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安倍政権の消費増税再延期と財政出動がもたらす「2018年の絶望」=吉田繁治

安倍政権の経済政策は論理性がなくなってきました。目的に対する政策手段が誤っているからです。経済学は科学ではないのか?もはや特定の主張をする思想的イデオロギーです。(『ビジネス知識源プレミアム』吉田繁治)

※本記事は有料メルマガ『ビジネス知識源プレミアム』2016年6月1日号を一部抜粋・再構成したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に無料のお試し購読をどうぞ。月初の購読は特にお得です!

本来の政策目的を放棄し財政出動に舵を切ったアベノミクス

消費増税延期の目的は選挙

伊勢志摩サミットでの安倍首相の発言と提案を、面白く聞きました。

首相は一貫して、「日本経済は順調」と言い続けています。しかしサミットで突然、「世界経済にはリーマンショック並みのリスクがある」と言い出したのです。これに対してIMFのラガルド専務理事は、「世界経済は安倍首相が言うような危機的状況にはない」と言下に否定しています。世界の首脳も首相発言に反発していました。

【関連】安倍首相「リーマン危機前夜」に世界が失笑。伊勢志摩で日本が失ったもの

【言明していたこと】

安倍首相は「リーマン・ショック並みか、東日本大震災並みの危機でない限り、17年4月の消費税増税(8%→10%)は実行する」と言い続けていました。奇しくも、東日本大震災並みの大きさではなくても、大被害をもたらした熊本地震が起こっています。あとはリーマン危機です。

首相のサミットでの発言は、消費税の増税延期と7兆~10兆円並みの財政出動を正当化するための政治的な言辞でした。しかし他の首脳は「安倍首相の経済への認識」と受け取って、議長国が一体何を言い出すのかと呆れていました。
(注)日本のマスコミはこの雰囲気を報じません

【目的は選挙】

首相の目的は、増税を延期し、大きな財政出動を決めて株価を上げ、衆参同日選挙で憲法改正に必要な連立議席(衆参の両方で2/3)を得ることでした。目的は、軍隊の保有を禁じた9条の改正です。

【菅長官房長官の反対】

ところが内閣で立場を強くしている菅官房長官から、「衆参同日選挙では、自民の衆議院議席が大きく減る」と論駁され、同日選挙は消えたのです。

前回の選挙(2014年12月)では民主党の不人気で得た議席が多い。今回は「共産党を含む野党連合」があるため、1人区ほぼ全勝とは想定できないからです。

公明党とのパイプが太い菅官房長官は、選挙見通しでも、首相より正確な予想ができます。この意味で、政権内では菅官房長官が安倍首相の上のあるのかもしれません。

選挙の正確な読みができることが、党内権力の基盤になります。党内権力とは、議員を動かす力です。議員にとっては「議員であり続けること」がもっとも重大な関心事です。

田中角栄氏が、首相辞任後、ロッキード裁判が続く中で最大派閥を率い、首相を決める権力を持ちえたのは、対立候補を立てる手段によって議員の当落を支配していたからです。田中角栄氏は、議員は政治的な主義や主張ではなく、落選の恐怖で動くことを知っていました。落選しないためには「何でも受け入れる」という行動になります。

消費税増税延期と財政出動は3月に決まっていた

3月末の記事(クルーグマンと安倍首相の議事録『Meeting with Japanese officials』を読む)において、消費税増税の停止と財政出動が決まったと書きました。

安倍首相は、「リーマン危機や大震災級の危機が襲わない限り、消費税は予定通り2%上げる」と国会と会見で言明し、ひっこみがつかなくなっていました。

このため2016年3月に、ノーベル賞経済学者のスティグリッツとクルーグマンに「増税の停止と財政出動」を言わせています。

内容はマスコミには非公開とされましたが、自慢家のクルーグマンが「日本政府に提言をした」と公開したのです。日本政府の要請で消されるかと思っていましたが、まだ原文が残っています[PDF]

肝心な部分を、再訳します。

We are seeing the limits of monetary policy. We are seeing that it becomes difficult when you try the unconventional methods, we can argue this but it seems to be having diminishing effect.

