コロナ禍において日米ともに巨大な追加財政支出を行いましたが、その際に発行された国債の多くは中央銀行が買って資金を供給しました。結果として、事実上のMMT(あるいは疑似MMT)ともいえるような政策を日米で実践したことになります。このことは近い未来の日本に何をもたらすのでしょうか? 最悪のシナリオと最善のシナリオの両方について解説します。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
新型コロナで事実上の「MMT」実践
世界の主要中央銀行が懸命に大規模金融緩和を続けても、インフレ率を高めることができず、限界を突きつけられていた時期に、新型コロナの感染拡大が世界を変えました。
主要国ではあたかも当然のように大規模な財政政策が実施され、さらに一段と強化された金融緩和策でコロナ支援がなされました。
知らぬ間に事実上のMMT(現代貨幣理論)が実践されることになりました。
この新たに登場したMMTは、米国のステファニー・ケルトンという女性の学者が提唱したものです。その骨格は、自国通貨を発行する国では、財政赤字を気にすることなく、必要なだけ財政支出を拡大し、これによって完全雇用(経済成長)、格差の是正、適度なインフレを実現し、経済の均衡を図ることができる、という考え方です。
その原資は政府や中央銀行が自国通貨を刷って供給すればよく、債務の心配もなく、財政の均衡を目指す必要もない、というものです。そして目的が達成され、インフレになったら増税したり国債を発行して貨幣を吸い上げれは良い、という一見夢のような理論です。
日本や米国のように、自国通貨を発行している国はもちろん、日米以外でも自国通貨を発行している多くの国でこれを行うことが可能です。
ところが、これは新しい理論で、しかもケインズの「一般理論」のような成長からインフレや金利などを網羅した体系的な理論構築ができていないため、多くの経済学者からは「とんでも理論」と批判され、相手にされないことが多かったのも事実です。
ところが、新型コロナのパンデミックで世界経済が突然機能不全となり、世界がリーマン危機時よりもさらに厳しいマイナス成長に陥る、という強い危機感のなかで、早急に危機対応が必要となり、主要国は金融緩和にとどまらず、こぞって財政赤字覚悟の財政拡大策をとりました。
米国では昨年春に金利を一気にゼロに下げたばかりか、3兆ドル規模の財政支援を行いました。日本でも事業規模110兆円の支援策を昨年中に2回も行いました。
日米でともに巨大な追加財政支出を行ったのですが、その際に発行された国債の多くは中央銀行が買って資金を供給しました。
結果として、事実上のMMT(あるいは疑似MMT)ともいえるような政策を日米で実践したことになります。これまでMMTを徹底的に批判してきた日本の財務省内にも、これを受け入れる動きが見られます。
MMTは救世主か、悪魔のシナリオか
現実に疑似MMTを始めてしまったわけですが、まだ未完成の新しい理論だけに、評価が定まっていません。
中には、日本はすでにMMTを実践していて、それでもインフレにならない成功事例と評価する向きもあります。またコロナ危機というこの100年に経験しなかったパンデミック危機においては、このMMTが救世主だとの評価も聞かれます。
しかしその一方で、依然としてこれを「悪魔のシナリオ」として警戒する声も多く、賛否は分かれています。
Next: 日本にとっては善か悪か。評価を分けるのは「政府の信頼度」
評価を分けるのは「政府の信頼度」
この評価を分ける最大のポイントは、「政府の信頼度」ではないかとみられます。
従来の景気悪化局面では、主に金融緩和策を中心とした対応がなされました。ところが、突然、世界経済を機能不全に陥れるほどの危機に際しては、「こっちの水は甘いぞ」といって水を用意するような金融緩和では間に合いません。
それよりも、直接痛みを抑えるモルヒネの投与が効きます。現に、日米ともに大規模な財政赤字を承知の上で、直接的な財政面からの需要をつけ、経済の底割れを防ぎました。
しかし、モルヒネを長期間使用し続ければ、かえって体を蝕みます。必要な時に投与し、痛みが治まればすぐにやめる判断ができる名医、すなわち信用できる政府の存在が前提となります。
