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IT企業に投資する人なら知っておくべき『人月の神話』と失敗の本質=東条雅彦

最近、久しぶりに『人月の神話』という書籍を読み返して、改めて「やはりこの本はスゴイ」と感動したので、その内容をシェアしていきます。この書籍は私のようにSI業界で働いている人なら、一度は読んだことがあるでしょう。それほどとても著名な本なのです。

SIとはSystem Integrationの略で、簡単に言えば「システムを導入しようとしている顧客の面倒を最初から最後まで全部みる」という意味になります。

顧客の権限がやたら強くて、「締め切り厳守」をSI企業に押し付けた場合、SI企業はついつい投入する人員の数を増やして対応しようとします。しかし、それは間違いです。その間違いをより論理的に指摘したのが『人月の神話』になります。

この書籍で語られている概念は、IT企業で働いている人や投資を考えている人はもちろん、複数人で仕事をしている人なら誰でも知っておくべきことだと思います。(『ウォーレン・バフェットに学ぶ!1分でわかる株式投資~雪ダルマ式に資産が増える52の教え~』東条雅彦)

デスマーチに援軍は逆効果。スケジュール遅れへの正しい対応とは

プロジェクト失敗の本質は今も昔も同じ

人月の神話』(にんげつのしんわ)という書籍をご存知でしょうか? この本は「ソフトウェア工学のバイブル」と呼ばれている伝説の書籍です。

システム開発の現場でプロジェクトマネージャーを務めている人がこの書籍を読んでいなかったら、「もぐり」だと言われています。それ程、とても有名な書籍なのです。

私も仕事柄、複数のプロジェクトを管理している関係上、10年程前にこの書籍は熟読しました。さすがにソフトウェア工学の古典と言われるだけあって、読みにくいと感じました。

しかし、そういう読みにくさを吹き飛ばす衝撃がありました。それはこの書籍の古さにあります。『人月の神話』が最初に出版されたのは、なんと今から42年前の1975年

著者のブルックスの考察は、自身がIBMで「OS/360」というオペレーティングシステムの開発に携わったときの失敗に基づいています。ブルックスが経験した42年前の失敗事例が、現在でもほぼそのままの形で再現されてしまっているのです。

そのため、プロジェクトマネージャー、システムエンジニア、プログラマーの人が『人月の神話』を読むと、思わず唸ってしまいます。

この42年もの間にシステムを構築するための開発ツール、プログラミング言語、開発手法は劇的に変化しています。ただし、システム開発におけるプロジェクトの失敗の本質は今も昔も同じです。

ブルックスの法則とは?

この書籍の主張は至って単純明快です。タイトルの通り、プログラマーの失敗の原因は「人月」という考え方を使って見積もりをしているからであるとします。

人月(にんげつ)とは、1人が1か月で行うことのできる作業量(工数)を表す単位です。システム開発だけではなく、土木・建築の現場などの事業の作業工数見積もりにも使われている単位です。

例えば、Aというシステムを作るのに、1人のSEが2ヵ月の作業を必要とするので、2ヵ月分の人件費をお客さんに請求するというような使われ方をします。

<例>

システムAを作るための費用:SEの1ヵ月あたりの単価50万円×2ヵ月=100万円

ただ、ブルックスは、この人月という概念には大きな問題点が潜んでいると考えています。具体的には次のように指摘しています。

私たちが使っている見積もり手法は、コスト計算を中心に作られたものであり、労力と進捗を混同している。人月は、人を惑わす危険な神話である。なぜなら、人月は、人と月が置き換え可能であることを暗示しているからである。

出典:『人月の神話』(著:フレデリック・P・ブルックス Jr/刊:丸善出版)

『人月の神話』で最も有名な主張は、「ブルックスの法則」と呼ばれているものです。

ブルックスの法則:遅れているソフトウェア・プロジェクトに人員を投入しても、そのプロジェクトをさらに遅らせるだけである。

出典:同上

おそらく、この現象はシステム開発に携わる人であれば、誰でも一度は経験しているはずだと思います。さらに言えば、システム開発だけではなく、一般的なプロジェクトでも同じはずです。

ブルックスはこの法則が成り立つ理由を次のように分析しています。

ソフトウェア・プロジェクトに人員を追加すると、全体として必要となる労力が、次の3つの点で増加する。
すなわち、再配置そのものに費やされる労力とそれによる作業の中断新しい人員の教育追加の相互連絡である。

