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安倍政権が選択したリフレ政策は間違っていた?なぜ、なかなかインフレにならないのか=吉田繁治

米国ノーベル賞学者クルーグマンが書いた『流動性の罠』をベースに、安倍政権は拡大するリフレ政策をとりました。この政策は正解だったのでしょうか。(『ビジネス知識源プレミアム』吉田繁治)

※本記事は有料メルマガ『ビジネス知識源プレミアム』2019年7月13日号の一部抜粋です。興味を持たれた方は、ぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

安倍政権の経済・金融政策の中核にあるのは、円の増発

日本政府がリフレ政策をとった理由

安倍政権は、米国ノーベル賞学者クルーグマンが2001年に書いていた『流動性の罠』を日本経済のベースとして、財政赤字の縮減ではなくむしろ拡大するリフレ政策をとりました。

事業仕分けの「ムダな支出はなかった」という失敗を、傍らで見ていたからです。

方法は財政赤字の削減、つまり新規国債発行の減少ではなく、日銀が年間60兆円規模の国債を買い取る、通貨増発策でした。

2015年には、金融機関が新規国債を買っていた原資である国民の預金が、退職後人口の増加によって増えなくなる、むしろ減る傾向でした。

預金が増えない金融環境の中で、
・政府が毎年、40兆円規模の国債を発行すれば、
・売れない国債価格が下がって金利が上がり、
・財政資金は不足して、政府はデフォルトに向かいます。

2012年の時点で、2015年にはそうなる恐れがあったのです(拙著『国家破産』:2011年)。民主党政権の中でも、日銀は預金の増加ではまかなえない20兆円の国債を買い続けていました。

リフレ政策としての円の増発

安倍政権は、これに対して、2年後に2%のインフレの実現を目標にした異次元緩和策をとっています。短期金利は0%に誘導し、日銀がインフレ率が2%になるまで国債を60兆円/年買い続けることでした。

社会保障費(121兆円:2018年)の増加が主因だった財政赤字は縮減せず、金利を下げて国債を買って、円を増発するリフレ策をとったのです。

流動性の罠からの脱出論

クルーグマンは、金利がゼロになった経済では流動性選好が起こる。罠とは預金や現金を使わず、貯めることです。

しかしインフレになれば、預金通貨と現金の価値(=商品購買力)が、年々、目減りするから、現金を貯めることを増やさず、消費や投資に使おうとするだろう。借入金利を下げれば、実質金利(名目金利-期待物価上昇率)はマイナスになるので、企業の借り入れの増加による投資も起こるはずだ。

世帯の消費と企業の投資の増加によって、インフレとともに経済は潜在成長率を発揮して盛んになり、潜在成長率を超えた需要と、投資がインフレを加速する。このインフレによって、日本が1998年からかかっている金融の病であるデフレと流動性の罠から脱出できるとしたのが、クルーグマンでした。

Next: インフレのために安倍政権が行った施策の詳細とは?



社会保障費の赤字は削減しない:事業仕分けの愚を避ける

安倍政権は、国民から不人気になる財政赤字の削減は必要がない。インフレのためなら、むしろ財政を拡大したほうがいい。借入需要が増えても金利が上がらないようにするには、日銀が政府の負債である国債を買って、日銀の負債である通貨に換えればいいだけだとしたのです。

安倍政権には、「これが現代エコノミーだ」と自称するリフレ派エコノミストの進言がありました。政府通貨の発行を説いている「現代貨幣論」にもなっています。中央銀行による国債のファイナンス、つまり政府負債のマネタイゼーションは、大きなインフレになるまでは積極的に行うべきだとするものです。

政府は、「ゼロ金利で生じる流動性の罠」から脱出するための「2%のインフレ目標」を掲げることによって、財政赤字を堂々と日銀にファイナンスさせたのです。これは、通貨の増発を原資にした、社会民主主義の政策でもありました。

(※注)社会民主主義ではありませんが、共産主義のソ連では、「政府通貨が、返さなくてもよく、金利も要らない借金」として国有企業に貸しつけられていました。ソ連の偽装GDPは、政府通貨によって作られていたのです。日銀が行っている国債のマネタイゼーションは、政府通貨の発行とおなじことです。

経済の潜在成長力(潜在的な生産力)が高いときに需要を増加させ、十分に生産力を発揮させる政府通貨の増発は効果を上げます。しかし潜在成長力が低いときは、政府通貨の増発も効果を生まず、単に、通貨安とインフレになるだけです。

(※注)潜在成長力とは、その国の経済の、商品生産力の100%を言います。日銀が試算してる潜在成長率は1%です(2018年)
※参考:需給ギャップと潜在成長率

インフレ目的の、円安誘導ためのドル買い

自民党が政権につくことが確実視されていた2012年末からは、政府系金融(とくに郵貯とかんぽ生命)を使って、ドル国債を買わせ「円安誘導」も行っています。

円安はドル建ての輸出物価を下げ、輸入物価を上げます。輸入物価の上昇分、国内の物価は上がる(円安インフレ)。輸出物価が下がる分、輸出は増えてGDPが増える

副次的には、ドル高によって、対外資産1,000兆円(2018年末)に為替差益分が400兆円くらいはいっています。10%(当時は約8円)のドル高(円安)でも、全体では50~60兆円/年の評価益ですから巨大でした。

