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なぜ年金は溶けたのか?「GPIF運用損5.3兆円」の危なすぎる内訳=斎藤満

政府やGPIFは年金運用について、短期の成果で判断せず長期的な利益を見るべきと言います。しかし現在の運用方針が株価押し上げを狙った短絡的なものであることは否めません。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

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5.3兆円損失は序章、アベノミクス成長戦略に暗雲が立ちこめる

リーマン・ショック以来の大幅損失

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は7月29日、通常より約1カ月遅れで、2015年度の運用結果を正式公表しました。

国民年金、厚生年金合わせて130兆円余の年金資産を運用した結果は、全体で5兆3098億円(運用利回り-3.81.%)の損失。年度全体での損失は2010年度の3千億円の損以来、5兆円もの大幅損失はリーマン危機の2008年度に9兆3千億円(-7.57%)の損失を出して以来となります。

この結果、2014年度末に137兆5千億円あった資産は、134兆7千億円に減少しました。

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通常、運用結果の発表は毎年7月初旬になされていましたが、今年は参議院選挙があり、その前に巨額損失を出すのがはばかれたとみられます。ちなみに3年前の2012年度分は、利益が出たこともあり、参院選前の7月2日に運用結果が公表されています。

損失の原因は、昨年夏と今年初めの世界的な市場不安のなかで、株価が内外ともに大きく下落し、為替が円高になったため、株式運用分と、外国債券、外国株で損失が出たためで、国内債券は金利低下、つまり債券価格の上昇により、利益を計上しています。

これを係数で示すと、国内債券は年間2兆円の利益で利回りは4.07%、国内株式は3.5兆円の損失で利回りは-10.8%、外国債券は0.7兆円の損失で-3.32%、外国株式は3.3兆円の損失で-9.63%となりました。

リスク資産配分が裏目に。利益よりリスクが顕在化

今回の大幅損失では、2014年10月に基本ポートフォリオの見直しがなされ、その際に国内債券での運用を大幅に圧縮し、代わって内外の株式、外国債券での運用を大きく拡大したことが裏目に出ました。

年金資産を少しでも増やしたいとして、ハイリスク・ハイリターンのポートフォリオに変えたのですが、結果的にこのハイリスクの方が顕在化してしまいました。

確かに、日本の公的年金が置かれた事情は、掛け金として毎年入ってくるお金より、年金給付する額が4兆円も上回るようになり、より高い運用利回りが求められていました。それだけに、ハイリスク・ハイリターンの運用に切り替える案は理解できますが、タイミングが良くありません。

一般的に、給付額よりも掛け金が多い未成熟段階の年金では、このハイリスク・ハイリターンは向いています。

しかし、日本のようにすでに掛け金よりも給付額の方が多くなってしまったような「成熟期」の年金では、リスクをとって損失を被ると、資金が急速に減少し、将来の支払いを危ういものにします

つまり、2014年でのポートフォリオ見直しで、大きくリスク資産に運用を傾斜したことは、日本の置かれた状況からは、決して正しい判断とは言えないものです。

それでもあえてこれをアベノミクス「成長戦略」の柱に組み入れました。その狙いは、これが日本の成長に寄与すると考えたからではなく、巨大な年金ファンドが大量の株買い、外貨買いをすることで、結果として円安に誘導し、株価を押し上げ、インフレ率を高めることで、内閣支持率を高め、政府債務をインフレ調整後の実質で抑制する効果を狙ったと見られます。

Next: 政府・GPIFが訴える「長期的な視点で見てほしい」のウソ

従来比率のポートフォリオなら損失は出なかった

実際、2014年10月に運用を見直し、株や外貨資産の買い入れを増額してからは、日銀の追加緩和も重なり、円安、株高が進みました。2015年半ばには、ドル円が125円台まで円安となり、日経平均株価は2万円を大きく超えて上昇しました。

その点では、リスク資産傾斜が、短期的にはGPIFの収益拡大のみならず、アベノミクスへの期待を高める面はありました。

しかし、これはあくまで短期効果で、長い目で見ると、主要国の金融緩和が究極まで進み、債券を中心に市場が異常な事態になっています。何と、世界にはマイナス金利の国債が10兆ドルもあります。

長期金利がマイナスということは、それだけ債券価格が異常な高騰を見せていることになり、これが株価や不動産価格などにも影響して、バブルを生みだしている面があります。

実際、日本の株価も2万円台を付けてからは次第に低下傾向となり、為替も2015年の6月を境に、以降は次第に円高ドル安に向かい始めました。

GPIFが株や外貨資産に傾斜して1年も経たないうちに、GPIFのポートフォリオは、ハイリターン局面からハイリスク局面にシフトしてしまったことになります。いかにもタイミングが悪すぎました。

ちなみに、ポートフォリオが従来の比率、つまり国内債券60%、国内株12%、外国債券11%、外国株12%のままであったとすると、国内債券の利益が3兆円以上に拡大し、内外株の損失が約半分になるので、2015年度の全体損益はほぼゼロとなり、5兆円を超える損失を出さずに済んだことになります。

「長期的な視点で見てほしい」のウソ

政府やGPIFは短期の成果で判断せずに、長期的な利益を見てほしいと言います。

そこでこの10年間の累積運用利益額をチェックしてみると、全体の利益は29.7兆円ですが、その内訳は国内債券で13.7兆円、国内株で1.8兆円、外国債券で4.8兆円、外国株で9.4兆円稼いだ形になっています。

