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From 首相官邸ホームページ

安倍首相「リーマン危機前夜」に世界が失笑。伊勢志摩で日本が失ったもの=斎藤満

消費増税延期の口実を得たい安倍総理は、27日閉幕した伊勢志摩サミットで、世界経済の現状について「リーマン危機前夜」に相当するとの認識を示しました。しかしこれに対しては冷ややかな声が上がり、日本の信頼を傷つけた可能性さえあります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

消費増税延期の口実得られず。選挙後は株価下落のリスク大

裏切られた期待

今回の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)にあたっては、海外勢よりも日本側にいくつかの期待、狙いがありました。

G7といっても、この7か国が世界経済に占めるシェアは、1980年代から90年代には3分の2もあったのですが、最近では新興国に押されて半分にも満たなくなりました。それだけに海外の関心もG20に比べると希薄な感があります。

今回のサミットに対しても海外メディアの報道はあまり大きくありません。その中で主に米国からは、新興国の景気不透明感が強まる中で、G7が存在感を示し、財政拡大を主役に景気浮揚を図りたいとの意向が示されました。その点、財政規律の順守に頑ななドイツを説得するよう、米国は日本に期待しました。

そこで安倍総理は、資源価格の大幅下落や新興国の景気減速など、いくつかのデータを使って、世界経済の現状について「リーマン危機前夜」に相当するとの認識を示し、洞爺湖サミットでリーマン危機を救えなかったことの「轍を踏んではならない」と説明しました。

しかし、これに独のメルケル首相、英のキャメロン首相が異を唱え、合意に達することはできませんでした。

実際、首脳宣言ではこの「リーマン危機前夜」は全く取り上げられず、世界経済についても「回復は続いているが、成長は引き続き緩やかでばらつきがある」と穏健なものとなり、「新たな危機を回避するために、適宜あらゆる政策対応をとることを確認」にとどまりました。

この分析や日本の認識については、冷ややかな声が上がり、日本の信頼を傷つけた可能性さえあります。

妥協に終わったサミット

一方、日本は夏の選挙を控え、サミット議長国としてリーダー・シップを発揮し、その評価をエネルギーに選挙戦に臨もうとの官邸の意図がありました。

そして政策的には円安を使えるよう、金融政策、為替政策の自由度を確保したいこと、そして「リーマン危機前夜」を広く認識してもらうことで、日本が消費税増税を再延期することを正当化しようとしました。

結局、財政政策については「財政支出の規模、タイミングは各国がそれぞれの事情で決めること」で妥協しました。そして議長国日本としては消費税増税を延期し、日本の財政事情を顧みず、さらに積極的に財政支出を拡大する姿勢を見せました。

また金融為替政策の自由度確保については仙台での財務相会議で失敗し、日本が主張した「円の一方的で異常な円高」を米国に理解してもらえず、逆に米国はこれを「秩序だった動き」として為替介入を封印しました。伊勢志摩での会議では、これを取り上げることすらできませんでした。

安倍総理にとってラッキーだったのは、広島で開催されたG7外相会議で米国のケリー国務長官が原爆記念碑を訪れただけでなく、サミット時にオバマ大統領の広島訪問の道筋を作ってくれたことで、これに便乗してサミットでの「成果」とするチャンスが生まれたことです。

ところが、沖縄での米軍関係者による女性殺害遺棄事件がこれに水を差してしまいました。

Next: 「日本の安倍首相の言うことなど聞けるか」/結局日本が得たのは…



「日本の安倍首相の言うことなど聞けるか」GW中の訪欧が逆効果に

このように、サミットでは成果を上げることができなかったのですが、作戦失敗の始まりは、GW中の安倍総理の訪欧とロシア訪問でした。

熊本地震もあって予定を短縮したこともありますが、この“根回し出張”は成果を得るどころか、むしろ逆効果となりました。財政拡大に同調したのはフランスとイタリアだけで、ドイツのメルケル首相からは「サミットで議論しましょう」と相手にされませんでした。

また英国では、地元紙が「アベノミクスに失敗した国のトップの言うことをなんで聞かなければならないのか」と批判的に書きました。

これに対し、日本からは石原経済担当大臣が、「ベアが3年連続で実現したことがなにより成功の証で、これを失敗と言ったら、およそ成功などありえない」と反論したのですが、「トリクル・ダウン」に失敗して総理自ら財界に賃上げを要請した事実を知る者からは、これは反論になっていないととられます。

それだけでなく、訪欧の最後にロシアのソチを訪れ、プーチン大統領と会談したことも、G7メンバーからは批判を受けました。

G7として制裁をしている国をサミット前に訪問することは、裏切り行為だ、抜け駆けだ、との声が上がりました。

そのために、かえって日本への協力姿勢をそぐ結果となり、事前の根回しに失敗する要因となった可能性があります。

日本が得たのは観光アピールと反核ムードだけ

結局、世界経済にはリーマン危機前夜並みの下振れリスクがあると言いながら、その対応は各国がそれぞれの事情に応じて対応する、ということで、強制力のある協調の形を引き出すことはできませんでした。

しかも、日本が為替介入はできない、との認識を市場に与えてしまい、円安につながるマイナス金利策の拡大も困難、との印象です。日本自体が手足を縛られたことになります。

この他、南シナ海、東シナ海での中国の動きに警戒の認識は持たれましたが、具体的な措置は取られず、北朝鮮の核実験などには、強く非難したものの、相手の対応を望むだけにとどまり、テロに対しては、すべての国が身代金を払わないことを確認するにとどまりました。

