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FOMC通過で見えた「投機筋の誤算」この円高の本当の理由は何なのか?=E氏

7月26日に発表された米連邦公開市場委員会(FOMC)は、声明で4兆5000億ドル規模の保有証券の縮小を「比較的早期に」開始するとの方針を示したほか、フェデラルファンド(FF)金利誘導目標については1~1.25%のレンジで据え置きました。

今回のFOMCでなんらかの政策変更があるという事前予想は皆無に等しかったので、決定自体はノーサプライズです。しかし、にも関わらずドル安が進行し、円高気味になっています。

本日はコンセンサスどおりだったのにドル安円高が進行している理由と、今後の円相場の方向性について考えてみることにします。(『元ヘッジファンドE氏の投資情報』)

プロフィール:E氏
国内大手生保、ゴールドマン・サックス、当時日本最大のヘッジファンドだったジャパン・アドバイザリーでのファンドマネージャー経験を経て、2006年に自らのヘッジファンドであるINDRA Investmentsを設立し国内外の年金基金や富裕層への投資助言を開始。2006年10月からのファンド開始後はリーマンショックや東日本大震災で、期間中TOPIXは5割程度下落した中で、6年連続のプラス(累積30%)のリターンを達成。運用歴25年超。

110円割れは時間の問題? 投機筋が素人より上手いとは限らない

剥落した過剰な期待

まず、相場水準のおさらいですが、昨年11月に予想に反しトランプが大統領に当選したことで、年末までドルは急上昇をしました。これは、トランプのマニフェストが過度に財政支出を伴う政策だったことで、米国経済の成長率の高まりもさることながら将来的なインフレ率上昇懸念が出たことで、長期金利が急上昇したためです。

利上げはその国の通貨価値を高めるので、インフレ期待の高まりでドルが上昇したのは自然なことですし、日米金利差拡大で円相場が売られたことも(やや行き過ぎでしたが)教科書的な流れでした。

しかし、ドルインデックスは昨年末を高値にして、年初来では下落を続けており、直近では昨年5月来の安値にまで下落しています。

この間、FOMCは昨年12月、今年3月、今年6月と3度にわたる利上げをしているので、通貨価値が上昇しても良さそうだったのに、逆にドルが売られているのは、トランプショック以降のインフレ期待があまりにも過剰だったため、実際にFOMCで利上げが決定されるたびに、材料出尽くしで下落していったのです。

つまり、昨年末のドル高はあまりにも非現実的なインフレ率や金利上昇を想定していたため、現実に利上げが続いても(インフレ率の見込みとしては)期待外れになってしまっているのです。

米ドル/円 日足(SBI証券提供)

「緩慢な利上げ」に気づきはじめた市場

ただ、それだけではドルが昨年11月の大統領選直前の水準を下回ってまで下落する理由にはなりません。

ここまでドルが売り込まれているのは、単に米国経済に対する期待やそれに伴うインフレ率上昇見込みが剥げただけではなく、トランプによって米経済が低迷し、従って、利上げペースは(前大統領であるオバマ氏やトランプと一騎打ちを演じたクリントン氏が大統領になった場合より)緩慢になるという見方が出てきているからです。

つまり、ロシアへの情報提供問題司法介入で政権がごたついていることによるトランプリスクですが、ドルが昨年の大統領選直前の水準を切り始めたのが、政権の不祥事が相次いで明らかになった今年5月以降ということを考えても、トランプ政権で経済が低迷するリスクを嫌気しての売りが多分に出ているということは明らかでしょう。

実際、ヘッジファンドを始めとする投機筋のドルポジションは、昨年末をピークにしてロングが解消されていき、直近データではとうとうドルショートを始めています。投機筋によるドルショートは約2年ぶりなので、長期投資家のみながら短期投資家もトランプ政権のゴタゴタで利上げが緩慢になることで、ドルの通貨価値も下落していくという見方をしているのでしょう。

しかし、今回のFOMCは、そういったハト派的な見方に合致するものだったのでノーサプライズのはずなのに、声明発表後にドル安が進行したのは、直前数日にFOMCの声明がタカ派的なモノになるという見方を取った投機筋によるポジションが米国債で大量に組まれたことによる反動です。

Next: ヘッジファンドにとっての「誤算」とサプライズ



ヘッジファンドの「誤算」

投機筋と一言で言っても、みな同じ方向性で売買をしているわけではないし、ヘッジファンドだからといって一般投資家より上手く運用できるわけではありません

例えば、この数ヶ月、投機筋は米金利と課なら金利との利回り格差に着目してカナダドルのショートを膨大に積み上げていましたが、先月のカナダ中央銀行による利上げで、短期間のうちにほぼ全てのショートをカバーしています。

