コロナ禍で企業は賃上げに慎重姿勢を見せています。しかし、マクロの経済環境が厳しいとしても、今回のコロナパンデミックの特色を考えれば、コロナ禍だからこそベアが必要な理由が少なくとも2つあります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
コロナ禍で企業は賃上げに慎重姿勢
コロナ禍の厳しい経済環境を受けて、経団連は今年1月、21年春闘での経営側の考え方の指針となる「経営労働政策特別委員会報告」を発表しました。
ここでは新型コロナの感染拡大で景気が急減速したことを受け、賃金引上げの判断は業績に応じて各社ごとに決める原則を強調しました。
しかし、マクロの経済環境が厳しいとしても、今回のコロナパンデミックの特色を考えると、コロナ禍だからこそベアが必要な理由が少なくとも2つあります。
賃上げが必要な理由その1:コロナで傷んでいるのが消費関連業界
第1に、新型コロナの感染拡大で最も大きな影響を受けているのが個人消費であり、企業では消費関連業界です。
これは、新型コロナウイルスの感染が、従来のインフルエンザのような空気感染ではなく、飛沫感染、接触感染による面が大きいため、対面サービス中心の消費活動、サービス業中心の非製造業がより大きなダメージを受けているためです。
製造部門が順調に回復している反面、対面型サービス業が苦戦しています。
これは日本だけの現象ではなく、コロナの性格上、世界的な傾向にもなっています。その点、イスラエルや欧米ではすでに新型コロナ用のワクチン接種が始まり、集団免疫を獲得して個人の行動や企業活動が正常化する期待が出始めています。特に米国、イギリス、ドイツ、中国、ロシアは自らの国でワクチンを開発し生産しているので、計画的なワクチン接種が行いやすい状況にあります。
これに対し日本では独自のワクチン開発が遅れ、結局ワクチンを海外メーカーから買い取る約束を取り付けざるを得なくなりました。何とか年内に3億回分を確保したと言います。
Next: ワクチン遅れでインバウンド消費は期待薄。消費回復には賃上げが必須
遅れるワクチン接種。日本の消費回復はまだ先
これを前提に、2月下旬から国立病院の勤務医2万人を中心に、医療従事者370万人の接種を開始し、4月以降65歳以上の高齢者に接種を始める意向と言います。
ところが、実際にワクチン接種を進めるうえでは大きな問題があって、簡単には進まないと言います。
そもそも、ファイザー社とモデルナ社から購入する分は、いつどれくらい入ってくるかわからないとのこと。しかも、ファイザー社のワクチンはマイナス75度に冷凍保管する必要があり、その運搬の際に必要なドライアイスの供給にも不安があると言います。
それに、接種に関する情報管理をどう進めるのか、マイナンバーで管理するにしても、住民基本台帳で管理するにも、国と自治体との情報連結ができていないのがほとんどと報じられています。
ワクチン接種にあたる医療従事者の確保、ワクチン接種を行う場所の確保など、多くの課題を抱えています。ワクチン接種が進まないと感染不安の軽減も遅れ、消費者の行動は制限された状態が続き、消費活動にはマイナスとなります。
ワクチン接種が遅れ、感染の収束が遅れると、夏の東京オリンピック・パラリンピックの開催ができなくなる恐れがあります。日本の感染状況が改善せず、しかも海外の国々でも感染が収まらないと、選手の決定、準備、派遣ができなくなります。カギを握る米国のバイデン大統領も、科学的に判断すべきで、まだどうなるかわからないと述べました。
オリンピックの開催ができないとなれば、これが個人消費や海外客を当て込んでいる企業には大きな打撃となります。
そうした中でGDP(国内総生産)の約半分を占め、景気を大きく左右する個人消費の役割がより大きくなります。財政手段が限られれば、より企業の賃金引き上げが大きな意味を持ちます。
賃上げが必要な理由その2:政策の対象が企業への助成金中心
第2は、コロナの支援策が日本では企業向け中心で、消費者の救済策は限定的なことです。
20年度第3次補正予算は19兆円余りの追加財政支出となりましたが、そのほとんどがデジタル化対策、脱炭素化向け対策など、アフター・コロナの経済対策となっています。
その中でコロナ支援策としては、都道府県の医療機関支援のための「緊急包括支援交付金」1兆3,000億円、ワクチン接種の体制整備に5,700億円、営業時間短縮に応じた飲食店への協力金など、自治体が自由に使える「地方創世臨時交付金」1兆5,000億円などで、いずれも企業向けの支援です。
これでは個人消費も、消費関連業界も救われません。
Next: 米国のコロナ支援は「個人向け」が中核。日本とは対照的
米国のコロナ支援は「個人向け」が中核
これと対照的なのが米国です。
米国ではコロナ支援策の中核が個人向け支援です。昨年3月に最初にとられた支援策でも、1人当たり1,200ドル(12万円強)の小切手送付、失業保険給付金を1週当たり600ドルも上乗せし、給付期間も延長するなど、失業者や一般消費者に手厚い支援がなされました。
そして昨年暮れに議会がまとめた追加支援策では1人当たり600ドルを給付し、今年になってバイデン政権が提示した追加支援策ではさらに1人当たり1400ドルを追加支給し、失業保険給付金の上乗せ、延長などで、家計向けに1兆ドル(104兆円)も用意しました。
こうした個人向け支援を強化したことで、米国では個人消費中心の景気回復が進み、その恩恵を企業も受けるようになっています。
つまり、米国では家計、個人救済に重点が置かれているのに対し、日本のコロナ支援策は企業救済型に集中しています。そのために、個人消費は弱いまま、景気の停滞が続いています。
政策が企業支援に偏っている分、今度は企業がベースアップで労働者に所得の還元をする必要があります。
企業の人件費抑制の弊害
そもそも、安倍政権になって以降、8年間にわたる企業重視の政策を得て、企業は人件費の抑制、変動費化を進め、最高益を謳歌し、株高を実現しました。
その一方で、労働者は企業の人件費抑制の中で賃金が増えず、非正規雇用が4割近くを占めるに至り、雇用保証も脅かされる結果となりました。
国税庁の「民間給与実態調査」によると、企業が最高益を挙げた2019年の民間給与は、年間436万円で、前年より1%減少しています。このうち、非正規雇用の年収は175万円で、前年から4万4千円、率にして2.5%減少しました。一方、正規雇用は503万円で、こちらも前年から1000円減少しています。物価の0.6%上昇を考えれば正規労働者も実質年収はマイナスになっています。
企業が最高益を挙げた年でも、賃金は減っています。
この企業利益と労働者の賃金とのアンバランス、つまり労働分配率の凋落傾向が日本の個人消費を必要以上に圧迫し、消費の弱さが原因となって景気が悪化する事態となりました。2019年は、企業の最高益の中で景気はすでに後退局面に入っていました。
企業の人件費抑制が行き過ぎて、景気の足をむしろ引っ張ってしまった良い例となっています。
Next: 企業を守って個人を切り捨てた弊害。今こそ基本給ベースアップが必須
今こそ基本給のベースアップが必要
コロナの影響で赤字になった企業も少なくありません。
しかし、ここまで見てきたように、日本では必要以上に個人消費を圧迫する賃金政策、企業傾斜の資源配分が、企業と政府の連携のもとに進められ、それだけコロナの影響を深刻なものにしています。
これを乗り切る上では個人消費の力をつけなくてはならず、政府が消極的なら企業がその分も賃金政策を見直す必要があります。
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『マンさんの経済あらかると』(2021年2月26日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。