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カネカ、育休明け転勤命令でSNS大炎上。老舗企業の人材軽視が経営危機に直結する=栫井駿介

カネカが炎上しています。きっかけはツイッターの投稿で、育休を取った男性社員が復帰直後に転勤を言い渡され、やむを得ず退職したというもの。問題を受けて株価は下落していますが、同社は買いなのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

背景には昭和 vs 平成・令和?歴史ある企業ほど起こる世代間対立

パタニティハラスメントで大炎上

カネカ<4118>が炎上しています。きっかけは、Twitterの投稿です。育児休暇を取った男性社員が、職場復帰するなり転勤を言い渡され、やむを得ず退職に追いやられたというものです。父親の育児参加やワーク・ライフ・バランスが叫ばれるなかで、「パタニティハラスメント」として注目されています。

法的には問題なくても、それってどうなの?

詳細な経緯は、以下の通りと推察されます。

40代夫婦に2人目の子供が誕生
 ↓
新居購入、夫は育休取得
 ↓
保育園が決まり、夫は職場復帰、妻も職場復帰予定
 ↓
夫職場復帰直後に関西への転勤が通告される
 ↓
延期を申し出るが受け入れられず、退職を決意
 ↓
退職日を5月末に強制され、有給休暇消化を認められず
 ↓
夫、退職して無職に

これに対し、カネカは「法的には問題ない」の一点張りです。それがかえって人々の感情を逆なでし、いっそう火に油を注ぐ事態となっています。

確かに、法的には問題はないかもしれません。社員を転勤させることは会社の権利ですし、社員もそれを承知で働いています。サラリーマンというのはそういうものでしょう。(ただし、有給休暇の消化が認められなかった点は、本当だとしたらアウトです。)

何より問題になっているのは、育児休暇を取ってこれから子育てが大変な時に、状況を過酷にする転勤を強制したことです。まして、新居を購入し、子供の保育園が決まったばかりのタイミングです。

夫は直接調整を申し出ていることから、会社は知らなかったでは済まされません。この事件の経緯を見るほど、カネカが社員とその家族を大切にしない会社ではないかという疑念が湧いてきます。

妻の立場になると、家や子供のことが一段落してようやく職場復帰だという時に、夫が単身赴任するか、家族で引っ越すかの選択を迫られているわけです。Twitterで怒りを吐露したくなるのも当然と言えます。

Next: これは世代間対立?育休直後に退職した私が思うこと



育休直後に退職した私が思うこと

私としてもこの事件は他人事ではありません。なぜなら、私自身も育児休暇からの復帰直後に退職した身だからです。

もっとも、決して嫌がらせを受けたわけではありません。円満退社でしたし、有給休暇もすべて消化させてもらいました。人事や同僚も優しく送り出してくれて、かえって退職するのが惜しく感じられたほどです。

ただ、退職を決意したのは、家族を考えてのことでした。育児休暇から復帰すると、特に割り当てられた案件もなく、会社ではぼーっと過ごしていました。上司はそれを見かねたのでしょう。人手不足だった案件に私を投入しようとしたのです。

しかし、その案件を受けると忙しくなり、帰宅時間も遅くなることが目に見えていました。家で待っている妻と子供のことを考えると「それは嫌だ」と思ったのです。

半年後くらいを目処に起業しようと考えていたのですが、その予定を大きく前倒しし、話を受けてすぐに退職を決意しました。

もしその案件を受けていたらと考えると恐ろしくなります。生まれたばかりの子供の顔を見ることもできずに、不満を募らせた妻とも不仲になっていたかもしれません。

上司も悪気があったわけではなく、私のこれからのキャリアのことを考えてくれたのだと思います。まだまだモーレツ社員の世代ですから、忙しい仕事を与えるのはむしろ親切心だったとも考えられます。

この考えのギャップが、カネカのような問題を引き起こしているのだと思います。表向きではワーク・ライフ・バランスを推進すると言っておきながら、上役はそれを「常識」として理解することができません。

一方で、若い人の価値観は確実に変化していて、管理職世代のモーレツ社員が持つ「常識」は通用しなくなっています。カネカ固有の問題ではなく、歴史のある会社ほど起きやすい価値観の対立と捉えることができるのです。

昭和 vs 平成・令和。歴史ある企業ほど起こる世代間対立

カネカは化学製品の会社です。プラスチック製品の素材を企業に供給しています。あなたが使っている身の回りのものも、カネカが供給した材料を使用しているかもしれません。

出典:カネカホームページ

1949年に鐘淵紡績(カネボウ)から分離し、設立されました。その後、昭和の高度経済成長の大量生産に不可欠な存在としてぐんぐん成長し、現在は従業員1万人を抱える大企業となっています。

これまで大きな企業再編もなく、独立独歩の経営を貫いていました。有価証券報告書にある取締役の経歴を見ると、会長以下11人中9人がキャリアのスタートが「当社入社」となる、いわゆるプロパー社員です。

多くの伝統的な日本企業について言えることですが、このような会社は終身雇用を前提とした旧態依然の体質を保存しています。すなわち、高度経済成長の成功体験をいまだに引きずる経営者が、そのままの感覚で経営を行っているのです。

当然その考えは、同じように会社の中にいる管理職にも引き継がれます。その旧来の企業戦士としての価値観と、近年のプライベート重視の価値観が対立し、冒頭のような軋轢が起きてしまったというわけです。

いわば、昭和 vs 平成・令和の世代間対立と言っても良いでしょう。

Next: 経営力は見劣り。カネカの強みを活かすために必要なことは?



経営力は見劣り。カネカの強みを活かすために必要なこと

問題を受けて、カネカの株価は下落しています。同社は買いなのでしょうか。改めて業績を見てみましょう。

売上高は順調に伸び、直近の2019年3月期には最高を更新しています。しかし、利益は、2006年3月期からいまだに最高を更新できていません

カネカのような化学メーカーにとって、ここ数年は追い風が吹いていました。景気は上向きで、なおかつ製品の原料となる原油価格が低下していたため、利益を出しやすい環境にあったのです。大手化学メーカーは、この数年連続で最高益を更新しています。

そのような環境の中で最高益を更新できていないのはなぜでしょうか。それは、プロパー社員が大半を占める内向的な会社であるがゆえに、不採算事業からの撤退が遅れているからだと考えます。

各社の営業利益率を比較してみると、カネカが見劣りしていることがわかります。利益率の差は、会社の経営力の差と見て良いでしょう。

不採算事業を多く抱えるということは、会社の資源が分散されてしまっているということです。そうなると、成長分野に機動的にお金や人材を投入することが難しくなり、また思わぬところから巨額損失が生まれることも珍しくありません。攻めにとっても守りにとっても良いことはないのです。

カネカの強みは研究開発にあります。様々な製品を開発しているからこそ知見は豊富で、毎年多くの研究開発費を投入しています。ここから新たなヒット商品を生み出していくことが成長戦略の柱となります。

しかし、研究開発の肝はなんと言っても人材です。いつまでも昔ながらの価値観を引きずったままでは、優秀な人材ほど離れていってしまうでしょう。不採算事業をいつまでも続けることも、不必要に人材を縛り付けることになります。

長期投資家の立場から見ると、今のカネカには決して投資する気にはなれません。社会的に問題があるだけでなく、経営の方向性から長期的な成長性が見込みにくいからです。

いいものは持っている会社です。今回の事件を機に、大きく変わることを期待しています。


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image by:IgorGolovniov / Shutterstock.com

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2019年6月11日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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