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日立「1兆円買収」は高すぎる。なぜ適正価格の3倍で米IT企業を買ったのか? 今後の成長戦略と株価の行方=栫井駿介

日立製作所が米国のIT会社グローバルロジックを1兆円で買収すると発表、直近の株価は下落しています。高値掴みと言わざるを得ない今回の買収ですが、日立株は買いなのでしょうか?(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

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プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

日本企業がやる海外企業の買収は「高値掴み」が多い?

日立製作所がアメリカのIT会社「グローバルロジック」を買収するのですが、その金額がなんと1兆円という非常に高い金額となっています。この1兆円は、日本の電機業界では過去最大級の数字ということになっています。

日本企業が海外企業を買収するというと、やはりなんとなく嫌な予感がします。なぜかというと、どうしてもかなり高値掴みしてしまう傾向があるからです。

過去には日本板硝子が自分の会社よりも大きな「ピルキントン」という会社を買ってしまって、その結果、財務的にもとても苦しんだというのが過去にありました。

そう考えると、やはり投資家としてはちょっと心配な案件ということになります。

1兆円は高い?

ただ金額だけで判断してもいけないので、その中身についてよく見ていく必要があります。

日立が買ったのは、グローバルロジック社というアメリカのITシステム開発会社です。この業績はどの程度かというと、今期の予想で売上高が12億ドル(約1,300億円)、そして調整後EBITDAが2億4,900万ドル(約260億円)という数字です。

これに対して買収金額1兆円ということですから、売上高のおよそ10倍近い金額を払っているということになります。一般的な企業だったら売上高ぐらいの金額で売買されるということが多いですし、ITでは利益率が高いということを考えても、やはり高いということになります。

それをもっと具体的な数字で見ると、EBITDAという数字を用いることが多いです。特に買収の場合は負債も含めて考えることが多いですから、負債を含めた買収金額をこのEBITDAで割った倍率というのがあります。

今回、この数字が37.4倍という数字が出ています。一般的にこのEBITDA倍率というのは8倍から10倍程度が平均的と言われます。

確かにIT企業で成長性も収益性も高いとは言うのですが、一方ではプラットフォームを提供している会社ではなくて、人の手を使ってシステム開発なんかを行っている会社です。

平均の10倍程度というところに対して37.4倍とおよそ4倍近い金額を払ったというのは、冷静な数字で考えると、やはり「割高」と言わざるを得ません。

成長予想が楽観的すぎる

この日立の社長は会見で割高だとは思っていないということを言っているのですが、出しているプレスリリースを見ますと、二十数パーセントの成長が今後何年も続くというようなシナリオを描いています。

そんな急速な成長はなかなか続くものではありません。さらにはそもそも今期の予想数値というところにも疑問が残ります。公表されている1年前の2020年3月期ですが、ここは売上高が7.7億ドル、それからEBITDA1.8億ドルという数字です。

これがなぜか2021年3月期には売上高が12億ドル、EBITDAが2.4億ドルになるというかなり高い成長を描いています。

19年から20年にかけての成長を見てもおよそこれに関しては、1億ドルほどしか増えていないところが、いきなり5億ドル近くも増えていて、それからEBITDA関しても3,000万ドルぐらいしか増えてなかったのが、急に6,000万ドルも増えるという数字になっています。

正直この予想数値というのはグローバルロジック社は上場企業でもないので、かなり自由に作れてしまいます。

今期の予想に関しても結構高い印象は受けましたが、確かにコロナでDXが流行ったということはありますが、それだけではかなり調子のいい数字ですし、ましてそこから先、年率二十数パーセントもの成長を続けていくというのは、なかなか現実的ではないということが考えられます。

Next: ファンドと投資銀行に高く買わされたか。妥当な金額は3分の1



ファンドと投資銀行に高く買わされたか

では、日立がなぜこんな高い買収を行ったのかというと、この案件の詳細というのを見れば見るほど明らかになってきます。

このグローバルロジック社の株主が誰かということを見ますと、1つはこのカナダ年金制度投資ということで、日本でいうところのGPIFみたいなもので要は投資ファンドです。

