いよいよ総選挙です。政策面での関心はコロナの感染拡大抑制と併せて、経済の活性化に移りつつあります。与党公明党の選挙公約には新「GoTo」キャンペーンが盛り込まれました。自民党内にもやはり「Go To」再開を目指す声は多くあります。しかし、コロナの感染抑制、分配を重視する岸田政権には、少なくとも2つの壁を乗り越える必要があります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
「GoTo」再開を急ぐ自公
コロナの新規感染者数が思いのほか減少し、これまでとられてきた感染予防のための諸々の規制が緩和されつつあります。
そして、衆議院選挙が公示され、各党が公約をまとめました。
政策面での関心はコロナの感染拡大抑制と併せて、経済の活性化に移りつつあります。与党公明党の選挙公約には新「GoTo」キャンペーンが盛り込まれました。
岸田総理からも平日の利用促進など、新しい形の「GoTo」を検討するとの発言がありました。
自民党内にはやはり「Go To」再開を目指す声は多く、連立政権の立場を考えれば、早晩、「GoTo」キャンペーンが再開され、観光業、交通網の支援に出る可能性は十分考えられます。
しかし、コロナの感染抑制、分配を重視する岸田政権には、少なくとも2つの壁を乗り越える必要があります。
感染者減少も原因不明。進むべきはアフターコロナかウィズコロナか
まずコロナの扱いです。東京都でも感染者数が急速に減少してきたため、一部に「アフター・コロナ」に目が向いた議論が出ています。「感染者が減ったのだから、次は経済を回すことだ」となります。
しかし、菅政権が倒れた最大の要因はコロナ対策の失政とされ、それを受けて成立した岸田政権だけに、コロナの感染再拡大は致命的になります。
問題は、コロナの感染者数がここまで減った理由がよくわからないことです。
ロシアでは現在、過去最多の感染者を出しています。理由が分からなければ、いつまた感染が拡大するかもわからないわけで、アフター・コロナに舵を切り替えるのも容易ではありません。
コロナに対しては経口治療薬が米国で承認され、日本でも近く承認にむけて調整していると言いますが、その効果が確認されるにはまだ時間が必要です。
コロナへの国民の不安がなくなるまでは、政府としては「ウィズ・コロナ」の姿勢で、感染防止に軸足を置いて政策を組まざるを得ません。
その点、前政権では、安易に「GoTo」に走ったために、昨年末の感染第4波を招いたとの批判が重くのしかかっています。
従って、感染の減少について科学的な説明ができるようになるか、治療薬の普及でインフルエンザ並みの扱いとなるまでは安易に「GoTo」には踏み切れません。
Next: 「GoTo」の不公平。観光・高級ホテル宿泊で楽しむのは富裕層
負担と受益の乖離
もう1つの壁は、岸田政権が掲げる「分配」との兼ね合いです。
「Go To」キャンペーンを進める際、その資金負担は税金などで国民全般に広く求めることになります。若い人も高齢者も所得がある人には負担が発生します。
しかし、受益面ではかなり利用者分布が偏る可能性があります。
前回の「GoTo」キャンペーンでは、高級ホテルの利用が多かった半面、低コストのビジネス・ホテルなどは恩恵が回りませんでした。
その分、富裕層がより利益にあずかり、低所得層は利益にあずかりにくい「格差」が発生しました。
今回は平日利用を優遇するとなると、平日に休める人と休めない人とで不公平が生じます。
またコロナの感染がなくなったわけではないので、感染リスクを恐れる人と、これに無頓着な人との間で、利用面での差が見られました。感染しても重症化しにくいとされた若い人が積極利用した半面、基礎疾患のある人、高齢者の間では感染した場合の重症化懸念から、キャンペーンを利用できない層も少なくありませんでした。
前回のキャンペーン時に比べると、全体にワクチン接種が進んだ分、高齢者の行動範囲も拡大しましたが、デルタ株では若い人でも感染して重症化するケースが多く見られたため、依然として感染リスク・フリーの状態とは言えません。
従って、受益者に偏りが出やすい一方で、資金負担は万遍なく負担させられる「ギャップ」が壁となります。
マイナンバーカード誘導の狙い
同様の問題は、マイナンバーカードを経由した給付案でも生じます。
コロナでの痛みを政府による現金給付で緩和する案が多くの党から提案されています。その中に、スピード感、手続きの容易さから、マイナンバーカードを利用し、これに電子マネーで給付したり、マイナポイントを付与する案も聞かれます。これは副次的にマイナンバーカードの普及を促す狙いもあるようです。
しかし、国民が皆マイナンバーカードを持っているわけではありません。
前回の「マイナポイント」の付与で若い人の間でカードの作成者が増えたと言いますが、それでもまだカードの作成者は少数派です。マイナンバーカードを持っている人だけ給付金を受け取れるということになれば、持っていない人々との「不公平」が生じ、新たな「分配」問題を引き起こし、反発を招きます。
マイナンバーカードを持ちたくない人にはそれなりの理由があります。日本でのセキュリティに不安を持つ人が多く、現に個人情報が韓国や中国に流出するリスクも懸念されています。デジタル化が進むスピードに対して、セキュリティが追い付かない状況では、電子決済に消極的な人も少なくありません。
また、政府の信頼度が高くないと、個人情報がどのように利用されるのか、政府に監視されている社会はまっぴら、という人に安心材料を示さねばなりません。
これらのハードルが高いだけに、マイナポイントの感覚で現金給付を進めることには大きな抵抗があり、むしろ反発を呼びます。
Next: 不公平な「富の再分配」で格差がさらに広がる可能性
公正公平とセキュリティの確保
結局、「分配」を重視し、新しい資本主義を目指す岸田政権には、公平・公正を脅かす政策は実施が難しくなります。
また内閣支持率も低く、国民から十分な信頼を得ているとも言えません。
さらに、菅政権時からデジタル化の遅れが指摘されていますが、その背後にあるセキュリティの問題が解決されていないことがあります。
災害時に停電が起きたり、通信機能が切断されると、スマホ決済も、通常の経済行動ができなくなることが実証されています。災害時でなくとも、銀行のシステム障害が起きたり、大手通信会社の通信障害が起きて一般生活に支障が起きています。
そもそもデシタル・ネイティブといわれる層と、高齢者などの間に多く見られるアナログ人間とのギャップが大きく、両者が併存する間は、一方に偏った政策は混乱をもたらします。
新しい資本主義を目指す政権なら、しばらくは効率が悪くても、デジタル教育を進め、アナログ人間をサポートできる体制を進めながら、全国民が対応できる形の政策をとる必要があります。
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- トリプルA分裂が政策に与える影響(10/15)
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『マンさんの経済あらかると』(2021年10月20日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による