゆく」というタイトルならではの内容をお届けできると思います。
──現場の生の声と、橋本さん独自の視点、そしてデータの裏付けに基づいた解説をお楽しみいただければと思います。本日はありがとうございました。
橋本:こちらこそ、ありがとうございました。今後ともメルマガ『橋本卓典の「現場をゆく」経済・金融ジャーナル』を宜しくお願いいたします。
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