さらにはこのパートナーズグループというのは投資ファンドですから、要はファンドが持っていた訳なんです。

ファンドというと上場企業を持っていたのだったら、その株価変動によってやがて売却することによって利益を得る、あるいは配当をもらうということができるのですが、未上場企業を買うとどこかでやはり売却しないといけません。

それがIPOになる場合もあるのですが、そうではない場合は、どこかの会社に売らなければなりません。

なので、どこか買ってくれる会社はないか?というのを常に探していたと思われます。

そういう時に間に入ってくるのが、いわゆる投資銀行と言われる会社です。

外資系で言うとゴールドマン・サックスとかモルガン・スタンレーとか、日本でいうと野村証券、大和証券こういったところがこれらの会社の株式をいかにどの会社に売ろうかと、しかも投資銀行としてはより少しでも高い金額で売ろうとしてきます。

当然、売り手としてもより高い金額で買ってくれるところを探している訳です。

実は私自身がこの投資銀行にかつて所属していたこともありまして、その辺は手に取るように分かるのですが、高く買ってくれるところはないかなと探していた時に、この日立の中期経営計画を見てみます。

ここで2021中期経営計画という中で2兆円から2.5兆円の買収をするというようなことをすでに言っています。

およそ1兆円はすでに使ったのですが、まだ1兆円の枠が残っています。

この1兆円の枠というところに対して、投資銀行はいかに企業を売ってねじ込むかということを考えます。

これを実際の具体的な数値まで公表しているというような、もはや日立は隙だらけだったということができます。

しかも大企業ですから、一度決めた計画をそう簡単に動かすことはできません。

そんな中でこのファンドと投資銀行というところが一緒になって、日立というところを見つけ出して買い手として選んだのではないかと思います。

もちろん日立だけではなくて、いろんな会社を実は競争させたと思います。

しかし日立がどうしても欲しいということになったからこそ、これだけ高い金額につり上がってしまったのではないかと思います。

妥当な金額は3分の1

正直な妥当な金額で見たら3分の1ぐらいの値段であってもおかしくないような案件ではないかと思います。

ちなみに売ったのは実は投資ファンドだけではなくて、その他にも個人・経営者等が10%を保有していました。彼らも日立に株を売って、現金が入って万々歳ということになりました。

おそらくしばらくは経営陣として残るかもしれませんが、やはりそういう人達はやがて出ていくものです。

そうやって経営陣を失って、果たして日立が上手くコントロールできるのかという疑問もまだ残っています。

Next: 事業の効率化は必要だが、あまりに「高い」。日立の投資妙味は



事業の効率化は必要。しかしあまりに高い

では、そこまでして日立がこの会社を買う必要性があったのかということについて見ていきたいと思います。

日立の最近の動きを見ますと、かなり“選択と集中”を進めてきていました。

以下にあります通り、上場子会社である日立工機と日立物流、日立キャピタル、日立国際電気、この辺の一部をほかの企業に売却したりして、その直接的な自社のシナジーのないところを売って整理を行なっています。

この整理というのが重要で、日立というとたくさんの子会社を持っている会社です。逆に言えばそれだけやはり多くの会社を抱えていると、非効率になることは間違いありません。

それを整理してきたというのが、これまでの流れということになります。

一方で強めるべき事業というのは買収を行っていまして、例えばこのスイスのABBのパワーグリッド事業だったり、アメリカのオートメーションテクノロジーズ、さらには上場子会社であった日立ハイテクノロジーズを完全子会社化しています。

そして、今回のグローバルロジックが加わったわけですが、要するに日立はITとか海外というところにこれから集中しようという戦略を立てています。

なぜそうしているのかというと、この財務指標を見ればわかるのですが、これがセグメント別の業績です。

ITに関しては売上高は2割そこそこなんですが、利益で見ると36%と4割近いところを占めます。利益率も11%と他に比べてもかなり高い水準となっています。この日立ハイテクノロジーズは直近で子会社化したので、これを合わせるともう半分近い利益はITから上げているということになっています。

