記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年9月7日号より
※本記事の本文見出しはMONEY VOICE編集部によるものです
ジブリ長編アニメ全作品「原作者リスト」から見えてきたこと
『表現者』68号(8月16日発売)に掲載された評論「少女と戦後の精神構造」では、スタジオジブリが2014年に発表したアニメ映画『思い出のマーニー』を取り上げました。今週はこれに関連した話題をひとつ。
『思い出のマーニー』は、今年の6月10日にイギリスで公開されています。それに先立つ6月6日、同国の「ガーディアン」紙は、映画の紹介記事を掲載しました。
https://www.theguardian.com/film/2016/jun/06/studio-ghibli-yonebayashi-interview-miyazaki
監督の米林宏昌と、プロデューサーの西村義明へのインタビューもまじえた、充実した内容です。
ところが西村プロデューサー、ここで失言をしてしまう。スタジオジブリ作品の監督は、宮崎駿、高畑勲の両巨匠をはじめとして、今まですべて男性だったのですが、記者のクリス・マイケルは、「今後、ジブリが女性監督を起用することはありうるか?」とたずねたのです。返答は以下の通り。
どんな映画をつくるかによる。実写と違い、アニメでは現実を単純化しなければならない。女性は現実的で、日常生活をこなすのに優れているが、男性はもっと観念的で、理想を追う傾向が強い。ファンタジーには後者のアプローチが必要なんだ。男性ばかりが監督に選ばれるのは偶然ではないと思う。
(拙訳)
この発言は女性差別だとして批判され、西村プロデューサーは6月13日、謝罪の連続ツイートをするハメとなりました。
6月6日に公表された英国紙「The Guardian」での記事の内容につきまして、謝罪をいたします。記事は2015年9月28日にイギリスで行われた取材に基づいており、確かに私は、当該の発言をいたしました。
— STUDIO PONOC (@StudioPonoc) 2016年6月13日
最初に、私は2014年末にジブリを退社しており、ジブリの社員ではありません。ジブリを代表した意見であるという誤解を与えたこと、ジブリを愛する皆様に不快な思いをさせたことを深くお詫びいたします。
— STUDIO PONOC (@StudioPonoc) 2016年6月13日
次に、男性は観念的な傾向が強く、現実を生きる力は女性の方が長けている。そういう差別的で偏った考えは、確かに自分の中にありました。反省し、勉強します。映画を作るのに性別は関係ありません。深くお詫びいたします。
プロデューサー/西村義明— STUDIO PONOC (@StudioPonoc) 2016年6月13日
失言と形容したゆえんですが…。じつは西村発言、ご本人に女性差別的な発想があったというだけでは説明がつかないのですよ。なぜか。
『思い出のマーニー』は、イギリスの作家ジョーン・G・ロビンソンの小説を原作にしています。ジョーンという名前が示すとおり、この人は女性。米林監督の前作『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)は、やはりイギリスの作家メアリー・ノートンの小説が原作。メアリーという名前が示すとおり、この人も女性です。『ゲド戦記』(2006年)の原作者はアーシュラ・K・ル=グィン。『ハウルの動く城』(2004年)の原作者はダイアナ・ウィン・ジョーンズ。…って、女性ばかりじゃないですか!
ついでに上記の四作、内容的にはすべてファンタジー。これでどうして、女性は現実的だからファンタジーには向いていないということになるでしょう?原作はつくれても監督はできないということなのでしょうか?
