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リセットボタンを失った日銀の本音、安倍続投に追い詰められる日本経済=斎藤満

日銀の金融緩和策は行き詰まっており、修正・見直しが必要な状況です。その機会が今回の選挙でしたが、安倍政権の続投でその期待は潰れました。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2017年10月25日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

八方塞がりの黒田日銀は「異次元の落とし前」をどうつけるのか

リセットの機会を逸した日銀

今回の衆議院選挙に、ひそかに期待していた日銀関係者は多かったのではないかと思います。安倍退陣となるようなら、行き詰まった現在の金融政策を見直すチャンスになる、との期待があったはずです。それが与党大勝となり、安倍続投、アベノミクス継続強化となりました。恐らく、黒田総裁は来年春に再任となるのではないかと見られます。

実際、複数の日銀関係者は、今の金融緩和策は行き詰まっており、機会があればその修正・見直しが必要と見ています。その機会として、安倍総理の退陣があったわけですが、その期待は潰れました。そうなると、今の緩和策を続けなければならなくなりますが、これを続けたからと言って、物価目標が達成されるめどは立ちません。本音では19年度でも無理と見ています。

リフレ派の論理は完全に破たん

ことの出発点は、リフレ派の誤解でした。日銀当座預金の拡充によって、マネタリーベースを急増すれば、インフレはたちどころに高まると豪語していました。リフレ派は今の日銀にも入り込んでいますが、彼らはマネタリーベースを20%、30%増やせば、インフレ率が高まり、名目成長率も高まると見ていました。背後に「貨幣数量説」がありました。

しかし、マネタリーベースは2012年末の130兆円台から、足元では470兆円あまりに増え、20%、30%どころではなく、3.5倍にも膨張しています。リフレ派の計算なら、日本はとっくにハイパーインフレになっていてもおかしくないほどの増加ですが、現実のインフレ率は依然としてゼロ近辺のままです。リフレ派の論理は完全に破たんしました。

水面下で進行するステルス・テーパリング

もともと2年をめどとした「短期決戦」のつもりで国債の買い入れ額を50兆円、80兆円としたのですが、作戦を間違えたために長期戦を余儀なくされ、いつまでも国債を80兆円も買い続けられない、との認識になり、長期戦にも耐えられる金利操作に戻しました。それでもマイナス金利を深堀すれば、金融機関を圧迫するので、イールドカーブ・コントロールに置き換えました。

早い話が、長期金利までマイナスにすれば、日銀も含めて金融機関の収益を圧迫し、金融機能をむしろ抑制するリスクがあるので、全般的な利下げはできないということになります。そのため、短期金利がややマイナス、長期金利がゼロという低金利で緩やかなイールドカーブを維持するうちに、なんとか緩和効果が出てほしい、という祈る気持ちで見るしかありません。

しかも、年に80兆円もの国債買い入れは維持不能として、密かに買い入れ額を減らし、ステルス・テーパーを試みています。最近はこれもレーダーでとらえられ、ばれてしまいました。日銀の緩和策は、結果として後退しています。これで物価目標に到達するには、神風が吹くなり、他力本願的なところが多くなっています。

「デフレもインフレも常に貨幣的現象だ」とのご託宣が破たんしたので、金利操作に戻ったのですが、これも名目金利をあまりマイナスにはできず、かといってインフレ期待を高めて実質金利を下げるにも、インフレ期待も高められません。量も金利も、政策手段としては行き詰まりました。

Next: 日銀の本音は「国債の買い入れを減らしたい」世界に逆行する日本



もはやFRBもECBも物価目標にはこだわっていない

もともと、インフレ率の低下は、日本が不況になり、デフレになったためではなく、まして日銀の流動性供給が不足していたからでもありません。この20年で顕著になったグローバル化・フラット化が、日本だけでなく世界の主要先進国で賃金・物価の押し下げをもたらし、代わって中国や新興国で賃上げ・インフレを高めることになりました。

現に日本のメーカーは次々と中国、ベトナム、バングラなどに生産拠点を移し、米国自動車産業はメキシコに移転して生産コストを下げました。これで価格を抑え、競争力、収益を確保しています。これらに中央銀行が介在する余地はありません

もともと欧米やニュージーランドの物価目標は、財政規律の緩みも含めて、高すぎるインフレを抑制する目的で設けられています。それが経済のグローバル化・フラット化により、低すぎるインフレに状況が変わったので、物価目標の位置づけも変わりました。このため、FRBもECBも物価目標に拘泥せず、景気の拡大のもとで徐々に正常化に転じています。

なぜ日本だけが緩和策を継続?

日本も本来、置かれた状況は同じで、完全雇用、人手不足という中で大規模緩和を続けたり、選挙が終わったからと言って経済対策で需要をつけたりする必然性はありません。それでも、アベノミクスで掲げた2%の物価目標から遠いからというだけで、緩和策を継続する羽目になっています。この日米欧の違いから、日銀に新たな負担が及びます。

FRBはすでに利上げを繰り返し、ついに資産の圧縮も始めました。この春以降は低下気味にあった米国長期金利も、ここへきてまた上昇気味となっています。ECBが資産買い入れを圧縮すれば、金利圧力はさらに高まる可能性があります。

そうなると、日本の国債利回りにも上昇圧力がかかり、10年国債利回りがゼロ、あるいは0.1%までに収まらなくなります。現状のままなら、日銀は国債の「指値オペ」により、長期国債を無制限に買う羽目になります。建前上、年に80兆円程度を目途に、としていますが、日銀の本音は「国債の買い入れを減らしたい」。米金利上昇はこれに逆行します。

Next: 今が黒田日銀の正念場。異次元緩和の落とし前をつけられるか?



このまま行けば「悪性の財政インフレ」も

日銀の中曽副総裁は、必要ならイールドカーブの見直しも示唆しました。市場金利が上昇する中で、日銀が単独で買い支えることは無謀です。持続的な金利上昇となれば「指値オペ」では対応できなくなるので、長期金利目標を引き上げざるを得ません。これは日銀の利上げになるわけで、緩和の後退とともに、為替に円高圧力となります。

これを避けようとすれば、金利上昇の中で国債を買い続け、その「出口」を半ば放棄するかたちになり、最後には「ヘリ・マネ」になります。これは日銀のファイナンスで国が財政支出を拡大するもので、これが進むと悪性の財政インフレになります。政府日銀が一体となるといえば聞こえは良いのですが、日銀による財政ファイナンスにほかなりません。

今回の選挙は、日銀がこの呪縛から解放されるチャンスだったのですが、安倍総理続投でこれも逸しました。再任が予想される黒田総裁には、引き続き「ヘリ・マネ」を否定し続ける中で、この異次元緩和の落とし前をつけることが、最後のご奉公となります。安倍政権の下でこれができるか、黒田日銀の正念場となります。

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マンさんの経済あらかると』(2017年10月25日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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