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From 東京都中央卸売市場 公式サイト

ゼロリスクという愚。豊洲水銀騒動に見る危機管理の心理学=内閣官房参与 藤井聡

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年10月18日号より
※本記事のタイトル・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

豊洲新市場の「水銀騒動」が、ただの空騒ぎでしかない3つの理由

大きく騒がれている「水銀騒動」

「豊洲」市場移転の件、これまで当方、空洞・がらんどうと報道されている「地下ピット」は、「技術的」に見ればより衛生的であると考えられる、と申し上げて参りました。

しかし、今となっては、豊洲が危ない!と煽り続けたメディアも政治家も世論も「振り上げたこぶし」のおろし方が分からなくなってしまっており、これからは「些末なこと」がことさら大きく騒ぎ立てられるだろう――と社会心理学や物語分析に基づいて指摘して参りました。

【関連】豊洲市場「空洞」騒動の真実。なぜデマが世論を席巻するのか?=藤井聡

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いわば、これまで豊洲の件で騒ぎ立ててしまった人々が「豊洲移転において何か大きな東京都の闇があって欲しい」「豊洲が実際に汚染されていて欲しい」という潜在的な願望を持っている、という愚か極まりない事態が、社会心理学に基づく冷静な分析から予期されるに至っているわけです。

そんな中、今、特に豊洲の件で大きく騒がれているのが、以下の「水銀騒動」。

豊洲地下空洞の空気から指針7倍の水銀検出 健康に影響「直ちにはない」も… – ZAKZAK

この結果を受け、メディア上では「それみたことか!」とばかりに、激しく豊洲を非難する報道が続いています。

今度は水銀検出 “毒まみれ”の豊洲市場は取り壊すしかない – 日刊ゲンダイDIGITAL

大気から指針の7倍の水銀、豊洲専門家会議で怒号飛ぶ – News i

また、インターネット上でも、「豊洲移転はもう無理」「豊洲オワタw」という趣旨の発言が散見されているようです。

では、ホントに「豊洲移転はもう無理」なのかどうかを、「技術的」な視点で考えてみましょう。

Next: 技術的な視点で考えて「豊洲移転」はどうなのか



第一に、大気や土壌の中に水銀が含まれることは、きわめて一般的です。それが「ある」こと自体を騒ぎ立てることは、ナンセンスです。
https://www.pref.saitama.lg.jp/cess/cess-kokosiri/cess-koko20.html

だから問題はその「濃度」なのですが、それについての「国の指針」は、大気中の水銀は1立法メートルあたり「0.04ug」以下(ug = マイクログラム)。

今回はその7倍の、1立方メートルあたり「0.28ug」が、地下ピット内のいくつかの空気中で検出された、とのこと。これが今回の「騒動」の原因なのですが、そもそもこの「国の指針」というのがどこから来ているのかといえば(後ほど詳述しますが)、「その空気を、生涯吸い続ける」ことで、健康被害が生じるリスクが無いとは言いきれない濃度を意味しています。つまりそれは、私たちが四六時中呼吸している生活空間の「大気」の基準なのです。

したがって、今回取り沙汰されている「国の大気の指針」なるものは、通常人が立ち入ることがない「地下空間内の空気」の質を云々するような指針とは全く別。そもそもその地下空間内に住み続ける人なんてどこにもいないのですから、今回の一件は「オワタ!」等と大騒ぎするような話ではないのです。

にもかかわらず、それを知らない(そして、豊洲の汚染が真実であってほしいという潜在的願望を根強く持っているであろう)記者やネット住人達が騒ぎ立てている…というのが実態だという次第です。

とはいえ、食品を扱う市場の下の空気が汚染されているのは、なんだか不安――と言う方もおられるかもしれません。しかしその点についても、少なくとも今回の報道情報から判断する限り、過剰に「不安」がる必要は全く無いと筆者は考えます。

詳しくは、文末の【付録:水銀の環境指針について】に記載しますが、そもそも、今回参照された「国の指針」である「0.04ug」という数字は、どれだけ体重が軽い人でも、仮に懐妊していても母胎のみならず胎児にすら影響が出ることはほぼ「絶対」ないと言い切れる水準です。

つまり日本の環境の指針は「安全側すぎるほどに安全な指針」ともいえるものなのであって、実際、ドイツでは、健康に被害が出る水準として設定されているのが「0.35ug(1立方メートルあたり)」という約9倍の水準ですし、
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002kunp-att/2r9852000002kusc.pdf

WTOでは「1ug(1立方メートルあたり)」という約25倍の水準となっています。
https://www.pref.saitama.lg.jp/cess/cess-kokosiri/cess-koko20.html