他の事業はどうしても物を作るというとコストがかかるので、利益率はそんなに上がりません。

一方で、ITは値段に関しては言い値の世界だったりするので、利益率は上がりやすいというところがあって、さらには社会的にもDXとかが求められているところで、今後ITを強化しようという流れだと思います。

日立としてはルマーダだというブランドを立ち上げて、ここでITとかDXをやっていくということを積極的に謳っています。そのルマーダをより高度化させるため、あるいは海外での売り上げを拡大させるために、今回の買収を行ったという風に見えます。

その戦略の流れという部分では決して間違ってはなくて、むしろあるべきレールに乗っかった流れだと思います。

ただ、これに1兆円の金額を払ってしまうというのは、やはり高すぎると言わざるを得なくて、この1兆円も払ってしまったということで、やがてはそこまで想定したほど成長しなかったということになると、この1兆円はのれんという形で財務諸表に乗っているのですが、それを損失として計上しなければならなくなってきます。

今回の買収が将来の負債になりかねない

将来的に数千億円の損失が発生する可能性があるという風に見ておいた方が良いと思います。

まして多くを借り入れによって行なっているので、財務状況も締め付けるのではないかという風に思っています。

ただ戦略としては間違ってはいないと思うので、これから淡々と戦略を進めていくのを見守るしかないということになります。

もっと言えば日立の従業員数というとおよそ30万人います。その30万人の中にはとても優秀な人たちが入っていると思います。

なのに売上高1,300億円そこそこの会社を買わないと手に入れられなかったのか、今いる人材でできなかったということになると、やはり能力が足りてないのではないかという風に思えるわけです。

未だに国内売上高が50%超で国内偏重で海外に少しでも軸足を置く為に海外を買収するということはわかるのですが、同時に国内にいる日立の優秀な社員というのをもっと上手く使えないことには、日立の大きな成長というのは見込みにくい、今の段階ではその力強さが感じられないということになります。

方向性としてはこのITの集中、それから海外売上の拡大、そしてソフトとハードの融合、IOTなど物を作るのが得意ですから、作った物に対してこのITのシステムを入れていくというのが一つのない強みだと思うのですが、そこをいかに伸ばせるか、そしてそれを日本だけでは市場が限界があるので、それを海外に売れるかというところが、これからの1つの注目点ということになります。

Next: 日立は投資対象になるか? 株価は上昇基調だが…



投資対象になる?

さて業績の推移ですが、これまで選択と集中を進めてきたことによって、売上高はゆるりと右肩下がり。一方で、利益率が向上したことによって、利益は全体として見れば右肩上がりというところになっています。直近では、コロナの影響もあって下落しているというところはあります。

株価は直近の買収を受けて下落しているのですが、この6ヶ月で見ると上昇基調という形になっています。

日立製作所<6501> 日足(SBI証券提供)

こんな中で、PERはここだけ見ると12.9倍と安いという思えるかもしれませんが、ここで注意が必要です。実はこの予想利益に関しては子会社売却の影響で、特別利益計上されています。なので、PERはこのまま受け取ってはいけません。その利益を除いて考えなければなりません。

とはいえ、コロナの影響も受けて現状が少しわかりにくくなっているところがあるので、過去5年ぐらいの業績からPERを見積もると、およそ15倍から20倍程度のPERであるということができます。

実は過去10年くらいで見た時、ずっと15倍ぐらいの水準で推移してきました。今後の成長性を考えても、決して割安という状況ではないということです。

割高でもないんですけれども、そんなに急に成長するような会社でもないので、無理に買うような状況ではないという風に思います。

もちろんこの成長戦略が功を奏するようだったら、面白いのですが、そこまで旨味がある状況では必ずしもないというのが私の捉え方です。

もちろん今後の戦略については注意深く見守っていきたいと思います。

(※編注:今回の記事は動画でも解説されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひチャンネル登録してほかの解説動画もご視聴ください。)


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バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2021年4月5日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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