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日本は「現金払い」の呪縛から逃れられないのか? 地方で芽生えた消費者の変化=岩田昭男

日本各地を講演で回っていると、聴衆の皆さんからキャッシュレス化を拡大するヒントや可能性を教えてもらえることがあります。今回はそんな3つのエピソードを紹介します。(『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』岩田昭男)

※本記事は、『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』2018年7月15日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:岩田昭男(いわたあきお)
消費生活評論家。1952年生まれ。早稲田大学卒業。月刊誌記者などを経て独立。クレジットカード研究歴30年。電子マネー、デビットカード、共通ポイントなどにも詳しい。著書に「Suica一人勝ちの秘密」「信用力格差社会」「O2Oの衝撃」など。
岩田昭男の上級カード道場:http://iwataworks.jp/

日本各地でじわじわ広がる、キャッシュレスでの便利で嬉しい体験

地方に行くほど根強い「現金主義」

私は消費生活評論家として全国で講演をしてきました。この30年は、ほとんどの時間をクレジットカードの研究に費やしていましたので、テーマはクレジットカードについてが大半でした。

これまでに、北は札幌から南は宮崎まで50カ所を超える地域の消費生活センターの会場で話してきましたが、苦労も多くありました。

キャッシュレス(クレジットカード)については地域差が大きく、東京でしゃべる内容と、地方でしゃべる内容では、若干変えなければ伝わらないといった状況もありました。

そして、地方に行けば、行くほど、現金志向が強く、カード嫌いな人が増えていくのも悩みのタネでした。

<主な講演地>

札幌、仙台、千葉、佐倉、市原、大宮、東京(立川、飯田橋など)、川崎、横浜、藤沢、茅ヶ崎、富士市、名古屋、伊賀上野、金沢、新潟、大阪、神戸、姫路、高松、博多、熊本、長崎、宮崎など。

大阪は徹底して「現金主義」だった

地域差でいえば、大阪が突出していました。1990年代ですが、私は大阪の準キー局に呼ばれて初めてテレビに出ました。タレントの板東英二氏が司会役のバラエティー番組でした。

当時は青木雄二の漫画『ナニワ金融道』が大ブームで、「クレジットカードの使い過ぎが怖い」とか、「借金になるから嫌だ」といったマイナスイメージが強く、とくに大阪では、「現金のほうが信用できる」という人が多かったように思います。

番組では、私がクレジットカードについていろいろと説明しても、「そりゃ便利やな」とは言うものの、板東氏は、あまり身を入れて話を聞いてくれませんでした。最後は、長財布を取り出して、「やっぱりこれが一番やな」と現金を持ち上げるようにして終わりました。

クレジットカードの話をしていたのにいつの間にか現金払いが一番だというオチがついたのですが、カードは流行の1つくらいにしか思われていなかったのです。

Suicaほか電子マネーの登場でがらりと変わった

それががらりと変わったのは、2001年にEdyやSuicaといった電子マネーが登場してからです。電子マネーは端末にかざすだけですぐに支払いができるため、多くの人の支持を得ました。また、クレジットカードと違って前払いでしたから、借金にならないという安心感もありました。

そして、講演の中身も、電子マネーの上手な使い方やポイントの貯め方など前向きな話が多くなって、非常に明るくなったことを覚えています。そういう意味でも、本当のキャッシュレスは電子マネーから始まったのではないかと思っています。

ここから、静岡県の先進的な主婦たちの話など、講演で印象に残ったエピソードを3つご紹介します。

Next: 電子マネーで家計をかしこく管理する静岡県富士市の主婦たち



ケース1:静岡県富士市の進んだ主婦たち

そんな中で印象に残っているのが、2008年の静岡県富士市での講演でした。近くにイオンモールができて電子マネー「WAON(ワオン)」の発行を始めたことから、「電子マネーの仕組みについて講演をしてくれ」と依頼されました。

聴衆は若い主婦が中心でしたが、彼女たちは皆、電子マネーに対して非常に好意的でした。

話を聞いてみると、イオンモールができてWAONで買い物するようになってから、無駄遣いがなくなったと言います。毎月、1ヵ月分の生活費(イオンで使う分)をWAONにチャージしているからだと言うのです。

それを聞いて、私はびっくりしました。電子マネーにチャージした分だけ使うというのは、いわゆる「袋分け」のノウハウです。よくファイナンシャルプランナーが薦めている節約のための家計管理法で、封筒を用意して食費や光熱費を現金で入れておくというもの。それを誰に言われたわけでもないのに、電子マネーで実践しているのです。

この業界ではキャッシュレス化を進めるには、CX(Customur Experiment・良い体験)を重ねるのが一番有効と言われてます。この主婦たちは、無意識のうちにそれを実践していたわけです。「良い体験」を自ら発見して積み重ね、それを仲間とシェアすることで強固なものにしているのです。驚くべきことでした。

とにかく「お得」であれば嬉しいという思いが強いから、この主婦たちは自然とこうしたやり方を発見したのだと思います。私の講演を聞いてこれが非常に効果的であるということまでわかって、彼女たちは自信を持ったようでした。

「よく聞く話だ」と専門家の冷淡な態度が印象的

ただ、この話をコンサルタントやカード会社の開発部員にしたところ、「よく聞く話だ」「誰でも考えることだ」などと鼻で笑って、まったく関心を示しませんでした。

彼らはキャッシュレスをそれこそ何十年も考えてきたわけですから、プロ中のプロです。そういう人は、こうした工夫では驚かないのでしょう。頭の中はもっと先の高尚なことを考えているのでしょう。