この10年では国内債券がもっとも利益を上げ、次いで外国株となり、国内株が最低でした。

この結果を見ても、国内債を減らし、株や外国資産にシフトしたのは、長期の傾向を反映したというより、株価押し上げ、円安狙いとしか思えません。

その株や為替がGPIF自らの運用で押し上げられ、しかも主要国の異常な緩和策の中でバブルになるなど、ゆがみが出ているとすれば、今後の運用にも大きな影響が出ます。

Next: 世界的な運用危機で、さらなる損失拡大のリスクが高まっている

「世界的な運用危機」で高まる損失拡大リスク

実際、昨今の世界市場を見ると、2015年度の損失は決して一時的とは言えない面があります。

今年1-3月に限った運用損失は4兆5千億円あまりでしたが、その後の4-6月期もほぼ同じ額の損失が発生したと見られます。英国のEU離脱選択もあり、市場はまた不安定になり、為替が一段と円高になったためです。

現に、4-6月期の日本のメガバンク3行の税引き後利益は、前年比3割もの減益となりました。運用利回りの低下と、市場が不安定な中で投信の販売が不振だったためですが、生保や年金の運用も同様に苦しい状況になっています。

その状況は、今後さらに悪化する懸念があります。そもそもマイナス金利が広がる債券のバブルが更に膨らむ可能性よりも、潰れるリスクが大きいためです。

マイナス金利を主導してきた日銀、ECB(欧州中央銀行)が、さすがにマイナス金利の拡大に限界を意識し始めました。金融緩和の行き詰まりが、こっそりと「ヘリコプター・マネー」つまり、中央銀行による財政ファイナンスの形で通貨の増刷が進む可能性があり、その結果は通貨価値の低下による悪性のインフレ進行で、これはいずれ金利上昇、国債価格下落要因になります。

金利と株や不動産の価格は連動するので、長期金利の上昇(債券価格の下落)は株価下落につながります。金融政策の行き詰まりだけでなく、今後は英国のEU離脱で欧州経済が不安定になり、中国企業の債務が異常に膨張していて、これが金融経済に危機をもたらすリスクが高まっています。そこへ米国が利上げに出れば、そのリスクは顕在化します。

世界経済が不安定になれば、為替は安全資産としての円やスイスフランが買われ、円高がさらに進む可能性があります。これまでの異常な金融緩和でドル円は購買力平価から見た均衡水準(80円から90円)からまだ大きく円安に振れています。それだけまだ円高になる余地が大きいことになります。

そうなると、これまで優等生であった国内債券は、すでにマイナス金利なのでこれを購入しても金利収入は入らず、むしろ価格面で値下がりの損失リスクが大きくなります。世界市場が欧州、中国、米国から揺さぶられると、株も下げやすくなり、為替は円高になります。株も外国資産も損失リスクが大きくなります。

つまり、今後しばらくの世界は、リスク資産での運用が極めて難しい局面と言えます。比較的安全資産と見られた国内債券でさえ、異常な金融政策(特に日銀によるマイナス金利付き量的・質的緩和)の結果、極めて大きなリスクを抱えた資産になってしまいました。

まさに、世界の市場にはどこを見ても「」を予感させる暗雲が漂っています。

そこでは、よほどの天才運用者でもない限り、資産運用は今年度も損失を出す可能性が高く、その嵐がいつ収まるか、見通しが立ちません。異常な金融緩和が正常化してノーマルな市場に復帰する時期、状況は全く予想できません。

その間は、リスク資産への投資はまさしくリスクが顕在化しやすい状況で、損失発生環境が長期化する懸念があります。

Next: 私たちの年金資産をこれ以上減らさないために必要な対応とは?

成熟期の年金ではリスク回避が急務

もともと、日本のような成熟期の年金では、リスク資産を抑制し、流動性と換金性の確保が重視されますが、まして予想されるような不安定な市場がしばらく続くとすれば、リスク資産は極力圧縮する必要があります。

現在の運用枠は、内外株がそれぞれ25%、国内債券が35%、外国債券が15%で、それぞれに幅を持たせています。

しかし、株と債券、国内と海外とで明暗が分かれる場合は、資産の入れ替えで損益の調整はできますが、すべての市場が不安定で逃げ場がなくなれば、リスク資産間の入れ替えでなく、リスク資産そのものを極力ゼロに下げ、短期資産か現金にシフトして「嵐」が去るのを待つことも必要です。

その場合、運用のより一層の弾力化や委託業者の自由度を高める必要があります。

また、政府日銀が「ヘリマネ」しかないと考えれば、いずれ円安になり、悪性のインフレになるので、その場合は国内債券は極力圧縮し、外国債券、外国株と短期資産へのシフトが必要です。

いずれにせよ、現在のような運用枠のままでは、今後数年にわたって年金資産の運用は損失が出やすく、資産が減少すれば、日本の年金制度が持たなくなります

GPIFという巨大投資家がリスク資産を売却し、現金に逃避すれば、それ自体が株安、円高圧力となり、市場にも政権にもダメージとなりますが、それでも市場の嵐の下で年金資産を守り、国民生活を守るには、それしかありません。

そして嵐が去る直前の最安値時期をみて、そこでリスク資産運用に切り替える。それぐらいの思い切った対応をしないと、日本の年金は持ちません。

政府日銀は異常な政策の下に、市場が大きくゆがんでいること、その中でGPIFに対しリスク資産に傾斜した運用をさせた責任を重く受け止め、緊急避難指令を出す責任があります。

そのためにも、株安円高で資産が減少している現状を認識し、今後はマイナス金利の国債運用がいかに危険かも認識したうえで、年金資産をこれ以上減らす前に対応する行動力が必要です。


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年7月31日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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