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安倍首相に勝算は?「トランプノミクスvsアベノミクス」3つの戦い=斎藤満

安倍総理は米大統領選挙の結果をうけて、早速11月17日にトランプ氏との会談をセットしました。政権周辺では、むしろトランプ大統領のほうが都合が良い、との声があります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

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「トランプ大統領」誕生でほくそ笑む安倍政権に死角はあるか?

まさかのトランプ圧勝で市場動揺も急反発

11月9日、米国大統領選挙の結果が最初に判明する市場となった東京市場では、開票が進むたびに安堵と不安が交錯、フロリダ州をトランプ氏がとりそうとなった時点で、日経平均は800円以上急落し、為替は円が急騰しました。午後、トランプ氏の勝利が報じられると、株価は一時1000円以上下げドル円は101円台をつけました。

米系証券G社は、トランプ氏の事業の債権者でもあり、支援部隊に加わっていましたが、彼らが米国株の先物を売り崩していたと言われ、ダウ先物も一時800ドルの急落となったことが不安を高めました。

かねてから「もしトラ」つまり、もしもトランプ氏が大統領になった場合には、トランプ氏が主張する「内向きの保護主義政策」が日本や周辺国には大きな負担になると言われており、株売りとリスクオフの円高が進みました。他のアジア市場も大混乱でした。

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ところが、東京時間から欧州時間に移るころから、先のG証券はトランプ大統領による積極財政を喧伝してダウ先物を買い戻し、一晩のうちに下げを取り戻し、米国市場ではむしろ200ドル以上の上昇となり、ドルも反発、ドル円は101円台から105円台に、翌11月10日には107円一歩手前まで円安となりました。

これで東京市場でも株価はトランプ・ショックで下げた分をすべて取返し、安倍政権にも安堵が広がりました。

安倍政権周辺では「しめしめ」の声も

安倍総理は早速トランブ氏に祝辞を送り、米国とこれまで以上に緊密な関係を構築し、一緒に楽しく仕事をしたいと前向きな発言をし、早速11月17日にトランプ氏との会談をセットしました。

実際、安倍政権周辺には、クリントン氏よりむしろトランプ氏が大統領になった方が都合が良い、との声があります。彼らにしてみれば、今回の結果に、「しめしめ」との思いがあるようです。

トランプ大統領の方が都合が良い点として、ロシア外交が進めやすいとの思いがあります。これまで長年ロシアと北方領土の返還平和条約の締結に向けて準備し、交渉を進めてきましたが、肝心なところで米国から横やりが入り、まとまるものもまとまりませんでした。

ですから、政府は次期大統領をクリントン氏と見て、事前に反ロシアのクリントン氏の感触を探っていました。

その点、ロシアのプーチン大統領を立てるトランプ氏が大統領になれば、日ロ交渉は進めやすいとの期待があります。来月の日ロ首脳会談を前に、直前になってプーチン大統領から、あらかじめ時限を切って平和条約の交渉を進めるのは有害だ、との発言があり、はしごを外された感がありますが、これも米国の圧力だったとの見方がありました。

しかしトランプ氏の勝利となれば、来月のプーチン大統領との首脳会談にも期待が持て、改めて成果をあげ、それを解散カードにしたいとの思いはあるでしょう。

もう1つの好都合

またトランプ氏は、かねてより「ただで日本を防衛する義務はない。北朝鮮が心配なら、自分で何とかしろ。必要なら韓国も日本も核を持てばよい」と言っていました。

日本が原発を続けている背景には、プルトニウムを所持し、いつでも核兵器を作れる準備をしている面があり、安倍総理にもその考えがあると言われます。クリントン氏が大統領では、まず日本の核武装は無理でしょう。

はたして、こうした「好都合」が実現し、安倍総理が期待するような、一緒に楽しく仕事ができる環境になるのでしょうか。そこには、少なくとも3つの難題が控えています。

難題1. チャイナ・ショック誘発リスク

まず1つ目の難題としては、トランプ大統領の経済運営が、中国や新興国を危機に陥れるリスクがあり、それが日本経済にも大きな負担となることが挙げられます。

この問題、当初は「アメリカ第一主義」「保護主義」が世界経済を縮小、ないしは冷やすと懸念されましたが、どうも別のルートから圧迫しそうです。それは今回市場が好感した「積極財政」の副作用です。

本来、世界経済が低迷している中で、超大国米国が積極財政で需要を拡大してくれることは良いことと認識され、だからこそ今回も主要国の株価を押し上げ、デフレ懸念を緩和しています。

しかし、今の米国で大規模な財政需要の追加をすると、これらメリットよりも、副作用がより強く出る懸念があります。

Next: 米10年債利回りが急騰した怖い理由/TPPや日米安保の行方は?



