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孫正義が考える「バフェットの倒し方」ソフトバンク親子上場の狙いとは?=栫井駿介

ソフトバンクグループ<9984>が傘下の携帯子会社株式の一部を売却・上場することが報道されました。実現すれば時価総額約7兆円、売却総額約2兆円と過去最大級のIPOとなる見通しです。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

「バフェットほどには孫を信用できない」投資家の低評価は覆るか

「投資不適格」を返上する資本増強

ソフトバンクグループは携帯電話会社と一般的には認識されていますが、その実態は今や「投資会社」と言っても過言ではありません。特に、2016年11月にサウジアラビアの政府系ファンドと10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を立ち上げてからは、孫正義社長は投資事業にかかりきりのようです。

10兆円のファンドとは、一企業が立ち上げるものとしては恐るべき規模です。しかし、いくら孫社長と言えどいくらでも無限にお金が出てくるわけではありません

2013年に米携帯電話会社のスプリントを2兆円、2016年にアームを3.3兆円で買収した結果、有利子負債は総額15兆円にものぼります。

S&PやMoody’sなどの海外格付会社からはBB+/Ba1といった「投資不適格」とされる格付が付与され、事業展開の足枷になっていました。

これだけ債務が膨張すると、財務を健全化させるには資本を増強する必要があります。公募増資に頼ることもできますが、既存株主の持分を希薄化させてしまいます。

実は携帯子会社の売却は、公募増資に頼らず資本を増強するための裏の一手と言えます。

2006年にボーダフォンを買収した時の金額が1.7兆円でしたから、携帯子会社を上場させることで7兆円の時価総額が付けば、売却益のみならず携帯子会社株の含み益を得ることになり、結果的に巨額の資本増強が可能になるのです。

ちなみに、売却代金の2兆円は大きな問題ではありません。この低金利環境において、ソフトバンクのような大企業ならそのくらいの金額は銀行が喜んで貸してくれるでしょう。あくまで必要なのは「資金」ではなく「資本」です。

また、上場により子会社の自由度確保など教科書的な説明をする報道もありますが、これは当たらないと考えます。売却するのは3割程度とされ、議決権の3分の2を保有する親会社のソフトバンクグループは主導権を持ち続けるでしょう。

上場によりこれまで隠れていた携帯電話会社の価値を顕在化させ、結果として資本増強を行うことこそが、本上場計画の最大の目的と私は考えます。

Next: 孫社長のバフェット退治。「金のなる木」を売却する行動原理とは?



「金のなる木」を売却する行動原理とは?

もちろん、子会社上場によるデメリットがないわけではありません。最大のデメリットは携帯子会社の利益が外部の株主へ流出してしまうことでしょう。

携帯子会社は非常に儲かっている事業であり、グループ連結営業利益の約7割を生み出します。経営学的にはシェアと利益率の両方が高い「金のなる木」であり、その2割を売却するということは、毎期の営業利益の約15%を手放すということです。

出典:ソフトバンクグループ2017年3月期決算説明資料

周辺事業ならともかく、一番儲かっている主要事業の一部を切り離してまで資金を調達するなど、普通の会社ではまず考えられません。サッカーに例えるなら、得点王を取ったフォワードを移籍金目当てに放出するようなものです。

しかし、ソフトバンクを「投資会社」とみなすなら合点がいく部分も少なくありません。孫社長は、2006年にボーダフォンを買収してから、携帯キャリアで圧倒的3番手だった同社をほぼ肩を並べる位置にまで押し上げました。

投資会社の一種である「バイアウトファンド」は、買った会社の経営を改善し、その価値を高めて最終的に株式を売却することで利益を得ます。ソフトバンクの携帯子会社は上位2社と肩を並べて大きな利益を出すようになったことで、投資対象としては「収穫期」を迎えたと言えるのです。

孫社長が強く意識する「ウォーレン・バフェット」

投資会社としてのソフトバンクは、それを専業でやっている企業と比較しても並ぶ者はいないほどのずば抜けた成績をあげています。インターネット黎明期に投資したYahoo! JAPANは176倍に、中国アリババに至っては1,400倍に化けました。

そんな「投資会社」を率いる孫社長が常々意識している相手が、投資の世界で知らない人はいない世界第3位の大富豪であるウォーレン・バフェットです。

バフェットが経営するバークシャー・ハサウェイも投資会社であり、ソフトバンクグループと同様に上場しています。その時価総額は、保有株式の総額を合計した金額を上回っていて、その差は「バフェット・プレミアム」とも呼ばれます。

一方のソフトバンクグループは、世界の時価総額トップ10に入るアリババ株式の3割近くを保有するなどの実績をあげていながら、親会社の時価総額は保有株式の総額を下回っています。孫社長は「孫正義ディスカウント」と呼び、その是正を訴えているのです。

これは、単純化して言うなら「バフェットは信用できるけど孫はちょっと信用できない」と投資家が言っているようなものです。これに孫社長は納得がいかないのでしょう。

携帯子会社の上場は、自分の最大の成功と言っても過言ではない携帯電話事業への投資の成果を顕在化させることで、「孫ディスカウント」の解消を狙っているのではないかと感じます。まさに自身のプライドをかけた戦いなのです。

Next: 好対照な2人。孫社長とバフェットのアプローチは正反対



アプローチは正反対だが、どっちも正しい

孫とバフェットの投資で共通することと言えば、「優良企業に投資すること」でしょう。いわば投資の鉄則であり、それを見極められるかどうかが投資家としての腕の見せ所です。

しかし、両者のアプローチは正反対と呼べるほど大きく異なるものです。

バフェットの銘柄選定は、過去の実績や現在の状況から「経済の堀」がある企業を探し出し、その企業の株価が本質的な価値よりも割安なものに長期で投資するというものです。企業の選定は「自分が理解できる事業」とし、そのジャンルは問いません。経営者の能力よりも「馬鹿でも経営できる会社」を選びます。

一方、孫の銘柄選定はインターネットの世界を軸として、これから大きく伸びそうな企業に対し上場・未上場問わず投資を行います。投資企業の多くは過去の実績を持っておらず、孫は事業の将来性と経営者の能力を見て投資していると考えられます。

端的に両者の違いを比較するなら、バフェットは過去と現在に価値を見出し、孫は未来に価値を見出しているということでしょう。バフェットは「いいものは時間が経っても大きくは変わらない」と考え、一方孫は「未来はもっと良くできる」と考えているのです。

投資のアプローチとしてはどちらが正しいと言うことはありません。どちらも正解であり、また完全とも言えません(そもそも、投資に「完全」はありません)。

唯一の正解があるとするなら、どちらも自分で考えた「価値」に投資しているということです。自分を信じ切れるかどうかが投資において成功の鍵であることは、バフェットの師であるベンジャミン・グレアムも指摘しています。

願わくは、両者が同じ時代・同じ場所に生き、その投資成果を競って欲しかったと感じます。ソフトバンクグループの投資戦略はまだこれからですが、孫社長の眼に映る「未来の価値」を、同じ投資家としてはぜひ覗いてみたいものです。

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つばめ投資顧問は相場変動に左右されない「バリュー株投資」を提唱しています。バリュー株投資についてはこちらのページをご覧ください。記事に関する質問も受け付けています。

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image by:Masayoshi SonWarren Buffett / Wikimedia Commons

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2018年1月25日)

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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