また、あまりにもレバレッジを効かせすぎているので、直近の低ボラティリティ、低出来高マーケットでは自らの売買によるマーケットインパクトで負けることが多々あります。

このように、投機筋を「ドタバタしているけれど、決して上手いとは限らない投資家」だとすると、7月中旬にイエレンFRB議長が議会証言で予想外にハト派の証言をしたにも関わらず、今回のFOMC前に「声明でタカ派的な見方が出る」という目論見をしてもおかしくないでしょう。

イエレンFRB議長の議会証言前のFOMCメンバーによる要人発言は概ねタカ派でしたが、それは資産圧縮の時期についてのものであり、次期利上げ時期や今年の利上げ回数に対するものではありませんでした。

しかし、議会証言でイエレンFRB議長は直近の物価上昇率低下を一時的としながらも、FRBとしては無視できない存在として認識していることを明らかにしたので、米国の期待インフレ率低下をFRBも認めているという認識になっていたのです。

投機筋にとってはサプライズ

今回のFOMC声明はこのように、イエレンFRB議長の議会証言で物価上昇率が目標を下回っているという点に触れていたことを考えれば、今回のFOMC声明は十分ハト派的な内容になると想定でき、実際、今回、物価動向に関しては、6月声明の「2%をやや下回っている」から今回「2%を下回っている」に変更しています。「やや」が抜けたことで、一時的と見ている物価の弱さがより持続的になる可能性を考慮しているのです。

なので、イエレンFRB議長の議会証言でFOMCがハト派的な見方になっていると判断していた大方の投資家にとっては、今回の声明は予想通りでしたが、(何を根拠にそう考えたか不明ですが)FOMCでタカ派的な声明になると見越して米国債のショートを積んでいた一部投機筋にとってはサプライズだったので、ポジションの巻き返しが生じ、コンセンサスどおりだったにも関わらず米国債利回り低下ドル安進行が生じたのです。

Next: なぜ「緩やかな」円高なのか? 利上げと資産圧縮の方向性に齟齬



なぜ「緩やかな」円高なのか?

以上が先週のFOMC以降のドル安の背景ですが、こういった状況にも関わらず、FOMC直後の円高進行が比較的軽微だった理由についても触れておきます。それは、今回のFOMC声明は概ねコンセンサス通りですが、利上げに関するコンセンサスと資産圧縮に対するコンセンサスの方向性が異なっていたからです。

今書いたように、利上げはハト派的な見方でしたので、年内の利上げは微妙という向きが増えてきています。しかし、その一方で資産売却に関しては、タカ派的な見方が増えつつあった中で、予想通りにタカ派になったという意味でコンセンサスどおりなのです。

資産圧縮がタカ派であった根拠は、今回の声明文にある「委員会は現在、経済がおおむね予想通りに進展するとの想定で、バランスシート正常化プログラムを比較的早期に開始すると見込んでいる」という文言からで、この中の「比較的早期」という言葉のため、資産圧縮開始時期が早ければ9月という見方の確度が高まりました。

この数ヶ月、複数のFOMCメンバーから資産圧縮開始時期は今年9月という意見が増えていましたが、これまでのFOMC声明では資産圧縮は年内の開始という表現でした。このため、資産圧縮に関する見方は「早ければ9月のFOMC、遅くとも年内」というのが従来のコンセンサスでしたが、これに対し、今回の声明で「比較的早期」という表現が使われたのです。

「利上げ」と「資産圧縮」の方向性に齟齬

もし、イエレンFRB議長始めとするFOMCメンバーが12月のFOMCでの資産圧縮を考えていたら、今回「比較的早期」という文言は使わず、従来どおりに年内の開始が望ましいという表現になっていたはずですが、今回「比較的早期」と書きました。

今後のFOMCの開催スケジュールが今年9月、10月、12月しかないことを考えると、この文言のため、従来よりも9月での資産圧縮開始の確度が高まったと判断されるのは自然なことですから、今回の声明で資産圧縮に関してはややタカ派の判断と考えられたのです。

利上げはFFレートの引き上げですが、資産圧縮は長期債の売却を伴うので、米債の長期ゾーンの利回りが需給悪化で売られる可能性が高まります。

この時期が従来考えられていたよりは前倒し気味になると思われたので、FOMC声明が発表された直後は利上げに関しハト派とされたことで10年債利回りは急低下しましたが、すぐに10年債を初めとする長期債の利回りは声明発表前の水準より上昇しています。

この結果、(日銀の牽制で)10年債利回りが0.1%以下で留まっている日本の長期金利と比較して金利差が開いたことため、ドル安ほど円が買われなかったのです。

このように、今回のFOMCはコンセンサスどおりでサプライズがないと言いながらも、利上げと資産圧縮のコンセンサスの方向性が異なったために、ドル安と円高の動きが異なったというのがFOMC以降の為替相場の変動の原因となっており、これに(結果的にミスジャッジをした投機筋による直前の米国債ショートの巻き戻しも加わって)あたかもFOMCがサプライズだったかのような動きをしたのです。

