東芝が「半導体事業の売却」による当座資金の確保で再生するのは難しい。そもそも窮地に追い込まれた原因が、「モノづくり」の失敗ではなく「カネづくり」「決算数字づくり」の失敗にあるからだ。これは東芝だけでなく、バブル崩壊後の日本人や日本企業全般に言えることである。(近藤駿介)
プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』好評配信中。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。月初の購読は得にお得です。
東芝の病は日本の病。「カネづくり、決算数字づくり」の果てに
異例づくしの決算発表
4月11日、2度決算発表を延期してきた東芝が、3度目の正直で2016年4月~12月期の連結決算を発表した。
発表された4~12月期の連結決算は、売上高は前年同期比4%減の3兆8468億円、最終損益は5325億円の赤字(前年同期は4794億円の赤字)、12月末時点で2256億円の債務超過と予想通り厳しい内容であったうえに、監査法人の適正意見がない異例のものとなった。
東芝が監査法人のお墨付きを得られない段階で異例の決算発表に踏み切ったのは、この日までに決算報告書を関東財務局に提出しないと上場廃止になる恐れがあったからだ。
今回、監査を行ったPwCあらた監査法人が意見表明を見送ったのは、米原子力子会社ウエスチングハウス(以下WH)で明らかになった、米原発建設会社CB&Iストーン&ウェブスター(以下S&W)買収の過程で生じた内部統制問題の調査に関して、東芝と見解の相違が生じたことが原因だと言われている。
「結局、2016年3月期の決算も歪められている可能性があり、2015年度に遡って決算を精査する必要がある」と主張する監査法人と、「2016年3月期の決算には影響はなかった」と主張する東芝の見解の相違を埋めることはできず、タイムリミットが到来した格好となった。
「上場廃止」めぐり瀬戸際の攻防
2017年3月期決算が債務超過になることが確実な東芝は、もし2016年3月期時点で債務超過であったことが判明した場合、「債務超過の状態となった場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき」という東証の上場廃止基準に抵触し上場廃止になってしまう。
監査法人のお墨付きを得ずに決算発表を行ってでも上場廃止を避けようとしている東芝にとって、2016年3月期決算まで遡って精査することは受け入れられない要求だったといえる。
一方、PwCあらた監査法人は、2015年に東芝の不正会計問題が明らかになったことで、2016年4月から新日本監査法人に代わって監査を担当することになった経緯がある。
2016年3月まで東芝の監査を担当してきた新日本監査法人は、長年東芝の不正会計を見逃してきたことで2015年12月に金融庁から21億円の課徴金納付命令、3カ月間の新規契約受注業務の停止及び業務改善命令という行政処分を受けている。
こうした経緯があるなか、2016年12月に東芝は米国の原子力発電事業で数千億円規模の損失を抱えていることを明らかにした。これは2016年第1四半期と第2四半期の2回の四半期決算にお墨付きを与えてきたPwCあらた監査法人にとってはメンツを潰される屈辱的なことだったはずだ。
PwCあらた監査法人にとっては、「米原発子会社WHが抱える損失が2016年3月期以前に発生しており、東芝がそれを隠蔽していた」ことにならないと、新日本監査法人と同様、東芝の不正会計を見抜けなかったという批判を受けることになる。
一方東芝にとっては、WHの抱える損失が2016年3月以前に発生していたことになると、2期連続債務超過となり上場廃止になってしまう。
保たれたのは「メンツ」だけ
2015年に発覚した不正会計問題によって2015年9月から1年半以上も「特設注意市場銘柄」に指定されている東芝は、現実的に株式市場からの資金調達ができない状況にあり、「上場廃止」云々はほとんど「東証上場企業」という肩書をいかに守るかというメンツの問題でしかない。
結局のところ、今回、東芝が監査法人のお墨付きを得ずに決算発表に踏み切ったのは、お互いに己のメンツを保とうとした結果だといえる。
Next: 東芝は「モノづくり」ではなく「決算数字づくり」で失敗した
東芝は「モノづくり」ではなく「決算数字づくり」で失敗した
上場廃止の危機に瀕している東芝は、WHが米連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を受けることで将来の原子力事業のリスクを切り離すと同時に、収益の柱である半導体事業を売却し必要な資金を確保することで再生を図ろうとしている。
しかし、半導体事業を売却して当座必要な資金を確保することで東芝は再生するのだろうか。筆者は疑問である。
からくり人形の「弓曳き童子」や白熱電球、電気洗濯機、カラーテレビ、ラップトップPC、DVDプレーヤー等々「モノづくり」で戦後の日本経済を牽引してきた東芝が、不正会計問題が明らかになって以降、生き残るという目的だけのために、収益を生む「モノづくり」事業を次々に売却し「カネづくり」「決算数字づくり」に奔走し続けている。
