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日本人が知らない「トランプ支持」の代償。エルサレム首都認定の何が危険か?=斎藤満

トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めたことに対し、親米派を含む世界各国が反発を強めています。これを支持するのは日本だけと言っても過言ではありません。今、世界が恐れているシナリオ、日本国民が知らされていないリスクとは何でしょうか?(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

日本人はテロのターゲット。第五次中東戦争はもう始まっている

エルサレム首都認定はなぜ「暴挙」なのか?

トランプ大統領が12月6日にエルサレムをイスラエルの首都と認める発言をしたことが、世界に大きな波紋を投げかけています。

トランプ大統領は、表向きはイスラエルと米国との間で1995年に交わした「エルサレム大使館法」に基づいて米国大使館を「首都」エルサレムに戻すことを決めただけ、と言います。

実際、トランプ氏はこれまでも大使館をテルアビブからエルサレムに移すことを公言していました。しかし、これまで歴代の米国大統領は、この法律を承知の上で、あえてこの微妙な問題には手を付けない「良識」を示し、イスラエルとパレスチナ、および中東全般の微妙な均衡を維持してきました。

これまで歴代大統領は安全保障上の理由をつけて、半年ごとに法の執行を延期してきたのです。それをトランプ大統領は公然と無視して、首都の認定とともに大使館をエルサレムに移すことを決定してしまいました。これは歴代アメリカ大統領が配慮してきた「安全保障上の問題」を無視する行動となります。

「支持者」は安倍総理の日本くらい

当然のことながら、イスラエルやユダヤ系はトランプ大統領を絶賛し、「よくぞ言った。これでトランプは8年間の大統領職が保証された」と盛り上がりますが、その他の民族は、中東のみならず、欧州やアジア全般も含めて、一様にトランプ氏を非難し、トランプ大統領がいよいよ孤立しています。

英国やフランスなど欧州同盟国も非難しているので、支持者は今や安倍総理の日本だけとなりました。

イスラエルの首都がエルサレムということは、現実問題としては認識され、実務上も機能してきました。米国は大使館をテルアビブに置いていますが、領事館をエルサレムに置き、物理的にはエルサレムを首都と同様に扱い、これが機能していました。

しかし、国際法的には認められず、イスラエルとパレスチナの両者による直接的な解決に委ねられ、両者がそれぞれの思惑をもって、一方的に決めない「バランス」を保ってきました。トランプ氏はこの「微妙な均衡」をぶち壊したことになります。

トランプとイスラエルは「一心同体」

ここにはトランプ大統領とイスラエルとの親密な関係があります。もともとトランプ氏の父親がユダヤ人相手の不動産ビジネスをやっていたこともあり、トランプ氏はこれを受け継いだ形になっています。

それもあり、トランプ氏は現在イスラエルの首相を務めるネタニヤフ氏と、彼が若くして国連の仕事をしてニューヨークにいた頃から親しくしていました。

また娘のイバンカ氏は、ユダヤ人でやはり不動産ビシネスを営むクシュナー氏と結婚したことを契機に、自身もユダヤ教に改宗。トランプ大統領は娘婿のクシュナー氏を政権の上席顧問に据えるなど、トランプ・ファミリー全体がユダヤと親密な関係にあります。

そしてトランプ大統領を背後から支えるグループにも、ロスチャイルドなどのユダヤ系が大きな影響力を持って入り込んでいるのです。

もっとも、そのトランプ大統領も、一度は法の執行を延期しているので、今回大使館の移転を決断した背景には何か「特別な理由」があったのでは、との見方があります。具体的には、フリン前補佐官の訴追や司法取引により、トランプ大統領のロシア疑惑が苦しい状況になったため、矛先をそらすためにエルサレムを持ち出した可能性です。

いずれにしても、中東のバランスをトランプ氏が一気にイスラエル寄りに傾けてしまったために、中東はもちろん、世界のバランスが変わることで、政治的に非常に不安定化が進むことになりました。

この結果、中東ではイスラエル・米国連合と、イランならびにその支援勢力パレスチナおよびアラブ連合の三つ巴の対立が高じ、軍事紛争が起こる可能性が高まりました。これは世界経済を脅かし、中東に関わる多くの日本企業にも悪影響を与えます。

Next: 空気を読めないのは日本だけ? 戦争の予感に「親米派」も大反発



戦争の予感に「親米派」からも強い反発

このトランプ大統領の言動に対して、世界中のイスラム教徒が一斉に反発。中東のイスラム過激派は「インティファーダ(蜂起)」を呼びかけ、反米蜂起を訴えています。トランプ大統領に対するイスラムの反発は極めて強く、テロのリスクも無視できなくなりました。中東における米国の利益を排除せよ、との動きも高まっています。

