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間近にみた「哲人投機家」 木佐森吉太郎は新人証券マンに何を語ったか

投資歴54年の山崎和邦氏が思い出の投機家を振り返る本連載、今回は罫線理論の大家・木佐森吉太郎氏です。若き山崎氏が、師と仰ぐ木佐森氏の自宅に押しかけて得た言葉とは?

野村の超ヤリ手が新人証券マンに薦めた「木佐森吉太郎」本

今回は“哲人投機家”たる木佐森吉太郎(きさもり・きちたろう)師の話をしよう。

著名な人だから頭文字のアルファベットでなく本名で書く。師は数々の名著で知られる東大美学科中退のインテリ罫線家で、戦前の野村証券出身である。

如何に多くを思索し、少なくしか書かないか。如何に深く哲学し、少ししか語らないか。「行間を読め」と無言で語りかけてくる、木佐森吉太郎師とは、そういう人だった。若者を東西の古典に誘い読書子に育て、「相場を哲学する」道に誘導する。

師は間違いなく私の青春を形成した重要人物・投機家の一人だ。私は僅か二度会っただけだが、少々大袈裟に言えば、我が人生を支配した存在である。

私は1961(昭和36)年に野村証券に入社したが、当時交際していた幼な友達の少女(これが53年連れ添った古女房)以外は、周囲の誰もが、私の野村入りに反対だった。

すでに入社誓約書を提出済みの昭和電工(※1)を辞退する必要があったからである。もちろん私自身、大いに迷った。

ところが、まだ学生の私が人生を選択しかね野村を訪ねたところ、長身痩躯・白面の貴公子然とした社員が応対してくれ、ワイシャツを腕まくり、半ばヤクザがごとき口調でこう諭したのである。

「考えるまでもない。断然、昭和電工へ行くべし。その方がホワイトカラーとして安定したエリートの生活ができる。世間体もいい、給与もずぅっと高いはずだ。彼女も内心はそう思っているはずだ。いいか、よぉく銘記しておけ。野村へ来れば銀行員と新聞記者とヤクザを兼務するようなものだ。しかも昼夜兼行だ

それを聞いて私は「面白い、ココに決めた!」と瞬時に決断したのだった。その時はお礼だけ言って帰ったが、翌春、野村に入ると彼は私を覚えてくれていて、一見して「馬鹿だな!お前。こっちへ来たのかぁ」と言った。

これが入社最初の挨拶で、その相手こそインテリ・ヤクザならぬ、東大法学部卒のヤリ手営業マンにして、36年後に野村証券社長になる鈴木政志さんその人だった。

そのような縁があって、私が右も左も解らないまま仕事をこなし1年が経った頃、当時所属していた本店営業部の課長が「株を商う時間は株屋だ。株の本質を解れ」「株屋的ド根性と証券マン的知性を持て」と言って示した本こそが『新株式実戦論』(木佐森吉太郎著 / 東洋経済 1957年)である。

当時の野村には、凄い奴、恐るべき奴、尊敬すべき奴、変な奴、怪しい奴、これらが熱気の中を闊歩していたと以前書いた。この課長もその一人で、府立一中から海軍兵学校ヘ進み、終戦後に名古屋大学を卒業した凛々しいインテリ、後に国際証券(※2)常務となる新見好巳さんだった。

そのような知性派の人がガラにもなく「株を商う時は株屋だ」とまで言って薦めてくれた本だから、新人の私は俄然興味を惹かれ、『新株式実戦論』を貪るように読んだ。

Next: 『新株式実戦論』が示す株式市場の実相 勝者の条件は技術のみにあらず

※1 昭和電工
総合化学メーカー大手。1949年5月東京証券取引所上場

※2 国際証券
野村証券系、後に三菱グループ入り。現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券

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『新株式実戦論』が示す株式市場の実相 勝者の条件は技術のみにあらず

木佐森師の『新株式実戦論』は、ヘーゲルやニーチェ、ベルクソン(※3)などの思想・哲学を通して罫線の意味を教えるとともに、兵学の古典『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』を引きながら、株式市場に処するに必須なのは投資家の戦国武将的資質だと断じている。

私はこの本に引用されている古典を片端から読んだ。『孫子』は薄いから自然に全部を諳んじたが、『戦争論』は実に分厚かった。

「戦争は他の形態をとった政治の延長である」という有名なテーゼがあるが、独仏戦争ではこの哲学を体現したプロシア軍が勝ち、技術論に走った仏軍は敗れた。技術に対する哲学の勝利である。