Next: すでに余力一杯の円ショート筋、今後当面は円高基調に



今後当面は円高基調

次に、今後の円相場の方向性ですが、需給的要因との綱引きがあるものの、当面は円高基調で見ていたほうが良いでしょう。

まず、ドルはトランプの政権不祥事による政治に対する失望感が続いているほか、従来から経済統計は決して強くなくあくまでも期待先行だったことを考えると、当面買い材料に乏しい状況です。投機筋のドルショートポジション構築は始まったばかりで、建玉残高ピークまで十分に余裕があることを考えると、当面ドルは売られやすいでしょう。

一方の円は、このところの円高にも関わらず、投機筋は円ショートを数年来のピーク水準まで積み上げていました。つまり、円高の主因はヘッジファンドなどではなく、実需や一般投資家の円買いニーズだったのです。

投機筋以外の投資家がなぜ円買いに進んだかは、円相場と連動性が高い安全資産であるゴールドとの連動性が保たれているのでも判ります。ゴールドがこのところ買われているのは、トランプ政権に対する先行き不透明感による安全資産需要の高まりなので、円相場も同様に安全資産需要で買われた可能性が高いです。

この反面、投機筋がなぜ年初来減らし続けていた円ショートを今月に入って再度積み増し始めたかは定かではありませんが、ショートポジション積み増しペースがイエレンFRB議長の議会証言以降であることや、5月以降軟調だったFANG関連に対する買いが戻ったタイミングと一致していることから、恐らくは「マーケットのリスクオンがしばし継続する」と判断してのショートポジション積み増しでしょう。

しかし、金融当局者の発言がハト派だからと言ってリスクオンになるわけはなく、経済環境や政治情勢がリスクオフ的な場合、当局者はハードランディングを避けるためハト派の発言でマーケットを落ち着かせることも十分有り得るわけです。

すでに余力一杯の円ショート筋

この数ヶ月タカ派に転じたと目されていたイエレンFRB議長が、なぜ今月中旬の議会証言で突如ハト派的発言をしたかは不明ですが、物価上昇率が目標未達の中、トランプ政権誕生を囃して期待インフレ率のみが先走って上昇した結果のリスクオフマーケットだったので、政権に対する信認が低下した以上、物価上昇率が目標に到達できないのは一時的かどうか微妙になってきたと考えてのことでしょう。

となると、イエレンFRB議長のハト派修正もこのところのトランプ政権のゴタゴタに伴う先行き不透明感に根ざしているわけですので、発言がハト派だからといってマーケットがリスクオンになるような性質ではないのは明らかです。

これを投機筋が見誤って円ショートを積み上げたとすると、円相場は早晩急激な上昇を伴う可能性が高いことを示唆しています。というのも、投機筋の現在の円ショートの建玉残高水準はこの5年ほどのピークを超えているので、これ以上の積み増し余力に乏しくなっていると思われます。

その一方で、29日未明の北朝鮮によるICBM発射での円高シフトのように、地政学的リスクからの円高リスクも依然として残っているため、投機筋のショートポジションは踏み上げられやすくなっています。

Next: 110円割れは時間の問題。溜まりつつある「円急伸のマグマ」



溜まりつつある「円急伸のマグマ」

北朝鮮問題の緊迫化による円高は4月にもありましたが、トランプ政権が口だけで実行を伴わなかったので、危機はフェイドアウトしたかに見えました。しかし、これは北朝鮮の事実上のお目付け役である中国に100日の猶予を与えたためという見方が強くなっています。

このところ米政権内部から北朝鮮や中国に対し厳しい論調が戻っているのは、この猶予期間が今月16日で終ったことと無関係ということはないでしょうから、北朝鮮による地政学的リスクという点でも、円相場は再び円高に向かいやすくなっています。

こういったことを考えると、円側は今はモデレートな円高で留まっていますが、潜在的にはドル安分以上に上昇しやすいマグマが溜まっているといえます。

一気の円高進展のトリガーが何になるかは不明ですが、ファンダメンタルズを見誤ってのショート積み増しが既に余力一杯と思われる投機筋にとっても分かりやすい円高材料が横たわっていることを考えると、110円割れは勿論、4月の高値を更新するのも時間の問題かと思われます。

そして、円相場がこのように急伸マグマを抱えている以上、日本株も下押しリスクが高まっています。従来、日本株は基本は円相場連動でしたが、円高気味の場合は強い米国株に連動するなど、都度都度株高の材料を探して指数を維持してきた感が強いですが、円高の進展度合いが強い場合は、常にオーバーシュートして買われていた歪みが一気に開放されることで値幅を伴っての下げになると思われます。

このように、一見するとコンセンサスどおりだったFOMCでしたが、声明を踏まえての各アセットの動きから、近い将来のマーケットボラティリティの急上昇となる兆しを感じさせることになっています。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年7月31日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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日本株のファンドマネージャーを20年以上、うち8年はヘッジファンドマネージャーをしてきたE氏による「安定して稼ぐコツ」「相場の見方」「銘柄情報」を伝授していきます。

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