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ヘッジファンドはこれで儲ける!アービトラージ戦略の様々なアイデア=田渕直也

アービトラージは例えるなら「道に落ちた一万円札拾い」です。「市場でリスクを負わずに利益を得る機会」がアービトラージの定義であり、日本語では裁定(機会)と言います。(田渕直也

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プロフィール:田渕直也(たぶちなおや)
一橋大学経済学部卒。日本長期信用銀行(現新生銀行)入行。デリバティブの商品開発、ディーリング業務に従事。以後、国内大手運用会社ファンドマネージャー、不動産ファンド運営会社社長、生命保険会社執行役員を経て、現在、株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『確率論的思考』『入門実践金融デリバティブのすべて』(いずれも日本実業出版社)『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』(ダイヤモンド社)『不確実性超入門』(ディスカバー21)など著書多数。

道に落ちた一万円札拾い。裁定取引の「目のつけどころ」とは?

アービトラージとはどのようなものか

最初に取り上げるトレード戦略は、アービトラージです。

今までアービトラージを「道に落ちた一万円札拾い」に例えてきました。もうちょっとちゃんとした定義をすると、「市場でリスクを負わずに利益を得る機会」がアービトラージの定義です。日本語では裁定(機会)と言います。

端的な例は、同じ商品なのに違う価格で取引できる場合です。

米国では、同じ銘柄の株を複数の取引所で取引できます。アップル株をA取引所で109.61ドルで買い、同時にB取引所で109.62ドルで売ることができれば、リスクなしで1セントの利益が得られます。

通常、そのような価格差が生じるのは一瞬であり、しかも得られる利益はわずかです。でも、リスクのない取引なのだから、もしチャンスがあればいくらでもやればいいのです。一株1セントの利益でも、とてつもない規模でやればそれなりの利益になります。

もっとも、このような純粋なアービトラージの機会は必ずしも多くはありませんし、そうした機会をめぐる競争は非常に激しいものがあります。そこで、投資家たちは、アービトラージの概念を少しずつ緩めていくのです。いくつか例を見ていきましょう。

株価指数先物と現物株の裁定取引

これは、恐らくアービトラージ取引でもっとも有名な取引ではないでしょうか。

たとえば日経平均は、225銘柄の株価の平均から算出されています。そこで、日経平均先物の価格が現物株225銘柄の平均価格から導き出される理論価格よりも高ければ、先物を売って、現物225銘柄を買うのです(取引コストとの兼ね合いで、実際には必ずしも現物全銘柄を買うわけではありませんが)。現物株に対する先物の割高さが解消され、理論通りの価格に戻るときに利益を得られます。

国債アーブ

国債は、いろんな年限のものが取引されていますが、その利回りは年限に沿って一定の関係性を持ち、年限が近いものは利回りも近くなります。その関係を表したものがイールドカーブといわれるものです。ところが、様々な年限の国債の中には、この関係から少しだけずれたところで取引されるものがあるのです。

イールドカーブと裁定機会

理由は様々です。一般に国債市場での取引は一部の代表的銘柄に集中する傾向があり、そうした代表的銘柄(オン・ザ・ラン)は利回りが低くなる傾向があります。債券は利回りと価格が逆の関係なので、価格でいうと高くなっているわけですね。一方で、取引が集中しない銘柄(オフ・ザ・ラン)は、利回りが高く、価格は安くなっています。

また、リオープンといって、ある国債の銘柄が増発されることがあり、その場合には供給増を懸念して一時的にその銘柄が売られる(利回りが高くなる)こともあります。

でも、国債は国債です。割安になっているものを買い(図のA、B)、割高になっているもの(図のC)を売れば、いつかその格差がなくなったところで利益が上がるはずです。

こうした国債アーブも、得られる利益はほんのわずかです。でも、国債アーブのリスクは極めて小さく、また国債はかなり大きな金額でも取引できるため、取引額を大きくすることでそれなりの利益が出るのです。

こうしたアービトラージでは、リスクがゼロかとても小さく、かつ利益率も小さいので、借入などによってレバレッジをかけて、とにかく取引金額を大きくすることがポイントとなっていきます。

Next: さらに高度なアービトラージ戦略のアイデアいろいろ



CBアーブ

CBとは、転換社債のことです。社債なのですが、一定の条件で、投資家がそれを株式に転換できる権利がついています。株価が下がったら債券として保有し、株価が上がったら株式に転換して値上がり益を得られる、というものですね。

理論的には、CBは社債と株のコールオプションを組み合わせたものです。ですから、社債と株のコールオプションの価値を合計したものがCBの価格になるはずです。ところが、実際にはそこから少し価格がずれることがあるんですね。もし、

