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住商巨額損失事件のウラ~私が元上司の「簿外取引」を通して学んだこと=江守哲

江守哲氏は1996年、当時勤務していた住友商事で上司だった浜中非鉄金属部長の簿外取引(住商巨額損失事件)に遭遇し、その後始末として2600億円の損失確定処理を行うという異例の経験をしました。

本記事では、メルマガ『江守哲の「投資の哲人」~ヘッジファンド投資戦略のすべて』内で好評連載中の「マーケット人生物語~私の人生を変えたアノ事件」より、当初1800億円と発表されていた損失が膨らんだ理由や、江守氏が損失処理を通して気づいた銅取引の基本についてご紹介します。

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プロフィール:江守 哲(えもり てつ)
エモリキャピタルマネジメント株式会社代表取締役。慶應義塾大学商学部卒業。住友商事、英国住友商事(ロンドン駐在)、外資系企業、三井物産子会社、投資顧問などを経て会社設立。「日本で最初のコモディティ・ストラテジスト」。商社・外資系企業時代は30カ国を訪問し、ビジネスを展開。投資顧問でヘッジファンド運用を行ったあと、会社設立。現在は株式・為替・コモディティにて資金運用を行う一方、メルマガを通じた投資情報・運用戦略の発信、セミナー講師、テレビ出演、各種寄稿などを行っている。

大量ポジションを持つことで初めて可能となる収益の上げ方がある

元上司による銅取引の巨額損失を処理

来る日も来る日も、元上司による銅取引の巨額損失の処理を進める日々が続きました。

さすがに、飽きてきました。何のためにやっているのか。これをやり続ければ、何か良いことがあるのか。

考えれば考えるほど、深みにはまるような気になってきました。

そのうえで、本社も含め、非鉄金属取引の基本をわかっていない。話が通じない相手に、一から説明することによるフラストレーション。

本社の、それも財務部門に居るだけに、プライドだけは高い(笑)。後輩社員までもいろいろ言ってくるので、さすがにこちらも切れます(笑)。

この処理をしている中で驚いたのは、これだけ社員がいても、非鉄金属取引の現場を理解している人間がほとんどいなかったことです。

住友商事といえば、世間でいえば大手商社です。それなりの人間が入社しているのですが、結局は縦割りで仕事をしているので、「隣の人は何する人よ」の世界です。

極端な話、部署が違えば、別会社です。交流もほとんどありませんので、5メートル隣の席の人は何をやっているのか全く知らない、ということも普通のことでした。

当時の住商はそんな感じでした。

ゴールドマン・サックス本社社長に上り詰めたゲリー・コーン氏

さて、処理は処理で進める必要があります。苦しい中、毎日本社とゴールドマンサックスのフロントオフィスのディーラーと、ミドルオフィスのポジション・資金管理部隊との打ち合わせに時間を取られる日々でした。

ある時点から、その日のトレードの指示を出す相手は、途中からNYからやってきた責任者に変わりました。彼と毎日打ち合わせを行い、ポジションの解消を進めていきます。その男は、とにかく体と声がでかい(笑)。

今日はどうするんだ!

フロア中に響くような声で、怒鳴りつける感じで聞いてきました。その当時は、ただの現場の責任者だと思っていました。しかし、その男はのちにゴールドマン・サックス本社の社長にまで上り詰めた、ゲリー・コーン氏でした。

このような男と毎日やりあっていたのかと思うと、何か誇らしいところもありますが、それはあくまで今となってからの話です。当時は、とにかくこの嫌な業務から早く解放されたい一心で、どんどんポジションを処理しようと考えていました。

それこそ、ポジションを解消する際に出る損失などはお構いなしです。それが本社からの指示でした。

「とにかく処理を優先しろ」住商本社から指示

私は「このポジションを短期間で解消すれば、マーケットが下がるだけで、損失は膨らみますよ」と何度も本社に言いました。しかし、本社の指示は、「とにかく処理を優先しろ」というものでした。

まさに、ブローカーであるゴールドマン・サックスの収入が増えるだけでした。売り注文を出すのがわかっているわけですから、収益が上がるのは当然でした。この処理で相当収益が出たはずです。だからこそ、コーン氏はのちに出世できたのかもしれません。

ちなみに、当初会社は、銅事件による損失を1800億円と発表していました。それが、処理が終わると2600億円に膨らんでいました。いろんな費用が含まれているのでしょうが、そのほとんどはマーケットで叩き売った結果でした。

私は住商を退職した後、興味本位で当時のポジションを全く売らずに保有し、10年後に売ればいくらの収益になったかを計算しました。簡単にいえば、社員全員に1億円のボーナスを支払うことができるほど、銅価格は戻しました。

損失が出て、早く処理すべきとの会社の考え方は理解できます。しかし、これはあまりにもったいない話だったなぁと思います。結局、私が会社に進言したとおり、安値での売却を進めてしまったわけです。

この処理を進める中で、非常に面白いことが起きました。その中で、私は非鉄市場で収益を上げる方法を理解することになったのです。

Next: 見た目は穏やかでも相場は超強気。浜中さんの簿外ポジションは巨大すぎた



損失処理と「楽しい」日々

元上司が残したポジションにより発生した損失の処理のため、来る日も来る日もゴールドマン・サックスのオフィスに通い、一日を過ごす日々が続きました。こうなると、自分はどの会社の人間なんだろうと勘違いするようになるほどでした。このように、毎日通っていると、他社の人間でも、いろんな人たちと深い話をしますので、だんだんと仲良くなってくるものです。

