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これじゃ「働かせ方」改悪。政府が本当に議論すべき日本企業の課題とは=斎藤満

政府は「裁量労働制」の今国会での成立を断念し、働き方改革関連法案から削除する方針を固めました。今回、裁量労働制を議論する国会が空転したことで、日本が抱える様々な問題が露呈しています。問題が多いということは、改善すれば良くなる余地も大きいということです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2018年2月26日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

昔とはまったく違う労使関係。現状では裁量労働はうまくいかない

本題を置き去りにして空転した国会

人手不足、生産性上昇率の低下という問題を抱える今の日本で、「働き方改革」には本来大きな期待がかかっていました。これが成果を挙げれば、労働者も企業も、そして日本経済にも大きなメリットが期待されました。

今回、裁量労働制を議論する国会が空転し、日本が抱える様々な問題を露呈しました。問題が多いということは、これから改善すれば良くなる余地も大きいことになります。

裁量労働制の取り入れ自体は、悪い話ではありません。

米国でも在宅勤務などを取り入れる企業が増え、働き方の自由度を認め、より効率的で生産性の上がる働き方が検討されました。労働者側にも「ワーク・ライフ・バランス」を重視する考えが増え、それに対応できる職場が増えました。

これは日本にも当てはまります。かつてのように「滅私奉公」「立身出世」ばかりではなくなりました

ところが、国会の論議を聞いていると、肝心な問題が抜け落ちています。労働時間が減るという前提で裁量労働制を正当化する政府と、その前提のデータに齟齬があり、前提自体がおかしいとして議論を拒否する野党がぶつかり、議論が進みません。

裁量労働では労働者は救われない

確かに過重労働で健康を害し、過労死したり自殺に追い込まれたりするケースも多発しています。しかし、過重な労働時間を制限すれば労働者が救われ、企業のコストが減るとの発想は短絡的です。

ブラック企業、ブラック上司にあたってしまうと、法的な保護も効かないケースが少なくありません。逆に寝る時間を惜しんでも仕事の成果を挙げたいと思う労働者もいます。かつては「24時間働けますか」というTVコマーシャルもありました。

30年前には問題にならなかったことがいま大きな問題になるのは、何が原因なのか。その議論が欠けているように思えます。

労働者に企業へのロイヤリティ(忠誠心)があれば、多少の残業は苦になりませんが、企業や上司との関係が冷え込むと、労働者にはストレスになり、やる気がそがれ、生産性が低下することがあります。

Next: モーレツ社員はもういない。欧米化する企業と、それを後押しする政府



変わってきた企業と労働者の関係性

30年前との大きな変化の1つは、日本が終身雇用・年功序列制を放棄し、中途採用・非正規雇用にシフトしていく中で、企業と労働者との関係が変わってきたことです。労働の「成果」「評価」も欧米型の短期化、数量化が進み、企業の労働者へのスタンスが変わり、労働者の企業への忠誠心(ロイヤリティ)も低下した感があります。

かつては「日本的経営」と言われ、新卒労働者に対して企業は20年・30年単位の長期投資としてとらえ、社内教育によって将来の幹部候補生に育てました。労働者も当初は賃金が安くても、いずれ課長・部長になりたいとの希望に支えられ、自分が勤める会社を「わが社」と呼びました。「将来は社長になるんだ!」と言って頑張る、モーレツ社員も少なくありませんでした。

欧米化する企業と、それを後押しする政府

ところが、企業の姿勢が欧米化し、短期の収益を追求し、株主に答えようとして、日本的経営を放棄しました。即戦力の労働力を中途採用したり、パートなど非正規労働者を増やしたりして、固定費としての労働コストの変動費化を進めました。政府もこれに答えるような雇用の弾力化を促す制度を推し進めました。

企業の労働者に対する評価も10年後・20年後を見据えたものでなく、1年・四半期ごとの「成果」を数量化して測るようになりました。

ここに企業と労働者、上司と部下との関係が変わり、信頼関係が「数字」で表される「成果」に左右されやすくなりました。そうなると、職を維持したい労働者は長時間働いてでも「成果」を挙げなければならない状況に追い込まれます。

なかには出世よりも家庭生活を重視する人もいるでしょうが、彼らに働き方を選択する裁量の余地はありません。成果を挙げなければ「クビ」になるか、地方・窓際に飛ばされます。

つまり、裁量労働制を進めるには、労使間の関係が相応に熟していないのです。

Next: 現状にそぐわない裁量労働。それでも無理に推し進めると…



専門職の成果をどう数値化するのか?