我々が現在目にしているのは、金融政策(異次元緩和)の限界です。非伝統的な政策である量的緩和は、試みることができますし、実行すべきと主張もできますが、実際の効果が減っていることを我々は目の当たりにしています。

このくだりは、クルーグマン自身がリフレ策として『流動性の罠(1998年)』以来主張してきた、中央銀行が国債を買ってマネーを供給する政策が「目的とした経済成長とリフレの効果を生まなかった」ことを認めたものです。

Next: 「異次元緩和」が失敗したのは、日本国民が将来を悲観するしかないから



「異次元緩和」が需要主導型の物価上昇を生まなかった理由

【ベース・マネーとマネー・サプライの違い】

日銀が国債を買うことよって増えるマネーは、銀行が日銀にもつ当座預金である「ベース・マネー」です。国債を売った銀行にとっては、超低金利の国債が、同じく超低金利の当座預金(金利0.1%)に振り替わったにすぎません。

このマネーが企業や世帯への貸付金に振り替わり、企業と世帯の預金である「マネー・サプライ(=マネーストック)」が年率4%以上増えないとリフレ効果は生まない。リフレとはインフレになることです。

【ベース・マネーは日銀が増やせる】

日銀は予定通り債券市場で国債を買い上げて、「ベース・マネー」を増やしました。現金は95兆円に、当座預金は278兆円になり、合計したベース・マネーは373兆円にも増えています(2016年5月24日)。

異次元緩和前(2013年3月)のベース・マネーは125兆円だったので、3年3か月で248兆円ものベースマネー(基礎的マネー)が増えています。

【マネー・サプライが増えないと意味はない】

政府・日銀とリフレ派エコミストが予定していたのは、「ベース・マネーが増えた分(248兆円)銀行貸し出しも増え、マネー・サプライが増えること」でした。

そうすると、1252兆円(16年4月)のマネー・サプライ(郵貯を含むM3)は、248兆円(20%)増える。

3年で20%増ですから、1年では約6.3%の増加です。日本経済はマネー・サプライの増加が年率で4%のとき、ほぼ物価上昇がゼロになります。これが6.3%の増加になれば「6.3%-4%=2.3%」くらいの物価上昇にはなる。

以上が、クルーグマンを経済理論的な支柱にしたリフレ派の目論見でした。
M(マネー・サプライの増加7%)×V(マネーの流通速度の低下4%)=P(物価上昇2%)×T(実質GDP上昇1%)、でした。

ところが、マネー・サプライ(=マネー・ストック)の増加は、2014年が前年比2.8%、2015年が3.0%、2016年の1月~3月は2.6%の増加に過ぎない(マネーストック速報 2016年4月 – 日本銀行[PDF])。

この2~3%台の増え方では、異次元緩和前と同じです。この増え方では、需要が増加することによるインフレにはならない。
(注)円安原因での輸入物価の上昇はありますが、それは継続的なものではない。円安が止まると、前年比の物価上昇は下がるからです

マネー・サプライが増えなかった理由

ベース・マネーは373兆円へと248兆円も増えたのに、なぜ銀行貸し出しとマネー・サプライの増加に繋がらなかったのか?

【理由】

  1. 世帯は、「住宅価格は長期的には上昇しない」と見ていて、住宅ローン(借り入れ)を増やさなかった
  2. 設備投資資金を借りる企業は、「業界の売り上げが長期的に見て増えることはない」として、借り入れによる増加設備投資をしなかった

からです。

銀行は、どんなに自分の当座預金が多くても、世帯や企業に対し無理矢理に貸すことはできません。このため、世帯と企業が使うマネー・サプライが、異次元緩和によって増えることはなかったのです。

【日本経済は「長期停滞」に陥っていた】

なぜ、世帯が住宅価格の長期的な上昇を、企業が業界の売上増加を期待しなかったのか?

