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パナマ文書で世界の富裕層を「脅迫」しはじめたアメリカの苦境=高島康司

前回の記事で詳しく解説したように、「パナマ文書」は米政府の国策機関である「ICIJ」が分析を進め、一部を公開した文書である。したがってこれは、決して偶然に公開されたものではない。そこには、米政府の国家戦略上の目的があると見て間違いない。

ではその目的はなんであろうか?調べてみると、そこには明らかに複数の目的があるようだ。前回、北朝鮮のキム・ジョンウン体制の壊滅に向かう動きとの関連を解説すると予告したが、これついては次回の記事で詳しく書くことにする。ご了承願いたい。(未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ・高島康司)

北朝鮮壊滅だけではなかった「パナマ文書」公開の秘められた目的

米政府が国家戦略上の目的で公開した「パナマ文書」

前回はいま大きな話題になっている「パナマ文書」の隠された真実について詳しく解説した。

「パナマ文書」の一部公表で、租税逃れへの各国首脳・関係者の関与が明らかになった。それがもとでアイスランドの首相は辞任し、イギリスのキャメロン首相も辞任を余儀なくされそうな厳しい立場に立たされている。

【関連】パナマ文書の記事一覧 本当のタブーとアメリカの狙いとは

日本では「パナマ文書」のリークは匿名の人物によってなされたものであり、背後には特定の国の政治的な意図はないかのように報じられているが、実はそうではない。リークされた文書を分析した非営利団体の「ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)」はアメリカの首都、ワシントンの本拠をおく米政府の国策機関である。

「ICIJ」に資金を提供している主要な組織は、「USAID(合衆国国際開発庁)」やジョージ・ソロスの「オープン・ソサエティー」、また「フリーダム・ハウス」などである。これらの組織は米国務省やCIAなどと連動している機関である。2000年から2005年まで続き旧ソビエト共和国を親欧米派の政権に転換させた「カラー革命」や、2010年末に始まり中東全域に拡大した「アラブの春」に、こうした組織が深く関与していたことはいまでは広く知られている。

「ICIJ」はこうした国策機関のひとつであることは間違いない。今回の「パナマ文書」のデータは一般に広く公開されているわけではなく、分析を進めた「ICIJ」の手によって選択された情報が公開されているに過ぎない。その証拠に、租税回避地としてパナマを使っている件数がもっとも多いはずのアメリカの情報は異常に少ない。ましてや、米政治家の情報は皆無である。

こうした事実を見ると、「ICIJ」の手による今回の「パナマ文書」の公開は、米政府が特定の目標を実現するために行った可能性が極めて高いと見て間違いない。

では米政府の目的はいったいなんなのだろうか?そこには複数の目的があるが、そのうちのひとつは北朝鮮のキム・ジョンウン体制の崩壊である可能性もある。

前回はこのような内容を詳しく解説した。

目的の1つはアメリカによるタックスヘイブンの独占

さて、さらに詳しく「パナマ文書」を調べてみると、そこには明らかに複数の目的があるようだ。

もっとも大きな目的は、すでにこのメルマガの緊急連絡やツイッター、またフェイスブックでも指摘したことだが、パナマをはじめとした主要な租税回避地(タックスヘイブン)を潰し、アメリカに超富裕層の資金を集中させることだ。

ネバダ州、ワイオミング州、サウスダコタ州、デラウエア州の4州はすでに租税回避地として機能しているが、それらを世界最大の租税回避地として強化するのが目的だ。

そのためには、超富裕層の資金の集中がすでに始まっているロンドンを先に潰す必要があった。それが、英首相の税金逃れの資金運用の実態を公表した理由であろう。

ところで、タックスヘイブンに集中している超富裕層の資産は、概算では21兆ドル程度ではないかと見られている。ちなみに、ニューヨーク証券取引所の株価の時価総額が16.7兆ドル、日本の東京証券取引所は3.5兆ドル、そして全世界のGDPの総額は45兆ドルだから、その額がいかに大きいのかが分かる。