それでも企業の論理で特定の職種を裁量労働制に押し込むと、ただの「残業代減らし」のそしりを受けます。

要は成果を挙げれば良く、そのための働き方は自由」という言葉には、「毒」があります。

裁量労働制に向いていると考えられる「専門職」では、「成果」を測る基準があいまいで、逆に客観的な数字で成果を図れる職種は、製造ラインや営業などに限られます。一般に「専門職」と言われる職種では、顧客評価やノーベル賞などの外部の賞を取る人以外は、客観的評価が困難です。

人事や企画部門の「専門職」の成果はどうやって測るのか。

エコノミスト、アナリストも、レポートの数では評価できず、その内容は誰が評価するのか。証券など、顧客に売り込む側の業態のエコノミスト、アナリストは顧客の人気ランキングなどでの評価がありますが、運用会社・銀行などのエコノミスト、アナリストは客観評価がありません

米国では在宅勤務を廃止する企業も

米国でも在宅勤務を見直し、廃止する企業が出ています。

チームで仕事をする方が生産性が上がるからとか、昇給昇格には人との接触が欠かせないとか、在宅勤務のメリットとともにデメリットも認識されるためです。

それでも在宅勤務など、働き方については依然として改善が進められています

利益重視では裁量労働制はうまくいかない

裁量労働制を進める場合、評価方法や条件を明確にしたうえで、労働者に選択させるしかありません。専門職でなくとも、ワーク・ライフ・バランスの面から出世よりも家庭事情に合った働き方を求める人もいるはずです。彼らにも働き方の選択ができるようにしたら、良いと思います。

こうした制度を始めるには、まずは企業と労働者との信頼関係が大事です。労働者よりも株主や利益本意の会社では、この裁量労働制はうまく機能しないと思います。

国会で政治家が議論して決められるものでもありません。旧来の日本的経営と欧米型の成果主義とが混在するなかでの裁量労働制移行には困難が伴い、労使間の信頼関係が不可欠です。

労働者に裁量労働の選択権を与えたうえで、働き方についても労働者に任せるよう、制度的に保証した方がよいでしょう。

私もかつてエコノミストとして金融機関に勤めていましたが、オペラの上演があるので定時に退社しようとすると、当時の上司に「もうお帰りですか」と白い目で見られました。ある程度の地位にまで上がらないと、裁量労働の余地は多くありません

Next: うまく機能すれば「三方良し」に。本来、国会で議論すべきだったことは



労働者が安心して裁量労働を選べる制度へ

国会ではデータの齟齬で責任を追及するより、労働者が安心して裁量労働を選択できるような制度面でのチェックに議論を傾けたほうが生産的で、労働者のためにもなります。

労働者の労働意欲を掻き立てる制度になれば、おのずと生産性が上がり、賃金、企業収益、成長のいずれも改善する「ウイン・ウイン・ウイン」が得られます。

それにしても、データの基礎的なミスなど、省庁統合の悪い影響があちこちに見られます。統計データの集計・チェックもできない体制には問題があります。労働省と厚生省を一緒にする必要があったのか。大臣ポストや役人の数を減らすためだけの省庁再編は、弊害の方が目立ってきました。