転換社債の価格<社債の価値+株のコールオプションの価値

ならば、転換社債は割安ということになります。

※コールオプション
対象となる資産をあらかじめ決められた価格で買う権利のこと。権利なので、自分が有利になるときに権利を行使し、自分が不利になるときには何もしなければよい

ここで、社債やオプションのリスクは、デリバティブや空売りなどを使ってヘッジすることができます。割安な転換社債を買い、社債のリスクやオプションのリスクをヘッジすることができれば、割安に購入した分が利益となるわけです。

キャピタル・ストラクチャー・アーブ

企業は、普通株、優先株、劣後債、普通社債など複数の手段で資金を調達します。それぞれ経済的な条件が違うので、価格も当然異なるわけですが、同じ企業が発行するという点で、これらの商品の価格の間には密接な関係性が存在します。でも、この関係が崩れるときがあります。たとえば、普通株が割高で優先株が割安だと思えば、普通株を空売りし、優先株を買えばいいわけです。

リスク・アーブ

合併・買収などのイベントが起きると、一般には買収元企業の株が売られ、買収先企業の株が買われます。でも案件が流れてしまえば株価も元に戻ります。合併・買収は、法律や競合他社の動向など非常に複雑な要因で成否が決まるわけですが、その成否の確率を推定しながら、両社株の売買をしていくのが、リスク・アーブです。

このようにアービトラージは、一般に、金融工学の知識や、精緻なプライシングモデル、法律を含めた複雑な状況判断、そして瞬時に大量の取引を執行できる体制などが不可欠です。

ということで、その多くはヘッジファンドなどのプロ向けの手法で、一般投資家には難しい取引ということになるわけです。

Next: 個人投資家でも取り組むことが可能なアービトラージ的手法とは?



アービトラージからリラティブバリューへ

アービトラージの定義はもっと緩めることができます。

たとえば、北米の自動車販売が伸びたのを好感してトヨタ株が上がっているのにホンダ株がそれほど上がっていないというような状況があったとします。こうしたときに、ホンダ株を買ってトヨタ株を空売りしておくのです。

ホンダ株が少し遅れて上がり始めたときに利益が出るだけでなく、先行していたトヨタ株が下落に転じたときでも利益が出ます。

これはペアトレードといわれ、トヨタ株とホンダ株を類似株として、割安な方を買い、割高な方を売るというアービトラージ的手法を適用したものです。

こうしたペアトレードは、一般の投資家でも取り組むことが可能なアービトラージ的手法といえるかもしれません。ただ、きちんとしたペアトレードをするためには、過去の株価の相関関係など、統計的な分析が前提となります。

ちなみに、このような統計的手法に基づくアービトラージ取引は、スタット・アーブと呼ばれていて、比較的単純なペアトレードから、かなり複雑な組み合わせで行う高度な戦略まで様々なレベルのものがあります。

このスタット・アーブは、いくつもの大手ヘッジファンドが主戦略として採用している非常に有力な戦略の一つです。

もっとも、このあたりからは、それなりにリスクもあって、純粋なアービトラージとは呼びにくい部分もあり、リラティブバリューという呼び方をされることが多いと思います。

もちろん、リラティブバリューにも、よりアービトラージに近いものから、かなり大胆な組み合わせを行うものまで、様々なレベルのものがあります。また、株の場合は、同様の戦略をロング・ショートと呼ぶことが一般的です。

Next: アービトラージやリラティブバリューに「死角」は存在するか?



ヘッジファンドはこれで儲けている

アービトラージやリラティブバリューは、グローバルなトレードの世界ではとても重要な位置づけのものです。

ヘッジファンドの戦略には時代によって様々な流行りがありますが、アービトラージ&リラティブバリューはほぼ一貫して大きなウェートを占め、またレバレッジを効かせることが多いので、実際の取引量は相当大きいと思います。

もちろん内容としては様々なレベルのものがあり、様々な手法があるわけですが、基本は、割高なものを売り、割安なものを買うということです。

つまり、相場全体が上がるか下がるかという方向性に賭けるのではなく、あくまでも関連性のある証券の価格の関係を見て、その価格差(または価格の比率)があるべき水準に回帰していくことに利益の源泉を見出しているわけです。

さて、このようなトレード手法に死角はないのでしょうか。もちろん、あります。

次回は、アービトラージ/リラティブバリュー戦略を採用していた巨大ヘッジファンドLTCMの破たん事例を中心に、そのあたりを見ていきましょう。
(この回終わり)


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