見落としてはならないのは、東芝が窮地に追い込まれた原因は「モノづくり」の失敗ではなく、「決算数字づくり」の失敗にあったということだ。
2015年に発覚した東芝の不正会計問題を調査した第三者委員会は、その報告のなかで、不正の原因は「当期利益至上主義と目標必達のプレッシャー」だと指摘している。
ここで思い出すのは、1979年にエズラ・ヴォーゲル ハーバード大学教授が著しベストセラーとなった『ジャパン・アズ・ナンバーワン』である。ヴォーゲル教授はその著書の中で、日本企業が業績を上げている要因の1つとして「目先の利益でなく長期的な利益を上げることの重視」を挙げている。
時代が変わったことは確かだが、日本企業が持っている元々の強みは「目先の利益でなく長期的な利益を上げることの重視」だったことは確かである。
「相手の土俵」で異種格闘技戦に挑んだバブル崩壊後の日本
しかし、日本は1990年のバブル崩壊を機に日本型経営を否定し、欧米流の合理的経営に大きく舵を切った。それとともに従業員の評価も経営者の評価も短期的成果主義に変わり、会社全体も短期的利益を求める体質になっていった。
こうした変化の是非はともかく、日本人や日本企業が本来の強みを放棄し、相手の得意な土俵で、自分が得意ではない異種格闘技戦に打って出た面があるのは事実である。
東芝が不正会計に手を染め始めたのは、パソコン事業の功績者として社長にまで上り詰めた西田社長時代(2005年6月~2009年6月)だったと言われている。そして、不正会計で嵩上げされた利益の4割は、PC事業におけるバイセル取引(自社で調達した部品をODM先に販売し、完成したPCを買い取るという一連の取引)を利用した不正だったとされている。
経営者が不正をしてでも利益の嵩上げに走る動機は、経営者の評価と報酬が短期的な利益に連動するようになったことが大きいはずである。
短期的な利益を出した人間が評価され出世していけば、会社全体が短期的利益至上主義になっていくのは当然の流れで、一旦こうした流れができてしまうと、それを止めるのは容易いことではない。
結局こうした不正会計は後任の佐々木、田中両社長時代に引き継がれ、2008年度から14年度の4~12月期まで、計1562億円の利益が嵩上げされることになった。原子力子会社WHに伴う損失隠しも、こうした流れの中で行われたと捉えるべきだろう。
Next: 東芝再生のために本当に必要なこと。GPIFは今こそ東芝に「投資」せよ
東芝再生のために本当に必要なこと
このように考えると、東芝の再生に必要なのは、生き残りを目的とした「カネづくり」のために「モノづくり」の事業を売却することではなく、「目先の利益でなく長期的な利益を上げる」ことを重視する企業風土を取り戻すことだといえる。
しかし、残念ながら、収益の柱である半導体事業を売却して必要な「カネづくり」に成功し、米原子力子会社WHがチャプター11の適用を受けたとしても、現実問題として東芝を原子力事業のリスクから完全に切り離すことは難しい。
したがって、原子力事業から切り離せば十分にやっていける可能性がある半導体事業を、どのようにして成長させていくかに集中して対策を考えるべきである。
そこで考慮すべきことは、「目先の利益でなく長期的な利益を上げることの重視」を可能とする環境を整えることである。そのためには経営者に対して「短期的な利益」を求める投資家はできるかぎり排除する必要がある。
GPIFは今こそ東芝に「投資」せよ
東芝が監査法人のお墨付きを得ていない異例の決算発表に踏み切った4月11日、公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用特別行政法人)はインフラ、不動産、プライベート・エクイティ(未公開株)の3分野で投資判断を担う運用機関の公募を始めた。
GPIFは、資産の5%(2016年末時点では約7.2兆円)の範囲内で、オルタナティブ資産(代替資産)に投資する計画を持っている。
GPIFは短期的な損益に一喜一憂しないという方針で運用されており、「目先の利益でなく長期的な利益を上げる」環境を整えるのには適した資金である。
東芝の半導体事業には、シャープを傘下に収めた鴻海精密工業が3兆円の買収金額を用意していることが報じられている。しかし、政府内部には「技術流出の観点からアジア勢への売却は厳しい」という見方もあるうえ、東芝と合弁会社を持つなど提携関係にある米ウェスタンデジタルも、中韓台勢などのライバル企業に東芝の半導体事業を売却することに反対を表明している。
つまり、GPIFが買収資金を提供する意思を示せば、日本連合で買収することは十分可能な状況になっている。
単に海外企業を買収したり、年金資金を使って株価を上昇させたりしようとするのではなく、日本企業が生み出した得意の「モノづくり」を、日本の長期資金を使って、日本企業の強みである「目先の利益でなく長期的な利益を上げる」経営方針で成長させていくことこそ、今の日本が考えるべき「成長戦略」ではないだろうか。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年4月13日)
※太字はMONEY VOICE編集部による
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