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私が考える「良いROE主義」と「悪いROE主義」の違い=内閣官房参与 藤井聡

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年9月7日号より
※本記事の本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

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当たり前に蔓延する「悪いROE主義」を駆逐するために

以前、『「投機」から「投資」への転換を促す「構造政策」を』にて、デフレ脱却のためには、デフレギャップを短期的に埋める財政政策が何よりも求められている一方、その財政政策の効果を高め(かつ、デフレ脱却後の成長をより加速し)ていくためにも、「投機」ではなく「投資」を拡大していく環境を整えることが必要であることを指摘しました。

そのためには超高速取引の規制や、より長期に保有している株主を優遇する制度の導入等も重要である事を指摘しましたが、それらと同時に以下の点も、指摘しました。

『株式企業の「四半期決算開示義務」について、必ずしも四半期決算を開示しなくてもよい、という制度に「規制緩和」していくことも重要です。

そもそも、四半期決算開示を行い、「わが会社は、常に良い業績を納めていますよ」と常に株式市場にアピールし続けることを強制する今日の状況下では、各企業に企業業績(あるいはROE)を「よく見せる」プレッシャーがかかり、結果として投資が抑制されていくことになります。』

この点を理解するために重要となるのが、ROEという概念です。これは、Return On Equity の略称で、日本語では「株主資本利益率」と呼ばれるものなのですが、これは、「株式企業の業績」を「評価」するための尺度の「一つ」です。

ではどういう尺度かというと、

ROE(株主資本利益率)=当期純利益(profit for the period)÷ 株主資本(stockholder capital)

というもの。

つまり、1000万円を「株」を通して(株主たちから)入手した企業が、ある「期」において100万円儲けたとりましょう。そうすると、ROEは10%ということになります。

優秀な企業は「たくさん」儲けますからROEは高くなる、と考えられることがしばしばあります。あまり深く会社経営のことを知らない普通の人達の感覚、つまり「シロウト感覚」で言うなら、「儲ける会社の方が、儲けない会社よりもいいに決まっている」と感じられるからです。

特に、株式市場で資金を運用しようとしている投資家、あるいは投「機」家たちにとってみれば、ROEが高い企業の株を買いたくなるのも当然です。

なぜなら、同じ100万円をROEの低い会社に(その株を買うことで)投資するよりも、ROEの高い会社に投資する方が、多くの「利益」を生み出し、その結果、より多くの「配当金」を手にすることができるからです。

株主から見ても、シロウト感覚でいっても、ROEが高い企業は優秀な企業なのだから、「全ての企業はROEをあげりゃぁ、それでいい。兎に角ROE向上の数値目標を掲げて頑張れ!」という「ROE至上主義」の風潮が出てきたとしても不思議ではありません。

…そして事実、現在、その様な流れが、明確にわが国には存在します。
http://www.nikkei.com/article/DGKDASGD25H1T_V20C14A8EN1000/
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2014-09-16/NBO8126JTSEH01

ただし…物事はもう少し複雑に出てきているのです。

Next: 何が違うのか。「良いROE主義」と「悪いROE主義」



もちろん、次のような企業は素晴らしい企業だといえるでしょう。

『ROEをあげるのが良いことだと言われ、
その言葉の意味をしっかりと咀嚼し、
生産性を上げ、より良質な製品を生産することが必要だと考え、
投資を行い、賃金も適正に支払い、
必要不可欠なコストは絶対削らずによい原材料を仕入れ、
これらを通して「売り上げを増やす」事を通して、
純利益を拡大し、
ROEの向上に成功した企業』

こういう企業は、ROEの向上を通して配当を増やして株主を喜ばせるだけでなく、給料を増やして社員を喜ばせ、取引が活性化することで取引先を喜ばせ、そして何より、サービス向上を通して客を喜ばせることになります。

したがってこういう企業は、株主だけでなく「皆」を幸福にする企業なのであり、総合的な意味において、「良いROE主義」の企業だと判断することができるでしょう。

しかしROEの向上に成功する企業は、こうした「良いROE主義」の優秀な企業だけではないのです。例えば、次の様な企業は「素晴らしい企業」と呼べるでしょうか?