結局、日本が得たものは、このサミットを機に、伊勢志摩の美しい自然を内外にアピールできたことで、観光日本の後押しになったこと。

そして、沖縄の痛ましい事件で水を差されたものの、原爆投下国の大統領が広島を訪問し、被爆者の生の声を聴く機会を得たことで、「核のない世界」に向けて新しい一歩を踏み出せたことです。これらは望外の成果と言えます。

Next: 消費増税延期は選挙の弾みにならず/財政とのセットにも落とし穴



消費増税延期は7月選挙の弾みにならず

安倍総理にとっては、夏の選挙のために最大限の得点としたかったサミットでしたが、期待通りとはいきませんでした。

議長国としてのリーダー・シップは十分発揮したとはいえず、世界経済浮揚の道筋は得られませんでした。むしろ、いくつか“負の遺産”を残してしまった感があります。

まず消費税ですが、これまで野党が延期を求める中で、政府は「リーマン危機や大震災が起きない限り予定通り実施」としていました。それを急遽サミットを利用して、「リーマン危機前夜」を盾に再延期を決めたようですが、サミット会議では「リーマン危機前夜」は承認されませんでした。

それでも再延期となると、正当な理由がないなかでの政治判断、ということになります。

実際、金曜日の市場の反応も、消費税増税延期と報じられた割には、株価の反応は鈍く、リーマン危機前夜との認識が不自然ととられたり、かえって足かせになったりしたようです。

日本が率先して財政支出の拡大を打ち出す点についても、人手不足で供給制約がある中で適切な策かどうか、評価は分かれます。

財政出動とのセットにも“落とし穴”が

また、「アベノミクスを成功させる会」の山本幸三議員が、消費税増税と大型補正、歳出拡大をセットで打ち出したのは、米国から消費税増税を求められ、それをカバーするために歳出拡大を提案したと見られますが、ここで消費税再延期となると、米国でもCFR(外交問題評議会)との関係悪化が気がかりです。

そのCFRについては、せっかくオバマ大統領を広島に訪問させるようセットしたのに、沖縄問題でムードが悪くなり、それもあってか、オバマ大統領の記者会見は決してフレンドリーなものではありませんでした。

かつてCFRは米国のメディアをつかって「安倍降ろし」に動いたことがあるだけに、選挙に向けて、米国の動きには注意が必要です。自民党幹部のスキャンダル報道が使われることもあります。

このようにみると、夏の参院選挙は、内閣支持率が示すほど安泰ではないと見られます。野党が候補者の一本化を進めれば、自民党はかなり苦戦する可能性があります。北海道の補選がまさかの接戦になった経緯もあります。

Next: 選挙後は株価下落のリスク大/追加緩和を期待しにくい6月日銀会合



選挙後は株価下落のリスク大

株式市場には「5月に売って10月まで買うな」との格言があります。

それでも今年は夏に参議院選挙があり、選挙での勝利を最優先する安倍政権では、それまでにあらゆる手を使って株価を押し上げる、との思惑があります。

サミットはその材料と考えられたのですが、ここまで見たように、これといった成果はなく、自ら率先して積極財政に出ることだけが頼りとなります。

しかし、格付け会社に言わせると、消費税増税の延期は格下げ要因と言います。S&P社の長期格付けによると日本は現在A+となっていますが、ここから格下げされた場合、日本の国債は良いとしても、企業の社債格付けにとって国の格付けが上限となるため、企業が格下げされ主要企業の資金調達コストが高まります。

これは企業収益を悪化させ、株価には下げ要因となります。

追加緩和を期待しにくい6月日銀会合

その後、6月中旬には日銀の決定会合があり、通常であれば選挙前でもあり、円安につながる追加緩和を期待するところです。

ところが、今回のサミットでは通貨安がけん制され、日銀はマイナス金利策の拡大で円安を狙うことが難しくなっています。米国が反発するためです。円安誘導が難しくなれば、これで株高を期待するわけにもいきません。

このため、「選挙までは株高」の見方も、今回はあまり通用しません。そしてその選挙が終われば、市場はここぞとばかり売りに出る可能性があります。そこで1つ考えねばならなくなるのが「ヘリコプター・マネー」の考えです。

サミットで日本が率先して積極財政を表明しましたが、財源がありません。日銀も追加緩和をしたくても、マイナス金利の拡大は難しい状況です。

そこで、政府が国債を増発して支出を拡大し、その国債を日銀がひたすら買い取ることで、事実上の「ヘリコプター・マネー」を進める考えです。批判はありますが、金融財政が行き詰まる中では、これしかないと、居直った面もあります。

これは金融財政それぞれの規律を無視した「秩序破壊型」の発想で、これを続ければ、円資産の信用低下、円安、株安につながりますが、短期的には大規模な財政金融緩和による円安をはやして株価が上昇する可能性があります。

Next: 伊勢志摩サミットの“失点”で自縄自縛に追い込まれた日本



伊勢志摩サミットの“失点”で自縄自縛に追い込まれた日本

しかし、それに騙されて「ヘリ・マネ」を続けると、所得再配分という財政機能、金融仲介という金融機能を破壊し、政府が率先して「偽小判」の鋳造に励むのと同じことになります。

これは悪性のインフレにつながる面があり、一旦始まると止めるのが困難になります。

今はデフレだからインフレの心配は無用、インフレになったら2%の目標があるから抑えられる、との説がありますが、一旦秩序を壊してしまうと、2%の目標に収めることはまず不可能です。

サミットで世界を動かせなかったばかりに、日本は無理を強いられ、自ら危険な選択に向かおうとしているような気がしてなりません。

【関連】アメリカの戦略転換と「第2次麻生太郎内閣」誕生の真実味=斎藤満

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年5月29日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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