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参院選波高し。窮地の安倍政権が飲み干した「GDPプラス」という毒杯=斎藤満

先日公表のGDPでは、消費税再延期の口実として、意図的にマイナスの数字が出される可能性も考えられました。しかし結果は予想を上回るプラス成長。これで「リーマンショック並みの経済危機」という言い訳は使えなくなりました。

だからと言って、今回の0.4%成長は、7月の選挙にプラスというほど、そして消費税引き上げに耐えられるほど強いわけでもありません。むしろ、実態はかなり弱いものです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

すべてのカードを封じられたアベノミクス「GDPプラス」の逆効果

とても喜べない「プラス成長」

内閣府が18日に公表した今年1-3月のGDP(国内総生産)は、大方の予想を上回る0.4%(年率1.7%)成長となりました。

中には昨年10-12月に続いてマイナス成長との予想もあり、その場合は2期連続のマイナス成長ということで「景気後退」も懸念されました。それだけ「サプライズ」となり、政府もアベノミクスの成果と胸を張りました。

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しかし、この「予想以上のプラス成長」はとても手放しで喜べるものではありません。

この1年の数字を振り返ってみると、昨年4-6月期のマイナス0.4%に始まり、続く7-9月に0.4%のプラスとなったものの、10-12月はまたマイナス0.4%。そして今回プラスの0.4%ですから、増えたり減ったりの繰り返しで、この1-3月の水準は、1年前から全く成長していません

「うるう年効果」を除けば1年前の水準にも届かず

しかも、今年の2月は4年に1度の「うるう年」でしたから、1-3月は例年より1日多く、GDPはその影響を調整しきれず、「うるう年」効果で0.3%(年率1.2%)程度大きく出てしまいます。

この「うるう年」による水増し分を除けば、実態的な成長率は0.1%(年率0.5%)程度になります。つまり、10-12月のマイナスを取り戻せず、1年前の水準にも届いていなかったわけです。

消費の深刻な落ち込みが明らかに

また前期比0.4%成長は、個人消費の0.5%増と、輸出の0.6%増によって実現したものですが、個人消費は「うるう年」の影響を除けばゼロで、輸出も外国人旅行者による「インバウンド消費」がサービス輸出の増加という形で寄与しただけで、モノの輸出は実質で0.1%減少しています。

設備投資も1.4%減少したので、野球でいう「クリーンアップ」が全く不振です。

中でも4番バッターの個人消費が深刻なスランプにあります。1-3月の数値も、名目金額では0.1%減少しています。つまり、物価が下がってくれた分が実質でプラスになったにすぎず、うるう年で1日多かったにもかかわらず、名目では減少してしまうところに消費の弱さが伺えます。

また実体的な消費ではない帰属家賃、つまり持ち家の人が仮に家賃を払ったら、という架空の家賃支払い額を除いた家計消費は、2015年度の平均水準が前年水準を0.7%も下回っています。

実質賃金が15年度は0.1%減少した上に、社会保険料などの負担が増えて、実際に使える「可処分所得」ではさらに減少したとみられるためです。

Next: アベノミクス「2つの想定外」 賃上げに赤信号、景気は悪化へ



企業収益まで減少で賃上げに赤信号

GDPよりもさらに直接的に景気の悪化を懸念させる指標が少なくとも2つあります。

1つは、アベノミクスで唯一恩恵を被っていた企業収益が、15年度下期についに反落し、悪化に転じたことです。消費税引き上げでGDPがマイナス成長となった2014年度でも、企業収益だけは「最高益」を上げていたのですが、それが15年度下期から流れが変わりました。

日銀短観にこの変化がよく表れています。安倍政権になってから昨年度上期までは、企業収益はずっと期初の計画を実績が上回ってきたのですが、16年3月期は初めて期初の計画を10%以上下回り、減益となりました。

最大の要因は為替の円安が止まってしまったことで、特に1-3月は海外市場の不安定のもとに円高が進み、企業の想定レートを超える円高となりました。

これまで政府は企業収益の好調を反映する形で賃上げや設備投資の拡大を産業界に求めてきたのですが、利益の源となる円安が止まり、現実に利益が減少するようになると、こうした要請もしにくくなります。今年の春闘賃上げも、定昇込みで2%強と、昨年を下回った模様です。

利益が増えている時でも人件費を抑えていた企業ですから、減益に向かえば余計渋くなります。

景気動向指数が示唆する景気の先行き不安

もう1つ、GDPと同じように景気の動きを説明する指標として、内閣府が「景気動向指数」を作成していますが、これが良くありません。

景気動向指数には半年先程度を予見する「先行指数」、景気の状況をそのまま表す「一致指数」、現実の景気より遅れて動く「遅行指数」の3つがありますが、この「一致指数」が2014年3月をピークに、その後右下がりとなっています。

途中小さな山はできますが、方向としては消費税の直接的な影響が抜けた後も、右下がりの状況が変わっていません。内閣府もこの状況を「景気は足踏み」にあるとしています。

「足踏み」というと横ばいに聞こえますが、実際はやや下落方向にあります。政府の「景気は緩やかな回復にある」とは明らかに異なる動きで、内閣府も異なる判断をしています。