米10年債利回りが急騰した怖い理由

副作用の予兆が、米国の長期金利急騰に現れています。米国の10年国債利回りは、選挙前には1.8%前後でしたが、選挙から2日後の10日には一気に2.1%を突破して急騰しています。その原因が、トランプ氏の10年で500兆円という大規模減税案と、大規模な公共投資で全米の橋や道路、トンネル、学校をピカピカにする、との積極財政にあります。

今日の米国は失業率が4.9%と、ほぼ完全雇用に近く、これ以上需要を追加しても人手不足で生産を増やせません。すると、実質成長率が高まらないまま賃金、インフレが上昇し、FRBはより大幅な利上げをしなければなりません。しかも財政赤字が急増し、国債の増発を余儀なくされます。それだけ長期金利は大きく上昇します。

実際、この2日間だけでも大幅な金利上昇が起こり、新興国や世界の資金が米国に流入、ドルが急騰しています。中国や新興国では資金が流出し、通貨が下落するうえに、ドル金利の上昇、ドル高でドル債務の返済負担が高まります。

かつての中南米危機、アジア危機のように、対外債務の多い新興国ほど、大きな打撃を受けます。11日のアジア市場ではすでに資金の流出が見られ、市場が警戒を始めました。

「トランプノミクス」はブレーキのない暴走列車

今はまだ「期待」だけでこれだけ動きます。いずれ大統領に就任し、「トランプノミクス」が実践に移ると、さらにこれが加速します。幸か不幸か、今回の選挙で大統領から上下両院全て共和党支配となったので、トランプ氏の拡張財政にブレーキがかかりにくくなっています。これが実践されると、米国はインフレが進み、金利は大幅に上昇しドル高も進みます。

そうなると、債務の大きな中国、南米のベネズエラ、アルゼンチン、ブラジル、そしてアフリカの国でも債務危機が生じるリスクが高まり、さらに中国はベネズエラやアフリカにも資金支援していて、これらが焦げ付くと、中国の危機はさらに高まります。中国は当座こそ外貨準備で保有する米国債などの処分で乗り切ろうとしても、それではすまなくなります。

中国経済が危機に陥ると、日本経済も米国も打撃を受け、景気が悪化するだけでなく、中国への資金支援も必要になると思います。中国が売ろうとする米国債を日本が引き取る羽目になることも考えられます。直接中国が売ると、さらに米国金利が上昇するからです。

ドル高になれば、今回トランプ氏に投票したオハイオ・ミシガンなど、グローバル化で疲弊し生活が苦しくなった自動車、鉄鋼など製造業主体の地域が、競争力の低下で一層苦しくなります。

トランプ大統領は彼らを裏切るわけにはいかず、ドル高の裏返しで日本の円安や人民元安を「為替操作」として責めてくる可能性もあります。中国が危機に陥っても、米国がドル高で苦しんでも、結局、安倍政権のアベノミクスを困難な状況に追いやります。

Next: 難題2.「TPPの梯子外し」と保護主義台頭リスクにどう対処する?



難題2.「TPPの梯子外し」と保護主義台頭リスク

米国の拡張財政による副作用で金利高ドル高が進むだけでなく、完全雇用で供給力がなければ、需要の追加は米国にインフレと輸入の増加を招き、貿易赤字が急増します。

そうなると、ただでさえ「米国第一」を掲げ、保護主義に傾くトランプ大統領を一層保護主義に傾斜させます。これが第2の難関で、メキシコや日本、アジアからの輸入品に関税をかけてくる可能性もあります。日本の自動車業界などは大きな影響を受けます。

その状況下ではTPP(環太平洋パートナー協定)がまとまらなくなります。TPPというのは不思議な問題で、安倍総理もオバマ大統領ももともとはTPP反対の立場でした。それがいつの間にか影の大きな勢力の力によって、TPP推進に転向することになりました。