しかし、それは違うと私は思っています。庶民の生活の視点が抜けてしまえば実用化は難しくなります。実用化したとしても役に立たないものとなるでしょう。

利用者がどう考えるか、それをどう取りこむかを思い巡らすことこそが大切なのです。そうした視点が欠けているから、いまのフィンテックは盛り上がりに欠けるのではないかとみています。

素人目線の大切さ」を感じるのはいつもこうした講演会でです。次に紹介するのも、別の講演会で聴衆のひとりに言われてハッと気づいたことです。

Next: デビットカードが人生を豊かにした! 千葉県佐倉市の終活婦人



ケース2:千葉県佐倉市の終活婦人

2014年に千葉県佐倉市の消費生活センターで講演した際には、75歳の老婦人が講演終了後に質問してきました。

彼女は終活で身辺をきれいに整理した際、クレジットカードもすべて解約したと言うのです。ところが、大きな問題が発生しました。ネットショッピングが好きで頻繁に利用していたのですが、それを忘れていてカードを全部処理してしまったのです。

やむを得ず代引きで頼むことにしましたが、手数料がかかるし、配達員の来る時間帯に家にいなければならない。新たにクレジットカードを作ろうと思っても、審査に通らない。どうしたら良いか、という悩みでした。

なかなか難しい問題でしたが、話を聞いているうちに、「ブランドデビットなら行けるかもしれない」と思い立ちました。クレジットカードと同じように使えるが、与信審査か不要なので銀行口座さえあれば誰でも作れます

そのことを教えてあげたところ、大変に喜んでくれました。

新しい決済ツールで生きがいを取り戻した

それから2ヶ月ほどして礼状が来て、「ネットで好きなものを注文して、毎日楽しく過ごしています」という内容でした。私もほっとしました。

これなども、ある意味ではキャッシュレス化の新しい体験のうちに入るでしょう。新しい決済ツールに備わっている新しい利用方法を聞いて、自分の生きがいを取り戻したのですから、すばらしい体験だったといえます。

このように消費生活センター主催の講演では、いろいろと意義深い体験を私の方もさせてもらいました。しかし、いつも消費生活センターだったわけではありません。ときどきは商工会議所主催の講演もありました。

ただ商工会議所が企画する講演会は少し様相が違ってきます。こちらは商店街にどんなカードを導入すれば良いのかとか新しいテクノロジーを使った実証実験に加わろうとか、いつも意欲に満ちています。そのため、現場の微妙な感想などはあまり重視されません。いかに効果があり、いかにお金が儲かるかが中心になります。

Next: 現金主義が根強い北陸で、金沢市はキャッシュレスの恩恵を受けていた



ケース3:金沢市のゴールドラッシュ

2017年に金沢に呼ばれたのもその1つでした。北陸地方は現金主義が根強くてカードの話など全然ムリと言われていましたから、最初に話があった時は「なぜここなのか」と不思議でした。

ちょうど北陸新幹線が開通したあとで、東京−金沢間も2時間56分で結ばれて通勤圏内にも入るかというほどに近くなりました。

私もその新幹線に乗って金沢に入りました。会場に到着すると、ホールは熱気でムンムンとしていました。商店主や役人でいっぱいでした。

熱い期待が渦巻いているのがわかりました。そして電子マネーの専門家である私の話を聞き漏らすまいと、耳をそばだてているのがよくわかりました。最初はなんでこんなに入れ込んでいるのか分かりませんでしたが、話をしているうちにだんだんとわかってきました。

開通したばかりの北陸新幹線が関係していたのです。金沢は鉄道エリアとしてはJR西日本の管轄であって、交通系電子マネーでいうとICOCAの守備範囲です。

しかし、ICOCAはあまり普及していないので、京阪神の人が観光に来てもそれほど多くは使われませんでした。そのため金沢市民はどちらかというと電子マネーに疎くて無頓着だったのです。

「東京から来る客はみんなSuicaをもっている」と見抜いた金沢市民

ところが東京方面からやってくる新しい観光客は、大抵SuicaやPASMOを持っていて、いろいろな店で必ず「これで支払いができるか」と聞いてきます

金沢の人はSuicaがそこまで普及しているとは知らなかったので、とても驚いたようです。とにかく店も市民もSuicaに対応しないといけないし、よく知らなければならないと思うようになり、電子マネーとくにSuicaに詳しい私が講演会に招かれたのです。

Suicaが使えるか使えないかで売り上げも大きく変わります。まさに死活問題とあって、私の話に皆さんが聞き入り、一所懸命にメモを取ってくれたのです。

その姿を見て、これがキャッシュレス時代の幕開けだと思った次第です。私も講演が終わる頃にはこの事情に気づきましたので、Suicaの利点を若干は短所を含めてですが、たくさん喋りました。それが奏功したのでしょう。講演会は大盛況のうちに終わりました。

これは新幹線が幸運を運んできてくれた珍しい例です。金沢は東京と新幹線でつながったことでキャッシュレスが急速に進んで、皆が大儲けした幸運な町として経済史に残ることでしょう。

Next: キャッシュレスでの嬉しい体験(CX)が、普及率を飛躍的に上げる



嬉しい体験がキャッシュレス化を促進する

以上、講演会で知った3つのケースを紹介しました。

最初の富士市は電子マネーの袋分けの発見で、仲間意識の強まった主婦たちの話でした。2番目は、生きがいだったネットショッピングを継続できる喜びを得た老婦人の話。3番目は、新幹線が運んできた幸運を紹介しました。

とくに3番目の例はお店側が儲かる方程式を得たという点で、店主にとっては良い体験だったと思います。

こうしたCX(Customur Experiment・良い体験)をしっかり押さえながら、積み重ねていき、深堀りすることで、キャッシュレスは確実に広がっていくのではないでしょうか。

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達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』(2018年7月15日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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