(※注)円高/ドル安のときは、逆の評価損になります。

政府系金融による[隠されたドル買い]は2012年11月からであり、金額は30兆円スケールでした。政府の連結のバランスシートにしか現れないようにように隠すのは、中国のような為替操作国と言われるからです。

日銀が、ゆうちょ銀行とかんぽ生命がもつ国債を発行価格より高く買いあげて円を供給する。→ゆうちょ銀行とかんぽ生命はこの円をもとにして、30兆円の「ドル買い/円売り」をして円安を誘導するという方法でした。

円は、2012年の80円から、2013年は100円台、15年には120円台という50%の円安になったのです(19年7月は108円台)。この間のドル建て対外資産の評価益は、ピークで400兆円だったでしょう。

金融機関と、海外に工場をもつ輸出企業、120兆円の外貨準備をもつ政府の評価益です。注意すべきは「評価益」であることです。実際に、ドル建ての対外資産が増えたのではない、GDPの潜在成長力増加の要素ではないことです。国の経済の潜在成長力は、資本の投下、つまり設備投資の増加によってしか増えません。

ところが2000年代の企業は、人口問題からの将来GDPの成長の低下を予想していて、営業キャッシュフロー以下の投資しかしていません。日銀による増加マネーは、世帯の住宅ローンの増加と、企業の借り入れによる設備投資の増加にはなっていないのです。世帯と企業の、借り入れの増加のなさが、日銀が国債の現金化(財政ファイナンスとマネタイゼーション)を約400兆円行ってもインフレになっていない理由です。

クルーグマンの「流動性の罠」から離脱するための、ゼロ金利と財政ファイナンスの処方箋は、人口の高齢化と減少予想から有効需要の増加が見込めない日本経済に対しては、誤っていたのです。

Next: 現在の株価を構成している買いはどういうものなのか?



日銀を含む政府系金融による株買い

2014年10月からは、日銀が公的年金を運用している政府系のGPIFのもつ国債を買いあげて、GPIFは国債と振り替わった現金で、日本の株式を36兆円に、海外株式(ほとんどが米国株)を37兆円にふやしています。郵貯もかんぽも、内外の株を買いました。

この政府金融(郵貯銀行の総資産208兆円、かんぽ生命76兆円、GPIF159兆円:合計は443兆円と資金量が巨大)の日銀に国債を売って得た現金での株買いが、アベノミクス株価の上昇の主導をしたものです。

これに、日銀の株ETFの買い26兆円も加わっています(年間6兆円の枠で継続中)。

70兆円の買いが、株の時価総額を直接に210兆円はふやした

日銀の26兆円を含む政府系金融による国内の株買いは、2012年末以降の6年間で70兆円にはなるでしょう。

70兆円の買いは、年間12兆円、月間1兆円です。現在のちょうど600兆円の時価総額(東証一部:19年7月)のうち、株価への直接のレバレッジ率を米国の自社買い並みの3倍と低く見ても、210兆円分(35%)に相当するでしょう。

民間の株買いの誘導分を含むと50%の300兆円

平均指数の日経平均株価で言えば、2万1,500円のうち6,500円分です。ただし、政府系金融が誘導した民間の株買いが上げた分を含むと、ほぼ50%(1万円:時価総額では300兆円)が、政府系金融が惹起した株価と推計します。

前号で述べたように米国株は、2011年から18年に社債で調達した4兆ドル(440兆円)が、株価の時価総額では12兆ドル(1,320兆円)を上げています。現在の時価総額3,000兆円の44%分です。

<リーマン危機後のFRBのドル供給4兆ドル(440兆円):元になったこと>

<社債発行への波及>→低金利の社債発行(負債の増加)による、株買い4兆ドル(440兆円)
<株価上昇への波及>→株価時価総額3,000兆円→米国経済の高成長説が生じる。

これは、もとをたどればFRBのドル発行の増加、つまりFRBの負債の増加が上げた株価です。

日本では、元になったのは日銀の負債増加になる国債の現金化です。

<日銀の国債の買い400兆円により400兆円の現金を増加供給:元になったこと>

<波及(1)>→ゼロ金利の円での2%から3%の金利がつくドル買い(円売り)→40%の円安→対外資産の評価が40%上昇した

<波及(2)>→政府系金融機関の、手持ち国債が、日銀によって現金化された→その現金による株買い(70兆円)→日本の株価を35%(210兆円)は上げた。

以上のように、日米の株価はいずれも中央銀行の通貨増発がもとになったものであり、「大きな負債の上の饗宴」です。宴(うたげ)は、飲み会であり終わりが来ます。いつまでもつづけることはできない。この点が、GDPの潜在成長力を高める設備投資とは違います。

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image by: Frederic Legrand – COMEO / Shutterstock.com

ビジネス知識源プレミアム:1ヶ月ビジネス書5冊を超える情報価値をe-Mailで』(2019年7月13日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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