日本円ではおおよそ2400兆円ほどだ。日本政府の国家予算が96兆円程度だから、その25倍だ。まさに天文学的な額である。

Next: 自国のタックスヘイブン化を周到に準備してきたアメリカ



自国のタックスヘイブン化を周到に準備してきたアメリカ

そして、少し調べるとすぐに分かるが、アメリカは自国がタックスヘイブンになるための枠組み作りを数年前から周到に準備している。

2007年、スイスの国際的な金融グループUBSがアメリカ人富裕層の口座を国外の租税回避地に隠蔽していることが判明した。米政府はアメリカ人の口座の全面的な開示を求め、同様の隠蔽を行っていたクレディスイスを含む80もの金融機関に50億ドルもの罰金を課した。

こうした事件がひとつの契機となり、2010年には「外国口座税務コンプライアンス法(FACTA)」が制定され、2013年から施行された。

この法律は、アメリカの市民権を持つすべての人々に、保有する金融資産を「米国税庁(IRS)」に報告することを厳格に義務づけるとともに、米国内のみならず海外の銀行も、米国民の口座はすべて「米国税庁」に報告しなければならないとする法律だ。

もし米国民が国外のタックスヘイブンに秘密口座を持っていることがばれると、巨額の罰金が課せられる。

その後2015年9月には、「香港上海銀行(HBSC)」のスイス支店からおびただしい数の秘密口座がリークするという事件があった。その総額はおおよそ1200億ドル(14兆3000億円)で、口座の保有者には多くの著名人が含まれていた。

これまでスイスの銀行では口座所有者の秘密が保持されたため、本国で租税の支払いを回避したい富裕層の理想的なタックスヘイブンとされてきた。

だが「外国口座税務コンプライアンス法」の制定後、「HBSC」の事件なども手伝って、スイスの銀行はその伝統となっていた守秘義務を維持できなくなり、現在では最も透明性の高い金融機関になってしまっている。

そして2012年、OECD(経済協力開発機構)はアメリカの「外国口座税務コンプライアンス法」にならい、「共有報告基準」を成立させた。これはタックスヘイブンの出現を防止するため、各国が銀行口座、投資信託、投資などの情報をオープンにして共有するための協定である。

これまで理想的なタックスヘイブンとして見られていたシンガポールや香港を含め、97カ国が調印した。もちろん日本も調印している。

ところが、アメリカ、バーレーン、ナウル、バヌアツの4カ国だけが調印しなかった。アメリカはこの協定に入っていないのである。

Next: 米国内の秘密口座が守られる仕組み/「パナマ文書」が米国に資金を集中させる



米国内の秘密口座が守られる仕組み

これはどういうことかというと、アメリカは「外国口座税務コンプライアンス法」を楯にして、他の国々の金融機関に口座内容などの情報をすべて開示するように求めるが、アメリカ国内の金融機関の情報は他の国に対して一切公表しないということである。

つまりこれは、アメリカ国内に租税回避のための秘密口座を持っていたとしても、これを他の政府に開示する義務はないことを意味している。つまり、アメリカ国内のタックスヘイブンはまったく問題ないということだ。

これは米国内にタックスヘイブンを作ると、国内外から集まる富裕層の資産は米国内で投資・運用されるため、米経済の成長に利するからだ。反対に、米国人の資産が海外のタックスヘイブンに流れると、海外で運用されるため米経済にはプラスにならない。

いま米国内では、ネバダ州、サウスダコタ州、デラウエア州、ワイオミング州の4つの州がタックスヘイブン化している。

アメリカでは租税は基本的に州政府が決定しているが、これらの州では「法人地方税」と「個人住民税」がない。さらに、破産したときに州内にある財産の差し押さえをできないようにする「倒産隔離法」なるものが存在しているところも多い。