理由は、人口問題から、日本経済の長期的な成長を低く見ているからです。2000年以降の日本経済は、19世紀末に・スウェーデンのヴィクセルが言った「長期停滞(Secular Stagnation)」の状態にあるからです。

長期停滞とは、経済の予想成長率が0%付近やマイナスとされることです。この場合、デフレにもインフレにもならない「自然利子率」はマイナスになります。

このため、金融の超緩和で実質金利がマイナスになっても、資金の借り入れ需要が増えません。この場合、企業の設備投資額は利益(キャッシュフロー)の額以下を続けます。
(注)我が国では2000年以降、企業の設備投資額はキャッシュフロー以下です(2006年を除く)。利益以下しか投資しない。このため企業のキャッシュフロー(現金・預金)は246兆円に増えています(2015年12月末)。企業の合計借入金は364兆円であり(2015年12月)ほとんど増加がない

Next: 「政治的な言葉」によるアベノミクス失敗のごまかしと混乱



「政治的な言葉」によるアベノミクス失敗のごまかしと混乱

黒田日銀総裁は「異次元緩和は所期の(期待した)効果を果している」と言い続けていますが、実際はクルーグマンが言うように「金融政策(異次元緩和)には限界があった」のです。
(注)消費税増税による物価上昇効果(2%)がはがれた2016年4月の消費者物価上昇は-0.3%でした(総合)

当初約束した2年ではなく、3年経っても、目的とした効果を果たせない場合、普通なら「リフレ政策は長期停滞を認識できず、失敗した」と言います。

しかしそれはアベノミクスの失敗になり、政治的な死の問題になるので、決して言わない。代わりに「しばらく時間がかかる」と言う。これが、日銀と安倍政権です。

次に何をするのか?

時間をかけて、次に何をするのか?これもクルーグマンが、日本政府との非公開会議で言っています。

We are seeing that the policy that has been the principle lever for trying to deal with this global weakness is not as effective as we had hoped and not as effective perhaps as it seems to be recently.

我々は今、世界的な経済の弱さに対処する、もっとも肝心なテコであるべき政策(金融緩和)も、過去に期待していた効果がないこと、そして最近まで効果のように見えていたものすら失っているのを、目の当たりにしつつあるのです。

つまり金融の超緩和政策は、予想していた効果がなかった。ではどうすべきか?

Fiscal policy. Everything we have seen for the past seven years suggests that fiscal policy remains effective, especially effective in these circumstances. …… The idea that one should be prioritizing long-run budget issue over fiscal support now seems to me to be extremely misguided. Obviously I am talking about the consumption tax here.

次は財政政策です。我々は(リーマン危機の後の)過去7年間、財政政策は有効であり続けていることを見続けてきました。とりわけ、現在のような環境では有効です …… 財政支援より長期の政府予算の問題を優先すべきだという考えは、今は、まるで見当違いでしょう。私がここで言っているのは(まずは)消費税のことです。

クルーグマンは、増税の停止を言っています。増税は政府財政の赤字減らしのためです。消費税3%の増税で約7.5兆円、2%の増税で5兆円の緊縮財政にしたことと同じです。逆に減税は、財政の拡大と同じです。

この提言を受け入れ、安倍政権は2ヶ月後の2016年5月末に「増税の延期(事実上の廃止でしょう)」を決定しました。異次元緩和もクルーグマンの提言からのものでした。増税の停止も同じです。内閣官房参与の浜田宏一氏が政策の危機を感じ、クルーグマンに頼んだとも言えるでしょう。

But as I said, that has limits and on fiscal policy which needs to be more focused on that immediate need than it has been.