クラウゼヴィッツは戦術レベルの不確実な情報を重視しなかったが、『孫子』は政治・戦略上の情報を重視し、改めて「用間編」という一編を設けて解説している。

「用間」とは間者を用いる方法と心構え。情報(インテリジェンス)活用の点で『孫子』がクラウゼヴィッツに優るという意見は多く、ナポレオン、毛沢東、ルーズベルトも愛読したとして知られている。

株式資産構築の掟である「儲け易いところで儲けるべし」の基本は『孫子』軍形編にある。「いにしえの善く戦うものの勝つや 勝ち易きに勝つ」これは昔から戦い上手な者は勝ち易い方法で勝ってきた、というほどの意であって、「故にそこに勇武なく智略なし」と続く。

つまり特別な度胸も特殊な智恵もいらない、前回書いた南紀の素封家・Tさんのようでいいのだ、と言っている。このTさんに、有名な風林火山のもとになった『孫子』軍争編を当てはめればこうなるだろう。

「静かなること林の如く」株をナンピン・買い集め、保有株が15%高した程度ではウロチョロ売り買いせず「動かざること山の如く」保有し続ける、そしてドレイファス・ファンドの買いで急騰したら「動くこと雷(イカヅチ)の震うが如し」とばかりに売り切る――。

木佐森師は決して丁寧に説明しない。古典に親しみ行間で解れ、との姿勢だったが、若かった私はどうしても一目、師と仰ぐ著者に面会したくなった。

Next: ついに叶った師との対話。哲人投機家・木佐森吉太郎は何を語ったか

※3 ベルグソン
アンリ・ベルクソン(1859-1941)はフランスの哲学者。主著に『時間と自由』『物質と記憶』など
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ついに叶った師との対話。哲人投機家・木佐森吉太郎は何を語ったか

『新株式実戦論』を耽読する私は何とかして、一度だけでも木佐森師に会いたいと思った。だがアポイントは取れない。そこで無礼を承知の上で、ある日曜日、勝手に自宅に押し掛けて行った。

応対いただいた奥様と思しき人に、意を決して切り出す。その時のやりとりは次のようであったと記憶している。

「先生に少々のお時間を頂いて、謦咳(けいがい)に接する事が出来ればと思って……」
「それはどういう意味でしょうか?」
「相場の心について一言賜りたいのです。一言でいいのです」
「なおいけません。木佐森は語らないし書きません
「それでは遠くからお姿を眺めるだけでも。それなら如何ですか」
「そんなことしてどうなります?」
「哲人というものは遠くから拝するだけで、何か得るものがある筈です」

しばらくの沈黙の後、奥様は私の真剣さに呆れたか、丁重に座敷に通してくれた。

そこで初めてお目に掛かった木佐森師は、ごく普通の、穏やかそうな静かな佇まいの人物だった。眼光炯炯として鋭く、一瞥してヒトを射抜く愒眼の士を想像していたから、少々拍子外れの感があった。

とはいえ、「私の本を読んで、そんなことも解らないで来たか」と叱られそうで、しばらくは何も言葉を発せない。

私がやっとの思いで「先生のご本の本義を一言で尽くせば何でありますか」と絞り出すと、

それなら簡単です。本を捨て去ることです

と木佐森師は応じた。

「本を捨て去る、ですか。いま少しく解説を……」
時にはこの本から学び、時にはこの本を捨て去り、融通無碍(ゆうずうむげ)に動くことです。この本に縛られてはいけません

私にはこの一言で充分だった。その時、自分の顔が紅潮したのが分かった。

「お分かりのようですね」
「はあ、なんとなく……」
「なお宜しい。スイカが冷えているから食べてゆきなさい」

時間にしてわずか15分ばかりのやりとりだが、私にとって生涯忘れがたい師からの薫陶だった。

Next: 木佐森吉太郎師と9年越しの再会~ニクソン・ショックの夏

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木佐森吉太郎師と9年越しの再会~ニクソン・ショックの夏

二度目に木佐森師とお会いしたのは、師の自宅に押しかけてから9年後の1971(昭和46)年だ。

当時、私は野村の高崎支店に勤めていて、土曜の午後、支店長と私の二人で、軽井沢に来ておられた野村証券・奥村会長(当時)の別荘を訪ねることになった。然るべき土産を用意し私に持たせた支店長は、京大の先輩にあたる奥村会長と親しかった。