クリントン氏もTPP反対と言いながら、最後は転向するとの目途が立っていたと聞きます。

ところが、トランプ氏の場合はやや状況が異なります。彼は大統領に就任した初日にTPPから離脱すると公約しました。側近によれば、最大限譲歩しても、大幅修正して再交渉と言っています。日本政府は再交渉をしないと言っています。

TPPは本来、「強者の論理」ですが、米国の疲弊した経済、病める米国の再建者として登場したトランプ氏は、これら弱者の立場を無視できません。

トランプ氏がTPPに断固として首を縦に振らなければ、TPPは成立条件を満たしません。安倍政権が国民の反対を無視してまで半ば強行採決したTPPも、もとはと言えば米国のためでした。それが米国自身「ノー」となれば、何のために無理をしたのかわからなくなります。

まして再交渉となれば、為替条件が取り込まれたり、米国の弱点である自動車業界の保護から、日本への条件がさらに厳しくなったり、農業部門で切り込まれたりと、これまで以上に日本は不利な条件を突き付けられます。

これは、もともとTPPに反対であった安倍政権には受け入れがたい問題となり、そこまで譲歩すると、安倍政権の根幹を揺るがせます。

Next: 難題3. 日米安保条約の崩壊リスク。日ロ交渉に“落とし穴”が



難題3. 日米安全保障条約の崩壊リスク

そして3つ目が安全保障問題での困難です。トランプ氏はかねてより「アメリカはもはや世界の警察官の役割を果たせない」と言っています。

そして日本に対しても、「米国は日本を守るが日本は米国を守らない。そんな不公平があるか。米軍の駐留コストを全額負担するか、北朝鮮など自国への脅威に対しては自分で何とかするかだ」と言っています。

沖縄では米軍が引き揚げてくれる期待と、米兵がいなくなっては商売ができないとの声が混じっていますが、日本政府も韓国政府も、何とか米軍にとどまってもらって、中国などの脅威に対する抑止力にしたいとの思いがあります。

そうなると、これまで以上に「思いやり予算」を増やすことになって財政を圧迫する懸念も出てきます。

日本の核保有

しかし、本当の難題は、安倍政権が密かに「チャンス」と見ている2つの問題が、逆に大きな足かせになる恐れがあることです。1つは日本の核保有です。

もちろん表立っては言いませんが、安倍総理周辺には、密かに核保有の準備を進める動きも指摘されています。原発を進める傍ら、プルトニウムを作っているのはそのためとも言われます。

その点、小泉元総理などは、野党は反核、反原発を掲げて選挙すれば、かなり勝負できると指摘しています。核問題や原発を争点にされることは、安倍政権にとっては想定外の足かせになります。

日ロ交渉の「落とし穴」

もう1つが北方領土問題など、日ロ交渉のチャンスに潜む問題です。トランプ大統領の米国なら、日本がプーチン大統領と接近しても文句は言わないだろうとの読みがあります。確かに、反ロシアのクリントン氏が大統領になるよりは交渉を進めやすいとしても、そこに1つ落とし穴があります。

日本が経済8分野などで協力姿勢を見せていることで、ロシアがある程度日本に歩み寄る可能性はあり、北方領土も一気に4島返還といかなくとも、2島を先行して返還の可能性は指摘されています。

問題は、その2島を日米安全保障条約の対象にするかどうか、という問題です。プーチン大統領とトランプ大統領が、無条件でこれを対象とすることで了承するとは考えにくい面があります。

Next: トランプ大統領は、決して「やさしい交渉相手」ではない



日米安保に開く「大きな穴」

では、ということで、この2島だけ日米安保から除外するという「例外」を設けると、そこから風穴が開き、日米安保の根幹が揺らぎます。

北方領土の一部返還の代わりに、日米安全保障条約に大きな穴が開くことになります。これは安倍政権の本意ではないはずで、結果として日本の安全保障が大きく揺らぎ、安倍政権も揺らぐことになりかねません。

トランプ大統領は、日米安保を日本が「ただ乗り」しているとの不満を持っています。日本が相応のコスト負担をしない限り、これ以上安保条約で日本を守るフィールドを増やすとは考えにくい面があります。

日ロ平和条約、北方領土の返還交渉が、日米安保の基礎を揺るがすことにならないか、十分な準備をしてかからないと、安倍政権には大きな爆弾ともなりかねません。トランプ大統領は、決してやさしい交渉相手ではありません。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年11月13日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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