最初は言い合いをしていたミドルオフィスの人間たちとも仲良くなり、コミュニケーションも上手くとれるようになってきました。損失処理をしていることを忘れるほどの雰囲気でした。不謹慎かもしれませんが、楽しいと思ったこともありました。

そういえば、身重の家内が、朝からおにぎりを作ってくれ、それを持たせてくれたことはいまでも忘れられない思い出です。娘が生まれる直前で、さらに長男もまだ2歳と大変な時期でしたが、一番迷惑をかけている家内のやさしさが身に沁みました。朝からこのおにぎりを食べながら、何とか早く処理を終わらせたい、そして自分の次のステージをどうすべきなのか、そのように考えるようになりました。

勘弁してよ、浜中さん

さて、このような日々を過ごしていると、面白いことに気づきました。それは、大量にポジションを持つことで可能になる、収益の上げ方です。

今回の損失の発端は、簿外取引をしていたことでしたが、残されたポジションの大半がロングポジション、つまり買持ちでした。買い持ちということは、価格が上がれば利益になるわけです。つまり、元上司の浜中さんは価格上昇に賭けていたことになります。

浜中さんは見た感じは穏やかでしたので、とても強気でロングをガンガンに張るようには見えないひとでした。しかし、マーケットではロングで収益を上げるトレーダーとして知られていました。残された簿外のポジションも、結果的にほとんどが買い持ちだったわけですが、この処理が大変だったことは言うまでもありません。

大量に残ったロングポジションをマーケットで売却するのは、簡単ではありません。売りを出せば、価格が下がってしまい、さらに評価損が膨らみます。最終的には売却価格も安い水準になり、損失が拡大することになります。

それは避ける必要がありました。しかし、本社からは「早く売り切れ!」との命令が飛んできます。

Next: 銅市場は簡単に「買い占め」ができる。私の大きな経験と気づき



「現引き」で対処、積み上がっていく倉荷証券の山

先物市場や先渡市場で取引をしたことがある方はわかると思いますが、それぞれのポジションには保有期限があります。ある期日が到来すると、そのポジションを反対売買をして解消する必要があります。

しかし、その場で売ってしまうと、価格が下落する可能性があります。それを回避するにはどうすればよいかを考えるようになりました。

その結果、ロングポジションの最終取引日の期日が来た時に、そのポジションの代金を支払い、現物を引くことを考えました。いわゆる現引きです。

株式市場でもそうですが、ロングポジションはそのポジションのいわゆる丸代金を支払えば、その分の現物を引き取り、保有することができます。この考えを利用して、私はロングポジションの代金を支払い、現物を引くことを提案しました。

銅などの非鉄金属取引では、この場合の現物は厳密には倉荷証券(ワラント)と呼ばれるもので代替されました。ワラントは、ロンドン金属取引所(LME)が指定する世界の倉庫に保管されている現物の証書であり、これを倉庫に持ち込めば、実際にその現物を持ち出すことができるのです。

残されたロングポジションは大量にあり、ほぼ毎日のように期日が到来しました。その都度、ポジションの解消をしていたのでは大変なので、私はこれらのポジション分の資金を本社に出してもらい、現物を引くことを提案し、了承されました。

結果的に、毎日のように現引きを行うことになり、徐々に現物在庫の証書であるワラントの紙が積み上がっていきました。当時はこの証書は株券のように実存していました。現引きをやりすぎたことで、ワラントを毎日のように数える日々が訪れました。

ワラント1枚は25トン分の銅でした。LMEでの最低取引ロットは25トンで、1ロット分の現引きをすれば、25トン分の銅の代金を支払い、保有することになります。しかし、銅地金は25トンちょうどではありません。24.990トンや25.015トンなどの端数が発生します。その端数の計算をしたうえで、資金の出入りが確定するわけです。このように考えると、非常に煩雑なことをしていたことになります。

銅市場は簡単に「買い占め」ができる

その結果、私は日本人で過去にもその先にも、ワラントをもっとも多く数えた人間になったのでした。

そして、そのワラントを大量に抱えることになったことで、市場は混乱し始めました。住商がロングポジションをどんどん現引きしたことで、マーケットにおける現物在庫がひっ迫するようになったのです。

ここで私は非常に大きな経験をし、知識を得ました。つまり、資金さえあれば、銅市場は簡単にスクィーズ、つまり買い占めができるということです。

この作業を続けているうちに、気づくと住商は世界のマーケットに出回っているワラントの95%を超える銅現物を保有することになったのです。

つづく。


本記事は『江守哲の「投資の哲人」~ヘッジファンド投資戦略のすべて』2016年10月31日,11月7日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。月単位でバックナンバーの購入もできます。

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江守哲の「投資の哲人」~ヘッジファンド投資戦略のすべて』(2016年10月31日,11月7日号)より一部抜粋・再構成
本記事のタイトル・本文見出しはマネーボイス編集部によるものです

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株式・為替・コモディティなどの独自の市場分析を踏まえ、常識・定説とは異なる投資戦略の考え方を読者と共有したいと思います。グローバル投資家やヘッジファンドの投資戦略の構築プロセスなどについてもお話します。さらに商社出身でコモディティの現物取引にも従事していた経験や、幅広い人脈から、面白いネタや裏話もご披露します。またマーケット関連だけでなく、野球を中心にスポーツネタやマーケットと野球・スポーツの共通性などについても触れてみたいと思います。

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