過ちを正すのに遅すぎることはありません。

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※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2018年2月26日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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2月配信分
・親子バトルが銀行株を圧迫(2/28)
・裁量労働制論議で露呈した日本の問題(2/26)
・中央銀行の支配者(2/23)
・半島融和の裏で中東に火種(2/21)
・(金利差・ドル円・株の関係が崩れる2/19)
・米国債のバブル性(2/16)
・トランプ予算教書に2つの危険性(2/14)
・日銀人事の裏側(2/13)
・市場不安定化が3月利上げの負担に(2/9)
・適温経済と適温相場は別(2/7)
・米金利とドル円の関係、ここに注意(2/5)
・米金利高が日本の投資家を襲う(2/2)

1月配信分
・個人消費の低迷に歯止めがかからず(1/31)
・物価本位主義見直しの時(1/29)
・安倍総理の密かな戦略を探る(1/26)
・規律を失い惰性に走る財政金融政策(1/24)
・米長期金利上昇は「吉」か「凶」か(1/22)
・強まる中国への風当たり(1/19)
・地政学リスクとビジネス・チャンス(1/17)
・粉砕される円安期待(1/)
・デフレ脱却宣言を拒む実質賃金の低迷(1/12)
・北朝鮮問題に新展開か(1/10)
・インフレ如何で変わる米国リスク(1/5)

12月配信分
・新年に注意すべきブラック・スワン(12/29)
・新年経済は波乱含み(12/27)
・日銀の過ちを安倍政権が救済の皮肉(12/25)
・金利差と為替の感応度が低下(12/22)
・インフレ追及の危険性(12/20)
・日銀が動くなら最後のチャンス(12/18)
・不可思議の裏に潜むもの(12/15)
・制約強まるFOMC(12/13)
・生産性革命、人材投資政策パッケージを発表(12/11)
・米国に新たな低インフレ圧力(12/8)
・政府と市場の知恵比べ(12/6)
・長短金利差縮小がFRBの利上げにどう影響するか(12/4)
・原田日銀委員の「緩和に副作用なし」発言が示唆するもの(12/1)

11月配信分
・中国リスクを警戒する時期に(11/29)
・会計検査院報告をフォローせよ(11/27)
・改めて地政学リスク(11/24)
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・内部留保活用に乗り出す政府与党(11/20)
・日銀の大規模緩和に圧力がかかった可能性(11/17)
・リスク無頓着相場に修正の動き(11/15)
・トランプ大統領のアジア歴訪の裏で(11/13)
・異次元緩和の金融圧迫が露呈(11/10)
・戦争リスクと異常に低いVIXのかい離(11/8)
・変わる景気変動パターン(11/6)
・日本的経営の再評価(11/1)

10月配信分
・日本の株価の2面性(10/30)
・FRBの資産圧縮が米株価を圧迫か(10/27)
・リセット機会を失った日銀(10/25)
・低インフレバブルと中銀の責任(10/23)
・フェイク・ニュースはトランプ氏の専売特許ではない(10/20)
・金利相場の虚と実(10/18)
・米イラン対立の深刻度(10/16)
・自公大勝予想が示唆するもの(10/13)
・中国経済に立ちはだかる3つの壁(10/11)
・自民党の選挙公約は大きなハンデ(10/6)
・当面の市場リスク要因(10/4)
・景気に良い話、悪い話(10/2)

9月配信分
・アベノミクスの反省を生かす(9/29)
・高まった安倍総理退陣の可能性(9/27)
・日銀も米国に取り込まれた(9/25)
・安倍総理の早期解散に計算違いはないか(9/22)
・日銀は物価点検でどうする(9/20)
・中国経済は嵐の前の静けさか(9/15)
・トランプ政権はドル安志向を強める(9/13)
・気になる米国の核戦略(9/11)
・日銀の政策矛盾が露呈しやすくなった(9/8)
・ハリケーン「ハービー」の思わぬ効果(9/6)
・北朝鮮核実験の落とし前(9/4)
・内閣府は信頼回復が急務(9/1)

8月配信分
・個人消費の回復に疑問符(8/30)
・あらためて秋以降の中国リスクに警戒(8/28)
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マンさんの経済あらかると』(2018年2月26日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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