これまでPayPayほかコード決済は手数料無料で拡大を続けてきたが、今年秋までに各社が有料化に転じる予定だ。加盟店はどう動くのか?業界への影響について解説したい。また、ひとり勝ち状態のPayPayが有料化することで、日本は現金社会に逆戻りする可能性がある。そこで、政府が進めてきたキャッシュレス比率4割の目標を達成するために、国が今やるべき対応について提案したい。(『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』岩田昭男)
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消費生活評論家。1952年生まれ。早稲田大学卒業。月刊誌記者などを経て独立。クレジットカード研究歴30年。電子マネー、デビットカード、共通ポイントなどにも詳しい。著書に「Suica一人勝ちの秘密」「信用力格差社会」「O2Oの衝撃」など。
PayPay「ひとり勝ち」の要因をおさらい
PayPay株式会社のプレスリリース(6月17日)によると、2018年10月にサービスを開始したQRコード決済サービスPayPay(ペイペイ)の登録ユーザー数が4,000万人を突破し、加盟店は328万に達している。
PayPayのQRコード決済サービスにおけるシェアは55%を超えており、経営統合したLINEのQRコード決済サービスLINE Payを加えると60%以上になる。
この快進撃を支えているのが、ソフトバンクグループの豊富な資金力にものをいわせて、波状的に行っている大規模キャンペーンだ。サービス開始直後に行った「100億円あげちゃうキャンペーン」のインパクトは大きく、PayPay、ひいてはQRコード決済サービスに対する消費者の認知度を一挙に高めた。
来る7月25日には「4000万ユーザー突破記念」と銘打ち、「夏のPayPay祭フィナーレジャンボ」を実施する予定だ。1等当選者には決済金額の100%を還元するというのだから、「100億円あげちゃう~」を彷彿とさせる大キャンペーンだ。
快進撃の要因として、営業部隊による積極的な加盟店開拓も見逃せない。数千人規模の営業マンが、全国津々浦々の大小さまざまな小売店舗を回ってPayPay導入を促す。泥臭いがいちばん効果のある、しかも他の決済事業者には決してマネのできない人海戦術だ。
それによってこれまでキャッシュレス決済に縁のなかったさまざまな業種の中小事業者、個人商店を加盟店として開拓し、キャッシュレス需要の掘り起こしに貢献した。
店側の決済手数料「無料」で一気に拡大
最後にもう1つ忘れてはならないのが、「決済手数料の無料化」だ。
クレジットカードやQRコード決済サービスを導入した加盟店は、カード会社や決済サービス事業者に決済手数料を支払わなければならない。
通常、クレジットカードの手数料は2~7%、QRコード決済は事業者ごとにばらつきがあるものの、後述する理由で3.25%が基準になっていた。
そのなかでPayPayは無料化の方針をいち早く打ち出している。利益率の低い中小・零細の小売店や飲食店にとって、これは大きな魅力だった。
それに対してNTTドコモのd払いやKDDIのau Payは基本は有料だが、断続的にキャンペーンを行って、実質無料で対抗した。ちなみに、現在はd払いの決済手数料は2.6%、au Payは3.25%だが、いずれもキャンペーン期間中のため無料となっている。
第4の携帯キャリアとなった楽天の楽天ペイだけは手数料3.24%とし、無料をアピールする他社とは一線を画していた。これには理由がある。ここでの楽天はクレジットカード会社のアクワイアラーとしての役割が強く、はじめから手数料ありきなのだ。
このように楽天ペイを除く携帯キャリア系のQRコード決済サービスが、手数料を度外視した三つ巴の戦いを繰り広げたが、結果はPayPayの「ひとり勝ち」だった。一貫して無料化を継続したPayPayが、最も多くの顧客の支持を受けたといえるだろう。
手数料無料は今秋で終わる
ところが、3年近く続いてきたPayPayの手数料無料化がいよいよ終わる。今秋から加盟店は決済手数料を支払わなければならなくなる。
そこでいま注目されているのが、PayPay加盟店の動向だ。
Next: 加盟店はどう動く?キャッシュレスの灯を消さないためにできること
【提案】有料化によって生じる手数料を国が補償あるいは補助してはどうか?