『ROEを『兎に角』あげるのが良いことだと言われ、
その言葉を素朴に信じ
(あるいは、その言葉をもっけの幸いとばかりに逆手に取り)、
「純利益」をてっとり早くあげるために、
(会社員のことなど考えずに)会社員の給料も削り、
(未来の技術発展や生産性向上のことなど考えずに)研究開発費も投資も削り、
(客のことなど考えずに)とにかく原材料費を削り、
「売上」を上昇させないまま
(あるいは、サービス劣化のために「売り上げ」が減少してまでも!)
上記のコストカットを通して、「純利益」を増やし、
ROEの向上に成功した企業』

こういう企業は、確かに配当が増える株主は喜びますが、それ以外はみな、そのダメージを被ります

なぜなら、

社員は給料を削られ、
顧客はコストパフォーマンスが劣化したサービスを売りつけられ、
取引先は取引が縮小され、そして、
投資を削減することでその会社自体も中長期的に生産性を劣化させていく、

からです。だからこういう企業は、総合的な意味で「悪いROE主義」の企業だということができるでしょう。

Next: 跋扈(ばっこ)する「悪いROE主義」。



このように、配当金だけを考慮するような株主にしてみれば、その純利益が、適正なものであっても不適正なものであっても同じなわけですから、ROE主義に良いも悪いもありません。あっさりいって、配当金「だけ」を考える投資家・株主にしてみれば、何がどうでもいいからROEが高ければ、それで万事OKなわけです。

しかし、「株主以外の多くの人々・組織」の利益(すなわち「公益」という奴ですね)にとってみれば、同じROEはROEでも、良いモノと悪いモノの明確な区別があります

そして残念なことに今、「ROEをあげよう!」という民間の運動は、悪いROE主義を跋扈させ、良いROE主義を駆逐する疑義が濃厚に存在しているのです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150218/277694/?rt=nocnt
http://goo.gl/X64tjl

もしも、「悪いROE主義の跋扈」が真実だとするなら、我が国においてはそれも当たり前、といえるでしょう。なぜなら、我が国は今、デフレだから、です。デフレとはつまり、需要が少ない、ということであり、それはあらゆる企業において「売り上げ」が伸びない、という状況なのです。

そんな状況の中で、ROEを上げる運動を起こせば、どれだけ良心的な企業であっても、簡単に「売り上げ」をあげることは容易ではありません(もちろん、優秀かつ良心的な企業ならそれも可能でしょうが、多くの会社は、そういうわけにはいきません)。したがって、必然的にROEを上げるためには、コストカットをする企業が増えてしまうのも、当たり前、ということになります。

とは言え、悪いROE主義は論外としても、「無ROE主義(つまり現状)」よりも、「良いROE主義」の方が望ましいことは間違いありません。したがって、デフレ状況下でもあるにも関わらず「悪いROE主義」を駆逐して「良いROE主義」を促進することが、「可能である限り」(!)において、「良いROE主義」を促進していくことは、現時点においても正しい道であると、考えます。

Next: 「良いROE主義」と「悪いROE主義」、区別するにはどうすればいいのか



では、どうすれば良いのかどうかと言えば、第一に、「良いROE主義」と「悪いROE主義」とを区別する基準はROEにあるはずはないのですから、「良いROE主義」と「悪いROE主義」とを区別するためには、ROE「以外」の基準が必要だ、ということになります。

では、良いROE主義と悪いROE主義を区別するための基準とは何かと言えば、それは、株主以外の利益、つまり、「顧客、社員、そして、生産性や技術といった、様々な要素」に対して、その企業がどれだけ「貢献」しているか、という基準です(買い手良し、売り手良し、世間良しの「三方良し」の理念にそった基準、ということですね)。

それは丁度、「PBを改善すりゃいい」という「PB至上主義」は完全な間違いですが、「成長するということを前提にPBできるなら、それは望ましい」という議論と全く同じです。

では、「ROE至上主義」が間違いだとして、どういうROE主義ならいいのか、そしてそのためには、どういう基準を具体的に用いればいいのか、そしてその基準を満足させるためにはどういう仕組みが必要か、という事が次の焦点になるのですが──それについては、また次の機会に考えてみたいと思います。

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