奥村会長の別荘に到着し通されたその庭、緑陰のあずまやでのことだった。我々以外に先客があって、それが他ならぬ木佐森師であった。

期せずして、奥村会長、木佐森師、支店長、私の4人で緑陰に膝を突き合わせ、当時最大のニュースであったアメリカのドル切り下げについて、奥村説を拝聴する形になった。

その話が一段落した後。驚いたことに木佐森師は9年前の私を記憶しており、穏やかにこう問いかけた。

「どうですか?あの本を捨てられましたかな?」
「いえ、未だその境地にはとても……」
「それで宜しい」

一陣の風が颯と来て卓上のメモ紙を飛ばして木立の中へ運んだ。私はそれを拾ってテーブルに持ち帰り「疾きこと風の如く、ですね」と『孫子』軍争編の一節を軽率にも声に出した。しまった、軽率だった、と思ったら木佐森師は「ますます宜しい」と機嫌よく笑った。

師と私の会話の本意は、奥村会長にも支店長にも解るまい、と思えて大いに得意だった。
生涯忘れないであろうこの夏、ニクソン・ショック(※4)の8月の出来事だった。

Next: 間近でみた木佐森吉太郎、その投機哲学の神髄とは

※4 ニクソン・ショック
1971(昭和46)年8月15日、リチャード・ニクソン米大統領はドル防衛を目的として金ドル兌換停止を電撃的に宣言。金1オンス=35米ドルの兌換を保証した戦後の金ドル本位制(ブレトン・ウッズ体制)は終焉し、スミソニアン体制下の米ドル切り下げを経て、各国主要通貨は変動為替相場制に移行することになった
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間近にみた木佐森吉太郎、その投機哲学の神髄とは

木佐森師には「唐突」の言葉がなかった。市場のすべては起きるべくして起きるのである。

「理外の理」いまで言う「不確定性原理」の神髄を、確率方程式を一切使わずに連想させた。暗黙のうちに語りつくしたとさえ言える。それが「リスク」とどう違うかを哲学書を引用して「行間から悟れ」と言っていた。今のアべノミクスでいう「期待先行」を、「観念相場」という言葉で60年近く前に端的に語りつくした。

この人には「想定外」の言葉もなかった。想定外を想定するのが相場観であると、青年読書子を暗黙のうちに叱りつけていた。

さらには「不透明」の言葉すらなかった。市場は不透明に決まっている。情報不十分に決まっている。透明で情報十分なら判断は要らない。単なる解析で足りる。

判断とは、情報の不確かなもとで決める決然たる意志の所産である。戦場で将軍は濃霧のなか断固として方向を指ささねばならない。そのことをクラウゼヴィッツや孫子を精読し自分で解れと言っていた。木佐森師ほど、青年読書子を古典に誘った人はいなかった。

いっぽうで木佐森師は極端に口数の少ない人だった。私が毎年、信州蓼科高原、無人の蓼科湖畔の緑陰の小屋で、暇にまかせて読んできた新井白石『折たく柴の記』の冒頭にこうある。

むかし人は、言うべきことあればうち言いて、その余はみだりにもの言わず、言うべき事をも、いかにも言葉多からで、其の義を尽くしたりけり

まさに、我が師・木佐森吉太郎を彷彿させる。

補足すれば、ウォール街の格言に「儲ける者は語らず、語るものは儲けず」があり、江戸時代のコメ相場(※5)の口伝にも「相場をば、知りたる顔のシタリ顔、知らぬに勝る笑止なりけり」とある。

※5 江戸時代のコメ相場
1730年、江戸幕府の公認を受け大坂堂島(現・大阪市北区堂島浜1)に開設された堂島米会所は、差金決済や敷銀(証拠金)制度など現代に通じる仕組みを備えた世界初の先物取引市場だった。現在広く普及しているローソク足チャートはこの頃に発明されたと言われる

山崎和邦(やまざきかずくに)

1937年シンガポール生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。野村證券入社後、1974年に同社支店長。退社後、三井ホーム九州支店長に、1990年、常務取締役・兼・三井ホームエンジニアリング社長。2001年同社を退社し、産業能率大学講師、2004年武蔵野学院大学教授。現在同大学大学院特任教授、同大学名誉教授。

大学院教授は世を忍ぶ仮の姿。実態は現職の投資家。投資歴54年、前半は野村證券で投資家の資金を運用、後半は自己資金で金融資産を構築、晩年は現役投資家で且つ「研究者」として大学院で実用経済学を講義。

趣味は狩猟(長野県下伊那郡で1シーズンに鹿、猪を3~5頭)、ゴルフ(オフィシャルHDCP12を30年堅持したが今は18)、居合(古流4段、全日本剣道連盟3段)。一番の趣味は何と言っても金融市場で金融資産を増やすこと。

著書に「投機学入門ー不滅の相場常勝哲学」(講談社文庫)、「投資詐欺」(同)、「株で4倍儲ける本」(中経出版)、近著3刷重版「常識力で勝つ 超正統派株式投資法」(角川学芸出版)等。

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