日米はまだ痛みが続いているのでモルヒネ投与をやめる段階でなく、政府の能力を問う段階でもありません。
しかし、かつてMMTの認識なしに、自国通貨を発行するアルゼンチンやベネズエラなどで財政の大盤振る舞いを行い、経済をモルヒネ漬けにし、結果的にインフレの火が広がり、経済を破綻に追いやったケースも見られます。政府の能力、良心如何と言えます。
最善のシナリオ
従って、日本でMMTが最善の結果を残すとすれば、それは政府が名医で、経済の状況を正しく認識し、モルヒネの投与をうまく調整できる場合に期待されるものです。
つまり、新型コロナ禍が短期間に収まるよう、十分な財政手当を行い、企業倒産を回避し、失業者を救済し、貧富の差を是正しながら経済を成長させ、1%前後の程よいインフレに誘導するケースです。
そこでは政府が必要なところにすぐさま資金を投入する「眼力」と「胆力」が必要です。
コロナの感染を抑えるために、民間機関も導入して唾液検査でどこでも行えるPCR検査を躊躇なく行い、ひっ迫する医療現場にもヒト・モノ・カネを計画的かつスムーズに投入します。ゼロコロナ実現まで休業要請し、外出制限をする際には、財政資金で必要なだけ即刻支援します。
その際、コロナ難民など弱者の救済を優先し、食料難民にはミールクーポンを支給し、家を失った人には政府が買い上げた空き家を提供したり、家賃補助を行います。そして安全を確認したワクチン接種を拡充し、海外からの渡航者も水際で徹底管理し、ウイルスを持ち込ませない形にして、経済を再開させます。
そして経済が回り始め、成長が戻れば、モルヒネの注入を停止し、インフレが出現しそうになれば、早めに増税や金利引き上げで経済の健康回復を図ります。これには経済の実態を正確に診断でき、即座に治療を行い、リハビリに移れる「名医」たる政府の存在が前提になります。
Next: 日本で困窮・自殺が急増?想定される「最悪のシナリオ」とは
最悪のシナリオ
しかし、免許も持たない偽医者のような、しかも腐敗した政府が対応を誤ると、モルヒネをすでに使っているだけに、悪夢のシナリオとなるリスクもあります。
コロナの収束もままならないまま、めくらめっぼう財政からモルヒネを打ちまくり、後戻りできない財政赤字を生み出します。
感染リスクのもとで経済も停滞したまま、投資も生産も鈍り、モノの供給が限られる中でお金だけがばらまかれて、円の価値が下落。つまり戦後のような悪性インフレを引き起こし、第2のアルゼンチン、ベネズエラのようになります。インフレをよいことに、借金の価値が結果的に小さくなり、預金や国債を持っている人はこれが紙くず同然となります。
さらに悪くすれば、政府は政府の借金を日銀の保有国債と相殺し、それでも足りない分を預金封鎖して、強制的に預金者に代弁させる可能性もあります。
それができない場合、政府が国債ではなく、借金にならない政府紙幣を直接好きなだけ発行し、これを支出に回す可能性もあります。
しかし、信用されない政府が発行する紙幣は「悪貨」となり、日銀券という「良貨」を駆逐します。
老後に備えて蓄えた貯蓄が紙くずとなって、年金も目減りして高齢化が進んだ社会では長生きリスクが問題になり、高齢者の自殺も増えます。仮想通貨が円にとって代わるか、貨幣経済が崩壊して物々交換、略奪の世界に逆戻りしかねません。
菅政権はモルヒネを使いこなせるか?
ここまで説明してきた通り、MMTはモルヒネのような側面を持っています。
正しく使えば痛みをなしに経済の手術ができ、危機を乗り切ることを可能にします。しかし、これを悪用したり、使い方を間違えたりすれば、立ち直れないほど経済を蝕み、体力を弱めてしまいます。
その分かれ目は、政府が信頼できる名医かどうかにあります。
規律を守らずに夜の街で飲み歩く議員を抱える今の政府与党にモルヒネを預けることは、不安がいっぱいです。
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『マンさんの経済あらかると』(2021年2月17日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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