さらに、半年程度先の動きを予兆する「先行指数」は、このところ明らかに下落しています。この指数は2010年の水準を100とした指数ですが、昨年3月の104.0から昨年10月には102.7まで下落し、その後も低下傾向で、今年3月には96.8と、一段の下落を見せています。

少なくとも今後半年は景気が悪化する可能性が高いことを示唆しています。

Next: “株価粉飾”を封印された安倍首相/崩れる財政拡大シナリオ



“株価粉飾”を封印された安倍首相

見た目はプラス成長となったGDPも実態は弱く、政府がいくら「景気は緩やかに回復」と繰り返しても、国民にその実感はありません。この夏には参議院選挙が予定され、安倍総理は野党が候補者を用意できないうちに衆参ダブル選挙に持ち込みたい意向のようです。

そして何よりも選挙を優先する政府としては、それまでに円安株高に誘導したいと思っています。

ところが、円安誘導はまかりならぬと、米国財務省が日本を「為替監視国」にリストアップし、今回のサミットでも通貨安誘導を厳しくけん制してきました。そうなると、為替介入はおろか、日銀がマイナス金利を拡大して円安を誘うことも難しくなります。

現に、ワシントンからは日銀のマイナス金利策には不快感が表明されています。

米国が4月のFOMC(連邦公開市場委員会、日本における日銀金融政策決定会合のようなもの)で、指標が上向けば6月にも追加利上げの可能性を示唆したので、ドル円は110円前後まで円安となりました。これで円高懸念はやや後退しましたが、逆に日銀はここから追加緩和をするのが難しくなりました。米国がドル高円安を強く嫌っているためです。

つまり、アベノミクスの柱であった円安を活用し、株価を上げるルートが使えなくなってしまいました。それだけ企業収益にも負担となり、ボーナスや雇用にも影響が出かねません。

崩れる財政拡大シナリオ

金融緩和、円安が使えないとなれば、財政拡大に期待がかかります。米国もサミットで財政拡大を議論したい意向を見せていました。

ところがサミット議長国の日本に立ちはだかったのがドイツで、かたくなに財政規律を順守する姿勢を貫き、協調姿勢を見せません。

安倍総理のサミットでのリーダーシップ発揮で勢いをつけ、選挙に臨むシナリオが崩れてしまいました。日本自身も率先して財政拡大を打ち出す余裕はありません。それ以外に合意できるような成長戦略もありません。

Next: なぜ安倍政権は「消費増税凍結」カードを切れないのか?2つの誤算



なぜ安倍政権は「消費増税凍結」カードを切れないのか?2つの誤算

選挙優先の安倍政権ですが、「タナボタ」ともいえるオバマ大統領の広島訪問で得点し、支持率上昇を期待していたのですが、沖縄で米軍関係者が日本の女性を殺害してしまったために、突然沈痛なムードになり、「オバマ広島カード」の威力は消えてしまいました。

それだけに、選挙カードとして「消費税」をうまく利用したかったのですが、これも狂いが生じています。

米国の「消費税延期」の声を外圧として利用しようとしたのですが、海外の「有識者」の間でも意見が分かれ、増税派も無視できなくなりました。

国会でも「リーマン危機か大震災がない限り増税実施」と「適宜適切に判断」を併記したために、判断基準があいまいになりました。そこで18日発表のGDPが注目されたのですが、政府はこれを使いこなせなかった節があります。

従来、GDPは政治的に利用されることが少なからずありました。例えば、かつて10年国債の金利が2%を超えそうな状況の下で、GDPが誰も予想しえなかったマイナス成長となり、金利が一気に低下したこともあります。

今回、消費税を再延期するために、GDPを意図的にマイナス成長で出してくる可能性も考えられました。在庫や政府支出はデータをいじっても外からはわかりません。

しかし、結局GDPは予想以上に強いプラス成長で出ました。これでは少なくとも「リーマン危機」並みの悪さとは言えません。今後海外からこうした危機が発生するかどうかも保証の限りではありません。そのなかで消費税の再延期を打ち出せば、選挙のための道具に使われたとの批判も予想されます。

「GDPプラス」は逆効果

政府は、GDPをマイナスにしては「景気後退」ととられ、アベノミクスの失敗と言われて選挙にマイナスと見たようです。しかし、プラスのGDPでは消費税延期のカードには使えません。

だからと言って、この0.4%成長は、選挙にプラスというほど、そして消費税引き上げに耐えられるほど強いわけでもありません。むしろ前述のように、実態はかなり弱いものです。

Next: 山本幸三議員の「セットプラン」が示すアベノミクスの窮状



山本幸三議員の「セットプラン」が示すアベノミクスの窮状

そのせいか、安倍総理に近い山本幸三議員は、消費税増税と大型追加補正をセットにする案を出してきました。

政府はコメントを避けていますが、本音では再延期をしたい消費税ですが、日経新聞に先に書かれ、野党が連名で延期を主張してきたため、延期を得点にはできません。

予定通り引き上げねばならなくなった場合には、その影響を大型補正でカバーせざるを得ない、ということのようです。

しかし、増税を打ち出して選挙で勝った試しはありません。この増税と大型補正をセットにするにしても、選挙前にはなかなか打ち出せないのではないでしょうか。

【関連】アベノミクス相場崩壊、3つの予測シナリオ~日経1万円割れ、1ドル90円も=斎藤満

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年5月22日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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