問題は、これら過激派の動きに留まりません。これまで親米派とされたヨルダン、エジプト、サウジアラビアからもトランプ氏の言動に反発が起きています。ヨルダンは過半の国民がパレスチナ人であり、それだけ今回のトランプ発言には反発の声が大きくなっています。

ヨルダンはシリア内戦において米軍に基地利用を提供し、イスラム国との戦闘においても最大限の協力をしてきましたが、ヨルダンのアブドラ国王にとって、トランプ氏の行動は自身の立場を苦しくする面があるからです。

1967年の第三次中東戦争で東エルサレムはイスラエルに奪われましたが、2013年に結ばれたパレスチナ自治政府との協定により、現在のアブドラ国王はエルサレムのイスラム教とキリスト教の聖地を管理する立場にあります。

そのためアブドラ国王は、今回のトランプ大統領の言動に対して、地域の安定と安全保障を脅かすものと警鐘を鳴らしています。これは少なくとも、これまでの米国との良好な関係が揺らいだことを意味します。

エジプト「トランプ氏はテロを煽っている」

同じく親米の立場にあるエジプトも、シシ大統領がトランプ氏の言動に反発を見せました。またエジプトの議員からは、武器を含め米国製品のボイコットを呼びかける動きが見られます。

いまのエジプト自身、イスラム原理主義の危険にさらされているため、「トランプ氏はテロと戦うと言いながら実は彼らを煽っている」と反発しているのです。

エジプトは最近、ロシア軍戦闘機に初めて領空の通過と基地の利用を認める仮協定を結んでいるだけに、米国はエジプトの動きに対して、これまで以上に神経を使う必要が高まっています。

水面下で進行する「サウジのアメリカ離れ」

そしてサウジアラビアはムハンマド皇太子が、トランプ政権の上席顧問を務めるクシュナー氏と親密に連携しているので、米国やイスラエルとうまく行っているように見えますが、そのサウジもサルマン国王が今回のトランプ氏の言動を強く批判しています。

サウジもエジプトもヨルダンも、いずれも米国依存が強く、本来ならなかなか米国と敵対できない立場にありますが、その彼らをも米国から離脱させることになれば、米国にとっても負担が大きくなります。特に米国の対イラン戦略において悪影響が予想されます。

Next: 「テロを利用する」トランプ大統領が描く中東戦争のシナリオ



トランプ大統領が描く中東戦争のシナリオ

米国はイスラエル支援のために、天敵であるイランをどこかで攻撃する計画のようですが、イスラエルや米国自身が前面に出るのは具合が悪く、できればサウジやエジプトなど親米国で「中東版NATO」を結成し、イスラエルや米国の代わりにイランを攻撃させることを期待しています。

イスラエルや米国が前面に出れば、アラブ全体を敵に回す次の中東大戦争になりかねないからです。ところが、これら親米国がトランプ氏への反発を強めると、米国のシナリオが狂ってきます。

もともとサウジは軍隊を持たないので、サウジの資金支援の下にエジプトやヨルダンが兵を動かす必要があるのですが、これが動かなくなれば、イラン攻撃に際してイスラエルがより前面に出ざるを得なくなります。

そうなるとイランとの戦いは「個別の地域紛争」の域を超え、アラブをも敵に回した中東全域での「本格戦争」になりかねないため、欧州やアジアからも米国やイスラエルへの反発を招いているのです。

もっとも、穿った見方をすればこれら親米国は、自国内の原理主義や過激派組織の脅威を考えると、逆にますます米国依存を強めざるを得ない面があるのも確かです。トランプ氏はそこまで読んであえて強硬策に出て、インティファーダ(蜂起)の声を高め、「テロを利用」しようと考えている可能性もあるでしょう。

怒りの矛先をイランに向け、結果として親米国がテロにあぶりだされる状況をつくり、イランへの攻撃に踏み切らせる、という危険なシナリオです。これは北朝鮮への空爆と異なり、中東が本格的な戦争状態になることを意味します。

世界貿易に収縮リスク

トランプ大統領はすでに自由貿易体制を否定し、米国との2国間交渉で通商問題を解決しようとしていますが、これを突き詰めれば世界貿易の収縮をもたらす面があります。そこへ中東戦争を引き起こせば、産油国による「油断」によりエネルギー危機が生じる懸念があるほか、ヒト・モノ・カネの流れが一段と悪くなります。

