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神か悪魔か。ベーシックインカム時代の勝ち組と負け組、あなたはどっち?=田中徹郎

小池百合子氏率いる希望の党が選挙公約に掲げたことで、「ベーシックインカム」への注目度がにわかに高まってきた。その実現可能性はさておき、もし仮にこの制度が日本に導入された場合、私たち国民の生活はどう変わるのだろうか?ごく普通の4人家族を想定して、勝ち組と負け組の条件を考えてみたい。(『一緒に歩もう!小富豪への道』田中徹郎)

プロフィール:田中徹郎(たなか てつろう)
(株)銀座なみきFP事務所代表、ファイナンシャルプランナー、認定テクニカルアナリスト。1961年神戸生まれ。神戸大学経営学部卒業後、三洋電機入社。本社財務部勤務を経て、1990年ソニー入社。主にマーケティング畑を歩む。2004年に同社退社後、ソニー生命を経て独立。

ベーシックインカムと年金廃止は、ごく普通の家庭をどこへ導く?

「ベーシックインカム(BI)」がやってきた

来年からすべての国民に月5万円のお金を配ります」もし政府からこのような発表があったとしたら、皆さんはどのように感じるだろうか。

荒唐無稽な話のようだが決してそうではない。世界を見渡せばすでにフィンランドオランダで実験的に導入されているし、スイスのように国民投票まで行った国もある。そればかりではない、10日に公示された衆院選の公約をみると、希望の党が「ベーシックインカム」の導入を打ち出しており、私たちも、どうやら無関心ではいられない状況になってきた。

ベーシックインカムとは、国民に対し最低限の生活を保障するために、政府が一定額を支給する制度だ。もっとも、小池代表の発言をみるかぎり、全国民を対象にするのか、支給額をいくらにするのか、導入の時期はいつかなど不明確な点が多く、あくまでまだ「真正面から考え、検討を始める必要がある」という段階だ。

しかし少なくともベーシックインカムが、今後私たちにとって身近なものになるのは間違いないだろう。

月あたりの支給額はいくらになる?

では、仮にベーシックインカムが導入されるとすれば、月あたりの支給額はいったいどの程度になるのだろう?平成27年度予算ベースの「公的年金の給付費」をみると、54.2兆円となっている。ベーシックインカムは国民に対し最低限の生活を保障するものであり、その点で年金と重複する性格を持っている。

したがってまず政府は年金の支給を停止し、その財源をまるまるベーシックインカムに充当すると考えてよいだろう。仮に政府が公的年金として支給した54.2兆円を、現在の全国民1憶2700万人に均等に配るとすれば、以下のように計算できる。

これを月額にするとおよそ3万5000円だ。実際には均等に配布することによる事務コストの抑制も見込めるし、ベーシックインカムの発想からすれば、例えば生活保護や児童手当などの各種手当ての廃止も可能だろう。それらを踏まえ本稿では上記3万5000円に1万5000円を上積みし、月あたりざっくり5万円の支給と仮定して話を進めてみたい。繰り返しになるが、これは年齢や所得に関係なく国民一人一人に対し定額で支給される金額だ。

では仮に月5万円のベーシックインカムが実現した場合、私たちの生活はどう変わるのだろうか。例えば以下のような世帯を想定してみよう。

この家庭に月額5万円×4人分のベーシックインカムが支給されるとどうなるだろう。月額にして20万円、年あたり240万円はこの家族にとって大きな収入だ。一時的なものではなくこの政策が今後も続くなら、生活スタイルや将来も随分変わるのではないだろうか。

あなたはベーシックインカムを何に使う?

ではベーシックインカムは、この家族にどのような影響や変化をもたらすのだろうか?

まず想定されるのは2人の娘に対する先行投資、つまり教育費の増額であろう。一般に人は投入したお金を最も効率よく回収する方法を考えるものである。教育への投資は長期的かつ高い効果が見込め、ベーシックインカムの活用先として真っ先に挙げられるだろう。

2つ目は貯蓄の増額である。わが国財政の悪化について多くの国民が懸念しているし、いずれ消費税率は20%近くまで引き上げられるか、もしそれがなければ財政破綻が待っていることを知っているだろう。また仮に財政破綻がないにしても、ベーシックインカムの導入に伴って年金は廃止されることになる。したがって1つの合理的な選択肢は、支給されたお金の一部を使わず、将来に備え蓄えておくという行動ではないだろうか。

3つめは消費だ。上記のように教育や貯蓄に回る額は大きいと思うが、人間には今を楽しみたいという欲求もある。決して使い道の主流にはならないだろうが、それでも間違いなく一定部分はレジャーや趣味、旅行、自己研鑽など消費に使われるだろう。

さて、仮にこのベーシックインカムが今後も続くとすれば、例えば40年後、この家族はどうなっているのだろうか?次ページからはもう少し具体的に、「幸せなシナリオ」と「不幸せなシナリオ」をそれぞれ考えてみたい。

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BI時代の幸福シナリオ~西暦2057年の明るい暮らしとは?