金融政策だけでは、ここまで申し上げてきたように、(インフレ効果に)限界があります。今行うべきは、過去より、はるかに直接に必要になった財政政策の実行です。

2016年3月の会合で、財政出動(大型補正予算)が決定しました。金額は、熊本地震の対策費(当初は2兆円か?)を含んで、7兆円~10兆円でしょう。

政府の財政の拡大は、直接に名目GDPを増やします。「需要面のGDP=民間消費+住宅投資+企業の設備投資+政府消費+公共投資+輸出-輸入」だからです。この中の「政府消費+公共投資」を増やすのが財政出動です。

ただし政府の財政は、年間で20兆円から30兆円の赤字です(消費税8%後)。このため財政拡大を10兆円とすれば、10兆円の分、国債発行が増えて、名目GDP(500兆円)に対する政府の債務(1212兆円:2016年3月)が拡大します。

Next: マスコミが報じない2014年4月消費増税(5%→8%)後の消費不況



マスコミが報じない2014年4月消費増税(5%→8%)後の消費不況

消費税の増税前後からの、家計消費は以下でした(2人以上の世帯)。実質とは、名目から物価上昇率を引いたものです。商品の数量消費を示します。

実質消費支出
2013年 +1.0%(かけこみ需要あり)
2014年 -2.9%(4月の増税後落ちこみ)
2015年 -2.3%(消費落ち込みが続く)

2016年の家計消費(実質)は順に、1月(-3.1%)、2月(+1.2%)、3月(-5.6%)、4月(-0.4%)です。消費者物価は消費税3%で2%分上がっています。上がった物価に対し、家計が商品購入数を減らし続けています

2014年、2015年と2年も続けて家計消費が「2.9%+2.3%=5.2%」もマイナスしていることは、消費不況以外のなにものでもないでしょう。

しかし、政府批判をほとんどしなくなったマスコミはこれを言いません。有効求人倍率が1.3倍を超えたというような都合のいいデータだけを取り上げるのです。

なぜこうなっているのか。根本の原因は、物価上昇を引いた実質賃金が大きく減っていることです(2010年を100とする指数)。まず、2000年から2009年の10年間から見ます。
毎月勤労統計調査 平成27年分結果確報の解説[PDF] – 厚生労働省

実質賃金 名目賃金 消費者物価指数
2000年 107.2. 110.5 103.1
2001年 106.6 108.8 102.2
2002年 104.6 105.6 101.0
2003年 104.1 104.8 100.7
2004年 103.2 104.1 100.7
2005年 104.4 104.7 100.3
2006年 104.4 105.0 100.6
2007年 103.2 103.9 102.3
2008年 101.3 103.6 102.3
2009年 98.7 99.5 100.7

2000年から2009年までの10年間に、名目賃金(平均給与)は110.5から99.5へと90%に下がっています。10年で10%、年率では1%ずつ賃金が下がっていったのです。

この10年間、消費者物価も103.1から100.7へと2.3%下がっています。年率では約0.2%の物価の低下です。物価下落を勘案した実質賃金では107.2から98.7にまで8%の下落でした。物価の2.3%の低下により、名目賃金の10%の下落が緩和されたのです。

21世紀の最初の10年で、名目賃金が10%も下がった国は日本だけです。
(注)米国では年間2~3%くらいの賃金増があるので、10年では20%から30%増になります。中国では年率10%くらいの賃金増加です

次は、2010年以降2015年までの6年間です。

実質賃金 名目賃金 消費者物価指数
2010年 100.0 100.0 100.0
2011年 100.1 99.8 99.7
2012年 99.2 98.9 99.7
2013年 98.3 98.5 100.2
2014年 95.5 98.9 103.6
2015年 94.6 99.0 104.6

政府や日銀がアベノミクスの効果をどう言おうが、以上が、賃金での事実です。名目賃金は2012年が98.9でした。2015年は99.0です。つまり平均給与額は、アベノミクスの3年間、何ら変化がなく横ばいです。

他方、2014年の消費者物価は円安のために1.6%、消費税増税のために2%上がり、合計では3.6%上がっています。2015年も円安効果のため、消費者物価は104.6へと前年比で1%上がっています。

年齢は確実に上がり、家族に必要な支出は増える。しかし賃金は上がらない。むしろ下がった。その上に、2013年以降の3年で消費税分を含む物価はほぼ4.3%上がっています。

このため、安倍政権が始まる前の2012年には99.3だった実質賃金は、3歳分の平均年齢が上がったにもかかわらず、94.6へと4.8%も減ってしまいました。これは、商品の購入数を4.8%減らさねばならないことを示すのです。

