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日経も間違えた?「老後資金の準備」で絶対に覚えておきたいポイント=近藤駿介

一口に「老後への備え」と言っても方法はさまざま。株式投資もあれば終身保険もあり、自分にとって何がベストなのか目移りしてしまいます。そこで専門家に相談を、と考える方も多いのではないでしょうか。でも最低限の「投資の基本」を押さえておかなければ、あらぬ方向にミスリードされる恐れが。元ファンドマネジャーの近藤駿介氏が解説します。

老後への備えを考えるあなたは、新聞を鵜呑みにしてはいけない

「何じゃこれは?」日経電子版に載った奇妙な問答

日本人の金融商品に対する接し方の典型的な間違いがよく表れている記事が、日経電子版に載った。

老後資金の準備」の目的で終身保険を勧められ、月払い保険料2万3000円弱の終身保険に入った40歳の人の話。

記事の概要はこうである。この相談者は、

終身保険は65歳まで解約しなければ、総額約680万円の支払いに対して757万の払戻金がある。111%強の払戻率は「個人年金保険」より魅力的という説明を聞いて契約した。だが1年経過したころ「年間30万円近い保険料を払い続けるにもかかわらず、65歳までに解約したら、どの時点でも払戻金がマイナスになるのは大きなデメリットではないか」と思い始めた。

ため、解約をした方がいいかを保険コンサルタントに相談した。その結果、

「毎月2万3000円ほどのお金を25年間、継続して貸してほしい。25年後には貸してくれたお金の111%強を一括返済することを約束する。ただし、25年たたないうちにお金を引き揚げるなら、常に借りたお金を下回る額しか返さない」という話をもちかけてくる人がいたらどうだろうと、想像してみるのです。

とのアドバイスを受け、この保険を解約したという話。

この記事を読んだ感想は、「何じゃこれは?」

この人の加入した保険が良い商品であるかないかは後ほど見るとして、まず最初の問題は加入者自身もコンサルタントも保険に加入した「目的」を見失っているところ。

老後の資金の準備」のためにこの保険に加入したのであれば、その目的に適っているかが最優先検討事項。もし、その目的に適っていない商品であったのであれば、解約するのはもちろん論理的な行動。

しかし、この商品は25年後には111%の返戻金がある。これが加入者の目的に合っているのかいないのか、それに関する検討がまったくない

「65歳までに解約したら、どの時点でも払戻金がマイナスになる」と言うが、それはその期間の保証に対するコストでしかない。この加入者もコンサルタントも、コストを負担せずに保証を得られると考えているのだろうか。

紹介した記事は、保険に加入した当初の目的である「老後の資金の準備」を忘れて、払戻金の議論に陥ってしまった最悪のケース。

老後資金の準備で絶対に覚えておくべき「投資の常識」とは

いま、政府自らが「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げていることもあり、株式投資などで「老後の資金の準備」をしようとする人たちも増えてきている。そして、株式投資においては「長期投資」の重要性が叫ばれている。

「長期投資」を勧めるのは、日々の株価変動による損益に翻弄されるなということ。それは、老後を迎えるまでの間、資産時価が投資資金を下回っていることがあるからだ。

このように考えると、「65歳までに解約したらどの時点でも払戻金がマイナスになる」というのは、株式への長期投資と同様のリスクであり、想定の範囲のはず。

株式投資の場合は、「65歳までに解約したらどの時点でも払戻金がマイナスになる」というこの保険に比べて資産時価が投資資金を大きく上回る場合もある。しかし、「65歳まで解約しなければ、総額約680万円の支払いに対して757万の払戻金がある(111%強の払戻率)」この保険と比較すると、老後を迎えた時点で資産時価が投資資金を大きく下回るリスクもある。

要は、株式投資は老後を迎えた時点で受け取れる金額の不確実性が高いのに対して、この保険は保険会社の信用リスクを除けば、老後を迎えた時点で受け取れる金額の不確実性は低い(確実性が高い)ということ。

こうした、不確実性の低い商品を基本に、不確実性の高い商品を組合わせてリターンの上積みを目指すのが、投資の基本的な考え方である。

Next: 「たとえ話」にご用心!まともな専門家はこうアドバイスする


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相談者の「目的」を第一に、運用を検討するのが優れた専門家

もし、小生がこうした相談を受けたとしたら、まず「目的」を明確にしたうえで、このような商品特性の違いと、それを利用した商品の組み合わせ方を説明する。

そのうえで、この商品の「25年後に111%になる」というリターンが適正なものなのかについて検討をしていくことになる。111%と聞くと10%以上増えて返ってくると単純に考えがちだが、「25年後に111%」は、単純計算すると「年率0.42%」でしかない。

この「年率0.42%」が適切なものなのか。直近の25年国債の利回りは1.25%であるから、これに比べると利回りはかなり低いといえる。しかし、25年国債は個人には手に入らないもの。

個人向け国債は現在10年までしかないが、個人向け国債10年物の利回りは直近0.294%だ。つまり、個人が現実的に得られる利回りとして「年率0.42%」というのは悪くない選択といえる。しかも、終身保険であるから、原則死ぬまでの保証が付いているうえ、税金上のメリットもある

株式投資においては「長期投資」という根拠の定かでないお題目を唱える人たちが、「老後資金の準備」という「長期計画」で選定した商品の返戻金の損益を気にするというのは、気持ちとしては分かるが本末転倒といえる。

本来、こうした矛盾を説明してあげるのが専門家の役割であるはずだ。

ミスリードを誘う「たとえ話」にご用心

しかし、この記事に登場する専門家は、「毎月2万3000円ほどのお金を25年間、継続して貸してほしい。25年後には貸してくれたお金の111%強を一括返済することを約束する。ただし、25年経たないうちにお金を引き揚げるなら、常に借りたお金を下回る額しか返さない」という、本質とはまったく異なる話にすり替えている。

本質的理解を深めるのに「たとえ話」を使うのはよくあることだが、それはあくまで、一般の人に理解し難い問題の本質を理解してもらうためのものである。本質と関係のない方向に議論を誘導する「たとえ話」は、無用な誤解を与えるだけなのでやってはいけない。

今回のケースであれば、専門家としては、その商品が加入者の目的に適ったものなのかを検討し、株式投資など他の方法とのメリット・デメリットを説明したあと、この商品が利回り的にみて他の商品と比較して高いコストを負ってしまっていないかをアドバイスするべきだ。

資産運用、資産形成において大切なのは、「目的を明確にすること」である。これをせずに「株価はいくらになる」とか、「この保険の解約返戻金はいくらか」という表面的な議論を繰り返しても意味はない。はっきり言って時間の無駄。

投資や資産形成においては、まず「目的を明確にする」ことを考えていただきたい。これができると「何ができるか」という選択肢を明らかにすることができ、最終的にその中で「自分に合ったものは何か」という観点から選択することができる。

資産運用も資産形成も「目的」を明確にしたうえで、それぞれの商品の特性を加味した組合せが重要だという意識転換をしない限り、資産形成は場当たり的になってしまうのである。

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近藤駿介~金融市場を通して見える世界』(2015年10月13日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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