出典:同上

この部分が、ブルックスが最も主張したかった点だと思われます。

Next: なぜ援軍が邪魔になるのか? わかりやすく図解すると…



わかりやすく図解すると

少しイメージがわかないかもしれませんので、図解します。例えば、あるプロジェクトをAさん、Bさん、Cさんが3人で共同作業していたとします。

<図解>

3人でコミュニケーションを取り合うのに、必要なコミュニケーションコストは「3」です。

・Aさん←→Bさん
・Aさん←→Cさん
・Bさん←→Cさん

このプロジェクトは予定よりも遅れていたため、プロジェクトマネージャーが新しい人員Dさんを投入して、スケジュールを回復させようとしました。これはシステム開発にかかわらず、あらゆるプロジェクトで本当によくある話だと思います。

<図解>

新しいDさんが加わったことによって、プロジェクト内のコミュニケーションコストは次のように変化します。

・Aさん←→Bさん
・Aさん←→Cさん
・Bさん←→Cさん
・Dさん←→Aさん
・Dさん←→Bさん
・Dさん←→Cさん

なんと、プロジェクト内のコミュニケーションコストは2倍の「6」に増えるのです。

そして、さらにプロジェクトが遅れていた場合、また新たな人員Eさんを投入すると、次のようになります。

・Aさん←→Bさん
・Aさん←→Cさん
・Bさん←→Cさん
・Dさん←→Aさん
・Dさん←→Bさん
・Dさん←→Cさん
・Eさん←→Aさん
・Eさん←→Bさん
・Eさん←→Cさん
・Eさん←→Dさん

コミュニケーションコストは「10」に増えます。

そして、ブルックスが指摘している通り、新しい人員が増えるためにプロジェクトには次の3つのコストが増えていきます。

(新規コスト1)

再配置そのものに費やされる労力とそれによる作業の中断

(新規コスト2)

新しい人員の教育

(新規コスト3)

追加の相互連絡

上記のコミュニケーションコストは、主に「追加の相互連絡」に焦点を当てて説明していますが、現実的には新規コスト1と2の影響も大きいと思います。

私は新人の時に遅れているプロジェクトに投入されたことがあるのですが、教育されずに放置された経験があります。そのプロジェクトのメンバーが忙しすぎて、「周りの人間のことなんて、構ってられるか」といった、ただならぬ空気が漂っていました。

そして、こちらも新人とはいえ、給料が出ているのに一日中、ボケっとしているわけにはいきません。周りの先輩たちに質問をしまくって、なんとか自分にもできる仕事を見つけようとします。

結果的に周りの人たちに作業を中断させて、新しい教育コストを発生させるという流れになっていたと思います。本来はプロジェクトマネージャーがちゃんと音頭を取るべきなのに、それすらもできていませんでした。

Next: 人員投入は逆効果。では、いったいどうすればいい?



スケジュール遅れに有効な2つの対処方法

人員を追加することで、遅れているプロジェクトに対処することはできないのなら、一体、どうすればいいのでしょうか? ブルックスは、スケジュールが遅れている時は次の2つのことを提案しています。

  1. スケジュールを立て直す
  2. 仕事の規模を縮小する

この2つの対応策で鍵を握っているのは顧客との関係性です。顧客と密に連携が取れている場合、比較的、調整が効きやすく、そのプロジェクトは成功する確率が高くなります。

しかし、下請け的な立場で仕事を請け負って、顧客の言いなりになっていたり、そもそも顧客との関係性が悪かったりする場合は、当初の計画を遂行するために「新しい人員を投入しまくる」という選択を取らざるを得ません。

システム開発会社はなぜか顧客から「下請け」だと見られることが多く、なかなか顧客と良い関係を築けていないのが現状です。

密かにIBMのように長年にわたって、強固な顧客基盤を築いている企業はかなりレアな存在であって、大半のシステム開発会社はそうではありません。そして、そのIBMですら、時々、発注者である顧客から裁判で訴えられたりしています。

プロジェクトの失敗はおそらく、今後も続くでしょう。

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システム開発は「人対人」

一般的にはシステム開発会社が『人月の神話』で語られている2つの対策を取ろうとすると、顧客はとても嫌がります。そして、仕方がなく、遅れているプロジェクトに新しい人員を投入していき、さらにプロジェクトが遅れるという流れになります。

最終的にはプロジェクト自体が空中分解して、システム開発会社も顧客も、悲惨な目に遭います

結局、どんなに開発ツールが新しくなっても、開発手法や開発環境が変わっても、最後に鍵を握るのは「顧客との関係がどのぐらい深いのか?」という部分になります。つまり、システム開発はどこまで行っても「人対人」なのです。

そして、これはどんな仕事でも同じ。結局は「人対人」です。

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ウォーレン・バフェットに学ぶ!1分でわかる株式投資~雪ダルマ式に資産が増える52の教え~』(2018年1月14日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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