雇用者は5300万人です。雇用者の2000年代、2010年代の名目賃金は、110.5(2000年)から99.0(2015年)までの15年間で14.1%も減っています。

毎年1歳、年は上がる。しかし平均の賃金は1%ずつ下がっていったということです。
(注)正社員の賃金の減少より、非正規雇用割合の増加(2015年度:40%)によって平均賃金が下がったことが大きい

賃金の上昇がない限り、増税すれば必ず消費不況になるので、増税ができません。企業の人的生産性を高め、平均賃金を上げていくことが先だったのです。

異次元緩和の効果は、50%の円安を招き、円安が株価を2倍に上げことだけでした。円安が輸出企業の、下がった円での利益の増加を招き、上場企業には輸出企業が多いため株価を上げましたが、賃金の上昇はなかった。このため消費税増税が、消費不況を招いたのです。

以上のことが消費不況と言われない理由は、円安により海外からのインバウンド消費の増加(3兆円)があったこと、および企業利益が好調だったからです。賃金と消費の面では、上記のように明確な不況です。

経済成長の目的は、国民の賃金の上昇であるべきはずですが、ニュー・ケインジアン(新ケインズ主義)では、経済成長と賃金の関係を言うエコノミストはいなくなっています。
(注)わが国では、1960年代初期の池田内閣が「所得倍増論(10年で2倍)」を唱え、実現しました

Next: 財政支出の増加は確実にGDPを増やすが、乗数効果は低くなっている



財政支出の増加は確実にGDPを増やすが、乗数効果は低くなっている

政府は、効果を生んでいない異次元緩和を続けながら、今度は財政出動に舵を切ります。

金融緩和とは違い、政府需要を増やす財政出動は、拡大の分、名目GDPを増加させます。10兆円の財政出動で名目GDP(500兆円)は10兆円増え+2%分が増えます。
(注)政府需要(消費+投資)を請け負う企業の売上が10兆円増えるのです

問題はもともとの財政が赤字であり、財政支出を増やす分、国債の必要発行額が増えて政府債務が増加していくことです。

乗数効果が大きい場合

政府が公共事業を行うと、数年で、その公共事業額の何倍かのGDPの増加が生じるとされていました。ケインズが『一般理論』で言った「乗数効果」です。

例えば政府が1兆円の公共事業(公共投資)を行ったとします。土木・建設業には、1兆円の売上が生じます。この時点で1兆円の名目GDPの増加になります。この1兆円は、まずその土木・建設業の売上になりますが、それは、下請けや従業員の所得の増加でもあります。

その増加所得のうち、いくらが消費になるかを「限界消費性向」と言います。これを80%とします。

人々や企業は、増えた所得(1兆円)のうち80%(8000万円)を消費に使い、2000万円を貯蓄に回すということです。80%が消費に使われると、GDPは8000万円増えます。

その8000万円の消費は、企業の売上になります。そこから、また80%(1兆円×0.8の2乗=6400万円)が消費に回って、6400万円のGDPが増えます。これが無限に続きます。

「増えるGDP=1兆円+1兆円×0.8の2乗+1兆円×0.8の3乗+1兆円×0.58の4乗……(無限等比級数の和)……=1÷(1-限界消費性向0.8)=5兆円」になるのです。

このように、限界消費性向が高く、乗数効果が3倍や5倍と大きく働く場合、政府債務の国債発行を財源とした財政支出を続けても、「政府債務÷名目GDP=政府債務比率」は増えません。

つまり、

は、政府が借金で公共投資を行っても、逆に、政府債務比率が低下していきます。

乗数効果が小さいとき

ところが日本経済の場合、GDPに対する政府債務の比率は、とりわけ1990年代からは大きくなる一方でした。

【小さくなっていた乗数効果】

国債が財源になった公共事業の乗数効果が小さくなっていて、GDPを少ししか増やさなかったからです。
(注)政府の総債務比率=政府の総債務÷名目GDP

政府の総債務比率
1990年 67%
1995年 95%
2000年 143%
2005年 186%
2010年 215%
2015年 248%
2016年 249%(16年はIMF予想)