Next: 女性原作者の割合は? スタジオジブリ・長編アニメ全作品の原作者リスト
この点についての分析は「少女と戦後の精神構造」をご覧いただきたいのですが、面白くなったので、2014年までにスタジオジブリが発表した長編アニメ全作について、原作者をリストアップしてみました。どうぞ。
1986年:天空の城ラピュタ(オリジナル)
1988年:火垂るの墓 野坂昭如
:となりのトトロ(オリジナル)
1989年:魔女の宅急便 角野栄子・林明子
1991年:おもひでぽろぽろ 岡本螢・刀根夕子
1992年:紅の豚(オリジナル)
1993年:海がきこえる 氷室冴子
1994年:平成狸合戦ぽんぽこ(オリジナル)
1995年:耳をすませば 柊あおい
1997年:もののけ姫(オリジナル)
1999年:ホーホケキョ となりの山田くん いしいひさいち
2001年:千と千尋の神隠し(オリジナル)
2002年:猫の恩返し 柊あおい
2004年:ハウルの動く城 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
2006年:ゲド戦記 アーシュラ・K・ル=グィン
2008年:崖の上のポニョ(オリジナル)
2010年:借りぐらしのアリエッティ メアリー・ノートン
2011年:コクリコ坂から 佐山哲郎・高橋千鶴
2013年:風立ちぬ(オリジナル)
:かぐや姫の物語 原作者不詳
2014年:思い出のマーニー ジョーン・G・ロビンソン
(※)『風の谷のナウシカ』(1984年)は、しばしばジブリ作品として扱われますが、厳密には同スタジオ設立以前、トップクラフトというスタジオでつくられた作品です。
全21作のうち、オリジナルが8本。原作(『竹取物語』)があるにはあるが、誰が書いたか分からないのが1本。で、残り12本について、原作者の性別を見ると…女性の原作に基づいたものが9本半!「半」というのは、2011年の『コクリコ坂から』の原作が、佐山哲郎さんと高橋千鶴さんの男女共作になっているからです。
ひきかえ男性原作は、わずか2本半にすぎません。1988年の『火垂るの墓』と、1999年の『ホーホケキョ となりの山田くん』、そして『コクリコ坂から』の半分。原作者の数にいたっては、男性3人にたいして女性11人です。どう考えても、完全なる紅組優位ではありませんか。
しかるに。このリストからは、二つの興味深い傾向が見て取れます。
Next: 原作者リストから読み解ける、2つの興味深い傾向
1)スタジオジブリが女性原作をどんどん取り上げるようになるのは、1990年代以後の現象である。
1980年代につくられた4本のうち、原作があるのは『火垂るの墓』と『魔女の宅急便』の2本。男性原作と女性原作が1本ずつとなっているので、とくに女性優位とは言えません。まあ原作者の数では、男性1人にたいして女性2人ですけどね。
これが1990年代になると、原作もの4本のうち、3本が女性原作で、男性原作は1本のみ。2000年代以後は、原作もの6本(※)のうち、なんと5本半が女性原作です。
(※)2013年の『かぐや姫の物語』は、原作者不詳につき含めていません。以下同様。
2)しかも2000年代半ばあたりから、外国人女性の原作が主流となる。
2004年の『ハウルの動く城』以前、スタジオジブリ作品で外国人の原作に基づいたものはありません。けれども次の10年間を見ると、原作もの5本のうち、4本までが外国人女性原作。アーシュラ・K・ル=グィン以外の3人が、そろってイギリス人なのも注目されますが、この点は脇に置きましょう。
すなわち原作者の性別および国籍から判断するかぎり、スタジオジブリ作品には1990年代に「女性化」が生じ、それが2000年代半ばから「外国人女性化」(=非日本化)に発展したと言わねばなりません。過去25年間の日本社会の変化に照らしたとき、ここには非常に意味深長なものがあるのではないでしょうか?
ちなみに。この9月に公開されるスタジオジブリの最新作『レッドタートル ある島の物語』の監督は、オランダ出身のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット。女性でこそありませんが、非日本化が起きています。
ついでに『レッドタートル』、ジブリが製作に加わっているものの、プリマ・リネア・プロダクションズという海外スタジオの制作ですので、今までの自社制作作品とは大きく異なります。ジブリ自体の制作部門は2014年に解体されていますし、その後、復活したという話も聞きません。これもまた意味深長ではないでしょうか?
ではでは♪
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