考えられる1つのシナリオは、子供への投資の成功である。

長期にわたり高度な教育を受けた結果、両親の期待通り娘2人は、今後のAI化時代に適応した高いスキルを身につけることに成功する。

長女はアメリカの有名ビジネススクールを卒業し、いまでは社会人向けに起業スクールを経営している。次女はしばらく外資系金融機関に勤めた後、いまでは富裕層向け相続アドバイスを個人事業として行っている。

2人とも家庭を持っているが、それぞれ夫と仕事を分担し、なんとかうまくやっているし、子供たちへの教育費の支出も惜しまない。自分たちが親からそうしてもらったように。

近い将来「人生100年時代」が到来するといわれているが、2人の娘は100歳を超えて生き続ける可能性は十分あるだろう。長寿化に伴って人の働き方も随分と変わったが、2人が身に着けたスキルは一生ものだ。

例えば、会社勤めをしながら小規模な事業を起こしたり、他の会社を掛け持ちしたりというように、社員は会社とより柔軟で緩やかな関係を持つことになるだろう。その場合最も重要なのは個人のスキルだ。

幸いにも2人の娘は身に着けたスキルに見合った高い収入を得て、豊かでかつ健康的な長い人生を謳歌できる可能性が高いだろう。人生100年時代の勝ち組だ。

一方で両親のほうはどうだろう。ベーシックインカムの支給に伴い年金は廃止されたが、幸い40年にわたって蓄えてきた預金がある。ベーシックインカムのうち毎年100万円を貯金できたとすれば40年で4000万円だ。

しかも自己研鑽として取り組んだ投資知識のおかげで、株式で運用してきた部分はすでに元本の3倍ほどにもなっている。いまと比べ物価は2倍ほどに上がっているが、豊かな老後を送るには十分な財産だ。

すべての家計がこのようにうまくいくとは限らないが、ベーシックインカムという制度がうまく機能した場合、このような明るい未来を描くこともできるだろう。

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BI時代の不幸シナリオ~西暦2057年のどん底生活とは?

一方で逆にベーシックインカムをうまく活用できなかった場合のシナリオを考えてみよう。想定する世帯は先ほどと同じだ。

先ほどの例では、2人の娘への教育費をベーシックインカムの主な使途としたが、皆がこのように先見性をもってお金を使うわけではない。貯金や自己研鑽などにも使わず、キリギリスのように毎月の20万円をひたすら遊びやギャンブル、スマホの通信費などに消費してしまう人もいるだろう。そんな世帯の40年後を少し想像してみたい。

ベーシックインカムの受給が始まって以来、両親は定職に就くのをやめている。きっと根っからの怠け者なのだろう。仕事がない日、夫は朝からギャンブルだ。

パチンコ、競馬、競艇など賭け事には目がないし、まとまった収入があると、数年前に都心にできたカジノで散財して朝帰りだ。家では妻との口論が絶えず、妻はストレスから酒量が増えている。

4人家族で年240万円もあれば食うに困ることはないが、子供の教育費までお金は回せなかった。月に一度ベーシックインカムが支給される日は家族で贅沢をするが、クレジットカードの引き落とし日が過ぎると、預金通帳の残高はほとんどない――この40年間そんな暮らしをしてきた。

70歳を過ぎたいま、すでに年金は廃止されており、夫婦に支給される月10万円のベーシックインカムでは、アパートの家賃の支払いがやっとだ。いまでは近所のスーパーでパートの仕事をする妻の収入が頼りだが、その妻もここのところ体調が思わしくなく、いつまでパートを続けられるかわからない。

そんな両親を身近で見てきたせいか、娘たちも定職に就かず、あいかわらずコンビニのバイトやパートの仕事をしている。そのバイトですら最近ではAI化や無人化によって見つけることが難しくなってきたが、いまさら資格を取って定職につく気持ちもない。

一人住まいは家賃がきついので、いまだに2人とも両親と同居しているが、このままでは独立して生きていくことすら難しいだろう――

Next: あなたにとって、ベーシックインカムは損か得か?



ベーシックインカムが「損か得か」は自分次第

そもそもべーシックインカムは、国民が最低限度の生活を送れるようにお金を支給する制度であるが、なかにはこの制度に依存し、自ら努力、研鑽するのを放棄してしまう人も出てくるだろう。

前述のように、そのような人の将来は決して明るくはない。本来なら定職に就き、そこそこ豊かな生活を送っていたはずの家庭が、ベーシックインカムの導入により、かえって貧しくなってしまう事例も出てくるのではないだろうか。

仮にベーシックインカムが財政に対して中立だとすれば、国民全体でみるとソンもトクもない。要はもらったお金をいかにしてうまく使うか、いかにして増やしてゆくかという、いわば国民一人一人の自助努力が求められる制度ではないだろうか。

【関連】ザッカーバーグの「乞食ランチ」あるいはユニバーサル・ベーシックインカムの罠

その点に対する議論や国民の理解なく、制度だけ導入すれば、前述したケースのようにかえって国民を不幸にする可能性もあるだろう。

ベーシックインカムの導入に関しては、小池代表が言うように議論が必要なのは言うまでもないが、なにより制度の趣旨に関する国民の深い理解が求められるのではないだうか。単なる年金の先食いに終わってしまわないように――

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本記事はマネーボイスのための書き下ろしです(2017年10月12日)

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