この政府債務比率の増え方という事実は、1990年代以降の国債を財源とした財政出動の「乗数効果」が1~1.4倍程度と小さかったことを示します。乗数効果が大きく下がった理由は、2つです。

  1. 政府の公共事業の増加が、他の投資を減らすことになったこと
  2. 公共事業を請け負った企業(土木・建設業)の限界消費性向が低かった。公共事業によって増えた売上で、過剰だった借金の返済(経済的には貯蓄)を行ったこと

(注)もともとケインズの公共事業と投資による乗数効果論は誤りだったという説もあります

今後の2つの政策の帰結

安倍政権が、クルーグマンの宗旨替えした勧めに乗って実行する2つの政策、

  1. 消費税増税の延期
  2. 果敢な(機動的な)財政支出

は、当年度のGDPは増やしても、乗数効果は低く、帰結は「政府債務比率を一層大きくすること」に終わります。増加公共事業の実行年度には名目GDPを上げても、その翌年には下がるからです。

Next: 「アベノミクス」は科学か?イデオロギーか?



「アベノミクス」は科学か?イデオロギーか?

【異次元緩和の真の目的は債務比率の低下】

政府が2013年から金融緩和によるリフレ策をとった根本の理由は、「インフレで名目GDPを大きくして債務比率を減らすこと」でした。債務はインフレになると、名目額は同じでも実質額は減ります。

1000万円の借金は、2%で20年(≒50%)インフレが続けば、返済しなくても、実質額が500万円に半減します。
(注)金融資産額も、その価値が半減します

政府の債務(1212兆円:2016年3月末)は、年金と医療費の増加を主因に、年率で少なくとも2%(24兆円)、普通は3%(約36兆円)増加し続けます。
(注)2015年度、2016年度の政府債務の増加が21兆円/年と異常に少なくなっている理由は、国債の金利が1%以下と低く、1200兆円以上ある債務の利払い額が10兆円以下と少ないからです

低めの普通の金利(3%)に上がれば、利払い額は36兆円を超え、すぐに財政資金が不足して利払いができなくなります。これが財政破産です。企業も世帯も、借金の金利が払えないときが破産です。

【根本策の放棄】

乗数効果が低くなった中で、国債を増発して財政支出に乗りだす安倍政権は、「政府債務比率を減らすこと」という政策目的を放棄したことになります。

それとも乗数効果の低下という1990年代からの日本経済の事実を無視し、国債による財政支出を増やして名目GDPを上げ、政府債務比率を減らすというのなら、これも異次元緩和と同じように、誤ったマクロ経済政策になるのです。

安倍政権の経済政策は論理性がなくなってきました。目的に対する政策手段が誤っていたからです。

【2年間はいい。問題は2018年から】

7兆円から10兆円規模の財政出動が問題になるのは2016年、2017年ではない。株価も上がり名目GDPも増えます。あと2年はいいのです。問題は金利が上がってくる2018年です。安倍政権は2年先までしか見ていないと感じます。

当方は、もともと反政府の立場をとるものではありませんが、経済学的に考えると、現在の政府政策の誤りを指摘せざるを得なくなってしまったのです。

誤った政策をとった政権は、それを修正するために次の誤りを重ねるのでしょう。内閣官房参与の浜田宏一氏は、今も「これが国際標準の経済学」と言い続けています。『世界が日本をうらやむ日(2015年1月)』という本を書いているくらいです。その国際標準が変なのです。

経済理論でも、実行され実証されたとき想定結果が誤っていれば、理論に間違いがあったとしなければならない。

医学理論に基づく臨床治療がうまくいかないときは、医学理論に誤りがあるはずです。治験で効果の出ない医薬は、理論的な効能もないとしなければならない。科学はこの方法です。

経済学は科学ではないのか。科学でないなら、特定の主張をする思想的なイデオロギーです。


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【関連】クルーグマンと浜田宏一氏の誤り~『2020年 世界経済の勝者と敗者』を読む=吉田繁治

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