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7月末まで日本当局の円売り介入は難しく、またその必要性もない理由=矢口新

米連銀の利上げが近いとなれば、日米金利差拡大によるドル円レート上昇が期待できるので、それまでに介入リスクを取り米当局を刺激する必要はない。7月には参院選もある。(『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』矢口新)

プロフィール:矢口新(やぐちあらた)
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。

円売り介入に最適な時期と、米ドル/円の防衛ラインを考える

浜田参与と麻生大臣、「為替操作国」認定で異なる反応

安倍首相は4月5日の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで、「世界各国が通貨安競争を回避しなければならない」と発言した。

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一方の米財務省は4月29日、半年ごとに議会に提出する為替報告書のなかで、日本、中国、韓国、台湾、ドイツの5カ国・地域の経済政策に懸念を示し、大幅な黒字を抱えていることを主な理由に、新たに為替レート監視リストに載せた。

米は為替操作国と認定することの基準を、

  1. 対米貿易黒字が年間200億ドル以上
  2. 経常黒字がGDPの3%以上
  3. 為替の市場介入がGDPの2%以上の規模

としている。

日本の2015年の貿易収支は2兆8000億円の赤字だが、(1)対米黒字は7兆2000億円で、110円だと約655億ドルとなる。

また、(2)経常黒字は16兆6000億円でGDP約500兆円の約3.3%だ。

最近、(3)為替の市場介入は行っていないが、(1)(2)を勘案すれば、事実上、為替介入を封印されたとみていいだろう。

米ドル/円 週足(SBI証券提供)

また先日、浜田内閣官房参与は、日本が人為的に円安を誘導すれば米国の強い反発に遭う恐れがあるとし、米当局が直接介入に反対していると述べた。

一方で、麻生財務相は行き過ぎた円高の際の介入を示唆、「米財務省が為替レート監視リストに日本を載せたからといって、日本の通貨政策が左右されることはない」と言い切っていることで、5月26~27日の伊勢志摩サミットでは、為替問題で日米が激突する見通しとなっている。
Japan and the U.S. are headed for a showdown over currency manipulation

Next: 市場介入の実際/もし大規模介入なら125円台もあり得るが



市場介入の実際

ここで、当局がどのように介入するかに触れておこう。

当局の市場介入は、証券でも為替でも、大手の業者を通じて行っている。証券ならば野村證券など。為替ならばメガバンクや大手外銀、外為ブローカーだ。私は1995年に当局者がミスター円と呼ばれるようになった80円台での市場介入を、当時勤めていたスイス・ユニオン銀行(UBS)で目の当たりにした。
私がスイス・ユニオン銀行で目の当たりにした「為替介入」の現場=矢口新

もっとも、私自身はポジション・テイカーと呼ばれる銀行の資金で収益を追求する立場だったので、当局の介入動向とは利害が一致するため、見えないファイアウォールに隔てられており、直接には知る立場にはなかった。

金融機関にはディーリング・ルームにも財務省担当(当時は大蔵省;MOF担と呼ばれる)や、日銀担当がいる。私は証券会社で外債ディーラーをやっていた時には、日銀担当でもあった。日銀は外貨の出入り状況を日々チェックしているので、当社が提出した機関投資家相手の売買報告書の内容について、日銀の担当者から毎日質問を受けた。

日銀の外為市場介入は財務省の指示のもとに行われる。まずは、MOF担を通じてレートチェックが行われる。当時のUBSでのMOF担は、ディーリング・ルームのNo2、日本人ではトップの人が行っていた。レートチェックは、MOF担がマーケット・メイキングを行うスポットディーラーに尋ねるので、ディーリング・ルーム内の人間には、分かることになった。

その時、80数円台で行われた円売り・ドル買いは、過去最大、年間の貿易黒字を上回る膨大な規模で、その後の160円までの戻しのきっかけとなった。

大規模介入なら125円台もあり得るが

さて今回、仮に大規模な円売り介入が行われれば、少なくとも2015年の高値125円台後半までのドル高円安があってもおかしくはない。果たして、そんな介入ができるだろうか?

Next: 当面、円売り介入はできず、またその必要性もない理由とは?



日本の貿易収支は許容範囲

ドル円レートの長期トレンドに最も大きな影響を与えるものは、日本の貿易収支だ。その理由はまたの機会にご説明する。2011年にドル円レートが底打ちしたのは、その年から貿易赤字に転じたことが主因だとだけ、理解していて頂きたい。

貿易収支とドル円レート

その貿易収支が、まだ大きくはないが黒字に戻って来ている。つまり、既に円高圧力には転じてはいるものの、まだ、大規模な介入が必要だという規模ではない。

日米金利差によるドル高を米利上げ観測がサポート

また、中期トレンドは日米金利差に大きな影響を受ける。日米の10年国債同士、2年国債同士、どちらかの利回り較差が広がると、ドル円が上昇する傾向が強い。もっとも、日銀のマイナス金利政策導入以降は、日本のマイナス金利がさらに低下しても、実質的にマイナス金利で調達できるところはほとんどないので、見た目の金利差ほどには、実質的な調達・運用の金利差は広がっていない。

この実質的な金利差が拡大するには、日本金利の低下ではなく、米金利の上昇が必要なのだ。

日米金利差とドル円レート

ここで、先週相次いだ、米政策金利の6月利上げの可能性を高める発言は、実質的な調達・運用の金利差を広げることになるので、ドル円レートをサポートすることになる。

一方で、IMM通貨先物市場にみる投機筋のポジションは、年初来ドル円ショートに傾いている。それが3週連続でショートの買い戻しが入っており、それがこのところのドル円レート反発の主因となっている。

IMMのポジションとドル円レート

ショートが買い戻されているのは、G7サミットを前にしたポジション調整、介入警戒感、そして、先週月曜日には4%でしかなかった米金利先物にみる6月利上げ予想が、米連銀議事録と、相次ぐ地区連銀総裁の発言で、4割近くにまで急上昇してきたためだ。

1ドル105円あるいは100円近辺が防衛ライン

日本の当局が円売り介入を行うとすれば、ドル円レートが105円を割り込んだ時、あるいは100円近辺となった時かと思われる。そうでない場合に行えば、「為替レート監視リスト」に載せている手前、米当局を強く刺激することになる。

また、米連銀が6月、あるいは7月に利上げするとすれば、日米金利差拡大によるドル円レート上昇が期待できるので、それまでに介入リスクを取り、米当局を刺激する必要はない。

Next: 現時点での介入は得策ではない/将来的には効果発揮の下地あり



現時点での介入は得策ではない

7月には参院選もあるので、米国との無用な軋轢は避けたいところだ。6月15日、7月27日の米FOMC前に介入するのは得策だとは言えない。

どこで介入するか、しないかは政策当局が様々な思惑で行うことなので、断定したようなことは言えない。とはいえ、前述のようなことを勘案していけば、7月末までの介入はなく、またその必要もないと言えるかもしれない

将来的には効果発揮の下地あり

また仮に105円や100円といった介入レベルにまでドル円レートが下落すれば、日本の当局による円売り介入は十分に予想される。その時の介入は、円高阻止に効果的なものとなるだけの下地が十分にあることを、これまでの説明でご理解頂けると思う。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年5月22日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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