また、どの州でも簡単な用紙に記入するだけで、誰でも会社が設立できてしまう。

OECDが成立させた「共有報告基準」にアメリカが調印を拒否したことは、米政府が国内のタックスヘイブンを維持し、そこに集中した世界の富裕層の資産を米政府自らが他の国の政府の追求から守ることを宣言しているようなものである。

「パナマ文書」が米国に資金を集中させる

さて、このように見ると米政府の国策機関である「ICIJ」がなぜ「パナマ文書」をリークし、なおかつその内容を選択して流しているのか分かってくるはずだ。

世界の富裕層は「モサック・フォンセカ」でペーパーカンパニーを設立して実態を隠し、架空の法人名でパナマをはじめ世界のタックスヘイブンのオフショア金融センターで資金を運用している。

「パナマ文書」のリークでペーパーカンパニーの本当の所有者がだれであるのか分かってしまうため、米政府やOECD諸国が「外国口座税務コンプライアンス法」や「共有報告基準」を適用してオフショア金融センターの銀行に口座の開示を迫ると、実際の資金の運用者の名前が明らかになり、本国の租税の徴収対象になってしまう。

これを回避するためには、ペーパーカンパニーと銀行口座の所有者の本当の名前が公表されるリスクが絶対にない地域に、富裕層は資金を早急に移動させる必要がある。

そうした国・地域こそが米国内の4つの州なのである。これから世界の富裕層の巨額の資産は、アメリカへと一気に移動すると見られている。この資産をアメリカ国内に引き寄せることが、「ICIJ」のような国策機関が「パナマ文書」の内容を選択的に公開した理由であると見て間違いないだろう。

Next: アメリカはなぜいま動いたのか~間もなく不況に突入する米経済



不況に突入する米経済

では、なぜ世界の富裕層の資金をアメリカをタックスヘイブン化して集中させなければならないのだろうか?

昨年のFRBによる利上げ以後、世界の投資資金は新興国からアメリカに移動している。それなのになぜ、パナマのような海外のタックスヘイブンを壊滅させてまで、いまの時期にアメリカに資金を集中させる必要があるのだろうか?

その理由は、米政府はこれから米経済が深刻な不況に突入することを予見しており、それに備えるためである可能性が高い。

急激に景気が減速している中国などの新興国にくらべ、米経済は堅調に成長しているとの報道が目立つ。ニューヨークダウは最高値を更新し、GDPの成長率も年率で2%台の後半になる見通しだ。これは先進国としてはかなり高く、0.4%の成長率の日本とは大きく異なっている。

しかし、アメリカの実体経済に目を転じると、状況はこれとは正反対であることが見えてくる。先頃米アトランタ地区連銀は、経済予測モデル「GDPナウ」による第1・四半期の米GDPの伸び率の見通しを発表した。前回見通しの0.4%から大幅に下方修正され、0.1%だった。

さらに同じ時期に発表された2月の卸売在庫高は、前月比0.5%減と、2年9カ月ぶりの大幅なマイナスであった。これにより、米経済が第1・四半期に予想より大きく落ち込んだ可能性があることが示された。

こうした数値が示すように、いま米経済は深刻な不況に突入する可能性が高くなってきている。その理由は、米企業の大幅な債務の増大と利益の減少、そしてそれらが引き起こしているある悪循環の存在だ――


未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ4月15日号では、この続きとして、以下の内容を詳しく解説しています。

米企業の抜け出せない悪循環~実態は自転車操業

株暴落と利上げの先送り~オバマとイエレン異例の協議

「パナマ文書」のリークと富裕層の資金の呼び込み~最悪の事態を回避する

EU諸国の社会不安は好都合~中国・ロシアの台頭に対抗する米国

これは本当にうまく行くのか?~G20と伊勢志摩サミットに注目

「パナマ文書」リークの他の目的~北朝鮮のキム・ジョンウン体制壊滅

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【関連】アメリカ覇権の延命を担う「パナマ文書」の株高・米ドル高効果=高島康司

未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』(2016年4月15日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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