だから、今回の豊洲で報道されている水銀量は、極めて厳しい「日本の指針」を「7倍」という形で上回る結果が示されましたが、環境に厳しいドイツを含めた諸外国では基準値以下の「安全」と言われる水準なのです。

さらに言うなら、もう一度繰り返しますが、あの地下空間に住み続ける人などいないのですから、この基準で考えること自体がナンセンス。

日常的に摂取する「飲料水」とそうでない「排水」の基準では10倍の開きがあるのですから、「地下室内の空気」も、日常的に摂取する大気の基準を「10倍」の基準で考える方が合理的ということもできるでしょう。

そう考えれば、日本の指針の「7倍」となった今回の地下室内の空気は、日本の極めて厳しい(日常的に摂取しない空気として想定される)環境指針をも「クリア」できるほどに「衛生的」な空気だということもできるでしょう。

以上の議論だけでも十分だと思われますが、さらにだめ押しでもう一つ付け加えるなら、この地下空間内の空気なぞ「換気」をすれば、一気にその濃度が低下することは火を見るより明らかです。

実際、東京都の「専門家会議」の委員も十分知っていて、平田健正座長も「換気」の必要性について言及していることを最後に申し添えておきましょう。

Next: まとめ:「豊洲移転」が全く問題にならない3つの理由



第一に、今回取り沙汰されている基準は「日常的に生涯」吸い続ける大気についての基準であり、地下室内の空気に当てはめて騒ぎ立てるのはナンセンス極まりない話である。

第二に、「換気」すれば一気に問題は解決するであろう問題である。

第三に、今回の地下室内位の空気を、「仮に、一生涯吸い続けた」としても、「体重50kgの妊婦においてすら、母体のみならず胎児にも影響がでない」と言われるほどに安全な水準のものである。

以上の三つが客観的事実なのです。

筆者は、これら三つの論点はどれ一つとっても、それだけで「大騒ぎする必要性がない」ことを示す論拠であると思われますが、今回はこの三つが「同時」に成立しているのですから、技術的に判断すれば、騒ぎ立てる必要など「全く無い」状況なのではないかと考えられるのです。

ただし…「一旦、何かのリスクが気になりだしたら、ちょっとしたことで大騒ぎしてしまう」という事態は、何も今回の豊洲の一件だけではありません。そういうことがくり返されていることは、「リスク心理学」という学問の中でよく知られた客観的事実です。

つまり、存在論的な不安にさいなまれている現代人は、ちょっとしたきっかけがあれば過剰にリスクに怯え、絶対に達成できない「ゼロリスク」を求めてしまう――というきわめて不条理で愚かな存在なのです。
参考書籍:『リスクの社会心理学 –人間の理解と信頼の構築に向けて』編:中谷内 一也 / 刊:有斐閣

残念ながら、今回の豊洲の件は、まさにそういう人間の愚かさを証明する典型例となってしまっているように思えます。そんな愚かさを乗り越えるには、自らが如何に愚かな存在となり得るのかを知ること。これから当方も是非、そんな「無知の知(自らの愚かさの自覚)」を忘れないようにしていきたいと思います。

Next: 付録:水銀の環境指針について



付録:水銀の環境指針について

日本の食品安全委員会は、人が一生涯とり続けることが出来る水銀の上限(暫定耐容一週摂取量)は、メチル水銀について2ug/kg体重weekだと定めています(ちなみに、この数値は、「妊婦の胎児への影響」を加味したものですので、かなり「安全側」の数値となっています)。
http://jccu.coop/food-safety/qa/qa02_02.html

これはつまり、例えば体重50kgの人なら、一週間あたり100ugまでは摂取しても健康被害はない、ということを意味します。

一方、人間は一日平均14.4立法メートルの空気を呼吸することを考えると(http://www.daikin.co.jp/naze/html/d_1.html)、体重50kgの人なら、その人が仮に妊婦であっても、1立法メートルあたり約1 ugの空気を一生涯吸い続けても、健康被害はない、ということになります(100/(14.4×7)=0.99)。

そして、今回地下空間で検出された水銀濃度は「1立方メートルあたり0.28 ug」ですから、仮にそれが全て「メチル水銀」であったとしても(実はそうでない可能性の方が高いですが)、「体重50kgの妊婦が、一生涯、この空気を吸い続けていても、母体のみならず、胎児にも影響がでない」ということになります。

もちろん、人はいろいろな食品から水銀を摂取するかもしれませんし、より体重の軽い方もいますから、そうしたこともそれも踏まえて国の指針は、「0.04ug」という極めて低い値に設定されているわけです。

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