つまり、トランプ・リスクの1つでもある保護主義の拡大に、エネルギー制約の強まり、政治紛争、戦時下での経済制裁などが重なると、世界貿易は縮小を強めるリスクがあります。ようやく広がりつつある世界経済の改善の動きが、トランプ大統領の独断によるエルサレムの首都承認発言で崩れる可能性があるのです。

Next: 世界から見た日本は「米国の別働隊」テロのターゲットに



日本企業にも大打撃

世界経済の改善を受けて輸出主導の拡大を見せている日本経済にも、少なからぬ影響が及びます。世界貿易が縮小すれば、真っ先に日本の輸出が影響を受けるからです。

また世界のイスラムによる反発の声は、直接的には米国とイスラエルに向けられていますが、世界で唯一このトランプ大統領を支持している日本も同一視され、テロの対象となるリスクがあります。特にサウジを中心に中東でビジネスを展開する日本企業は要注意です。

汚職撲滅で大ナタを振るうサウジのムハンマド皇太子は、長期的な経済戦略として「脱石油」を打ち出しています。日本政府は今年3月、そのムハンマド皇太子と、サウジの産業競争力強化、代替エネルギー、健康・医療など、幅広い分野で2030年に向けて協力することで合意しました。これには多くの日本企業が参加する予定です。

例えば投資促進として、金融分野から三井住友、三菱UFJ、みずほが名乗りを上げ、エネルギー事業では東電、出光興産など。また新素材では日揮が、淡水化では東洋紡、JFEエンジニアリングといった具合です。この他、日本郵便、トヨタ、伊藤忠、丸紅、荏原なども関わっています。

ところが、トランプ政権の上席顧問でユダヤ系のクシュナー氏と手を組むムハンマド皇太子の「粛清」に対し、サウジ内部から強い警戒とともに反発が巻き起こっているのが現状です。クシュナー・トランプ両氏によるエルサレム承認発言が、サウジ国王をはじめとするイスラム・スンニ派を中心に強い反発を呼んでいるわけです。

サウジには、「9.11」を仕掛けたとされる過激派グループも少なくありません。

日本は「米国の別働隊」になる

アラブ世界からのテロにより、中東における米国利権が排除されるリスクがある中で、もし日本が「米国の別動隊」と見られれば、米国企業とともに日本企業もターゲットになる恐れがあります。

とりわけ、中東でも特殊な環境に置かれたサウジが問題であり、ここに進出する日本企業が大きなリスクを抱える可能性が高くなります。

サウジの特殊性は、国内に軍隊を持たないゆえに、米軍に守ってもらう代わりに石油の安定供給を約束してきた点にあります。それが今や、米国はシェール・オイルの増産で世界有数の産油国になり、サウジの石油に依存しなくなってしまいました。それだけ米国の「サウジを見る目」が変わっているということです。

Next: 日本は「トランプとの距離の取り方」を見直す時期に来ている



日本は「トランプとの距離の取り方」を見直せ

クシュナー上席顧問がムハンマド皇太子に接近した背景には、イスラエルのためにサウジの協力を得てイラン攻撃を進めたいとの意向があったと思われますが、今回のエルサレム事件を機に、サウジがトランプ政権やイスラエルに反発し対立するリスクも出てきました。

米国側からすれば、もはやエネルギーは自前で調達できるので、サウジは「用済み」の面があります。それだけ米国はサウジに強く出られる面があり、場合によってはサウジを弱体化し、崩壊させても構わないとの深慮遠謀を指摘する向きもあります。そもそもサウジはイスラム過激派に資金支援をするなど、トランプが敵視するテロリストの温床とも見られています。

その場合、日本の代表的企業が(日本政府が間に立って)サウジのために経済協力を行いビジネスを展開するなかで、サウジの政情不安や経済混乱が生じると、単なるテロ・リスクでは済まない大きなリスクを多くの日本企業が負う羽目になります。

それだけに安倍総理の立場が重要になります。世界の孤児になるのを覚悟のうえで米国、ユダヤ連合に与するか?欧州連合と歩調を合わせてトランプ氏の姿勢を正す方向で動くか?

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前者を選べば、サウジ以外でも各地で日本企業がテロ・リスクにさらされます。後者となれば、中東全般で日本企業が狙われるリスクは低下しますが、それでもサウジの混乱には巻き込まれるでしょう。

トランプ氏の世界での孤立が、日本企業まで巻き込むリスクがあるだけに、安倍総理は「トランプ大統領との距離の取り方」をよくよく考えるべき時期に来たと思います。

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image by:Drop of Light / Shutterstock.com

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年12月14日)

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