考えられるシナリオはいくつかある。1つは、仮に有料化したとしても、現在の加盟店がほとんどそのまま残って定着するというケース。もう1つは、有料化したとたんに多くの加盟店が逃げだしてしまうというケースだ。
どちらのケースになるのかを予測するのは難しい。筆者の考えは後述するとして、ここではこんな提案をしてみたい。
有料化によって生じる手数料を国が補償、あるいは補助するということだ。
コロナ禍によって多くの業種の事業者が疲弊している。これまでコロナ禍で苦しむ小売店や飲食店に対し、政府は満足な補償をしてこなかった。手数料の有料化は、苦境に陥っている加盟店にトドメを刺すことになりかねない。
加盟店が負担する手数料のうちの2%分程度の補助、もしくは補償を2年間くらい行い、経済状況が好転していれば取りやめる。この程度の支出は政府にとって痛くも痒くもないはずだ。
10月から有料化に踏み切るPayPay
政府にはこの提案にぜひ耳を傾けてもらいたいところだが、それはさておき、手数料の有料化はPayPay次第といっていい。
d払いにしろauPayにしろ、PayPayが有料化に向けて舵を切ることがはっきりすれば、いつまでも実質無料を続けてなどいないだろう。
では、PayPayは決済手数料をいつから有料化するのか。
実は9月末までは無料で、10月から有料化するというのは、早くからの周知の事実だ。ただPayPayが明言していないだけだ。ここにきてようやく、8月に正式発表するのではないかといわれている。環境が整ったら正式表明があるだろう。
キャッシュレスの阻害要因は高い手数料
経産省は、2019年10月からの消費税増税にあわせてキャッシュレス決済のポイント還元事業を行った。
このとき経産省は決済手数料を3.25%以下に抑えた決済事業者に対しては、手数料の3分の1とポイント還元分の原資を補助した。つまり、手数料率の基準を示して、その基準に従うようにアメを与えて誘導したのである。
日本政府は2010年代の中ごろから「キャッシュレス化」を国策として進めてきた。そのかいあってか、当初13%程度だったキャッシュレス決済比率が、現在では30%くらいまで高まっている。
この過程のなかで日本でキャッシュレス化が進まない理由として、治安の良さや根強い現金信仰などさまざまなことが言われたが、経産省が最近になって強調しているのは、「キャッシュレス決済の手数料が高い」ということだ。販売業者やサービス業者が高い手数料を敬遠して、キャッシュレスに二の足を踏んでいるというのである。
経産省の調べによれば、クレジットカードの手数料料率は高低の幅があるものの3%くらいが多い。前述のポイント還元事業で示した3.25%は、こうしたデータから導き出されたものだろう。
経産省は3%という数値は、外国に比べて高いのでもっと下げるべきだとして、クレジットカード会社や決済事業者への下げ圧力を強めている。
PayPayが手数料の有料化に踏み切った場合、1.5%~2%台の料率になるのではないか。すでに国際ブランドのVISAとマスターカードは経産省の意向を受け入れて、今年の4月以降、2.7~2.9%への引き下げを決めた。
Next: PayPay加盟店は手数料有料化に耐えられるか?
PayPay加盟店は手数料有料化に耐えられるか?
日本政府のキャッシュレス化推進の動きにいち早く反応したのは、コンビニや大手外食チェーンだ。キャッシュレス化のピークは2019年だった(東京オリンピックが予定通り開催されていれば、2020年が外国人観光客目当てのキャッシュレス化が一段と進んだエポックメーキングな年になった可能性が高い)。
筆者が定点観測している東京・高田馬場では、ファミリーマート、ローソンなどに最初にキャッシュレス決済が導入され、それから大戸屋(定食チェーン)、しまむら(衣料チェーン)などが続いて、それからラーメン店や居酒屋をはじめとする個人商店へと広がっていった。
個人商店の間では手数料無料のPayPayの人気が高く、導入する店がどんどん増えていくのを目の当たりにした。「PayPayの営業マンが毎日のように来てくれて、面白い話を聞かせてくれたり、無駄話をしては帰っていく。すぐにすすめられるままに加盟店になった」と取材先でよく聞かされた。
最近できたタワーマンション近くの理髪店の店主もそのうちの1人だった。場所柄、富裕層が多く、料金も高めの設定だが、「アメックスやダイナースといったクレジットカードで払えないか」と訊かれることが多くなり、PayPayだけではなくクレジットカード決済も導入したという。
この理髪店はいってみれば数少ないキャッシュレスの成功組だ。PayPayの手数料が有料になってもさして気にしないだろう。
しかし、この理髪店はあくまで例外であって、脱落していく加盟店が続出するに違いない。
おそらく1%でも払えない、払いたくないという店が多いだろう。一時的に休業している店では今後どうするかを、廃業を含めて真剣に考えているはずだ。
考えるには十分すぎるほどの時間があった。休業要請が長引くにつれ、店を続けたいという意欲がなくなってしまった店主や経営者が増えている。
PayPayも手数料無料のままでは生き残れない
ここで、政府が手数料を補償するという筆者の提案を思い出してほしい。提案が実行に移されれば、加盟店から見ればこれまでと同じように手数料無料が続くことになる。いまは非常時だからこうした救済措置も許されるはずだ。
もちろん、いつまでも続けるわけにはいかない。PayPayとしても手数料無料のままではQRコード決済サービスがビジネスモデルとして成り立たなくなる。
シェア55%で他を圧倒するPayPayだが、同社の2021年3月期決算は約720億円もの営業損失となっている。つまり本業でまったく儲けることができず、巨額の赤字を出しているのだ。
どんなにユーザーや加盟店が増えても、利益が出なければ企業として存続できない。そう考えると、手数料の有料化はPayPayにとって不可欠であり、越えなければならない壁ということになる。
Next: 今秋からキャッシュレスの勢力図が塗り替わる?気になる各社の動き
QRコード決済サービスの新たな動き
QRコード決済サービスのプレイヤーには携帯キャリア系以外にも、ファミペイやメルペイといった流通系、ゆうちょペイ、J-Coin Payなどの銀行系がある。
これらの今後を占うリトマス試験紙がある。それは何かというと、不正利用に遭ったときに、どこまで補償してくれるかという点だ。
PayPay、d払いなどの携帯キャリア系は、ケースバイケースとしてきた補償の範囲を最近になって変更し、どんな不正に対しても全額補償することにした。ちなみにファミペイは補償の上限が10万円であるし、LINE Payも10万円までである。
これは消費者にとってQRコード決済サービスを選ぶ判断材料のひとつになる。ユーザーの数や加盟店数に加えてこうしたことを考えると、QRコード決済サービスはこれからも携帯キャリア系が主流であり続けるだろう。
ただ、流通系にも新たな動きがある。UNIQLO Pay(ユニクロペイ)などに代表される、かつてのハウスカードのような、いわば閉じられたQRコード決済サービスが出てきた。
PayPayやd払いなどの携帯キャリア系を中心にしながら、さまざまな特徴を持った新しいQRコード決済がサービスを競い合うといったことも十分に考えられる。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2021年7月12日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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