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マイナス金利で得する人、損する人=経済学者・青木泰樹

日銀の「マイナス金利付き量的・質的緩和政策」は、これまで日銀が依拠してきたリフレ派の理屈と矛盾しており、黒田総裁の意図とは裏腹に現実経済に混乱をもたらす――経世論研究所客員研究員で経済学者の青木泰樹氏が解説します。

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年2月13日号より
※本記事のリード文はMONEY VOICE編集部によるものです

マイナス金利で得する人、損する人

いくら思い通りにならなくても、無茶はいけません。
たとえ日銀総裁であっても例外ではありません。

日銀は、2%インフレ目標の達成時期を先送りし続けております。
2015年4月に行われた金融政策決定会合では「2016年度前半」に、同年10月の会合では「2016年度後半」に、そして本年1月には、とうとう「2017年度前半」に後ずれさせました。
しかし、このあたりが限度でしょう。
これ以上、後ずれさせると、例えば2017年度後半(2017年10月~2018年3月)以降に伸ばすと困る人がいるのです。

2018年4月8日に5年間の任期が満了となる黒田東彦日銀総裁です。
その前に目標を達成できなければ、彼が強力に推進してきた「異次元の金融緩和政策」は失敗したことになります。
同時に、その政策基盤たるリフレ派の理屈も現実に適合するものでないことが誰の目にも明らかになってしまうのです(十中八九、そうなるでしょう)。

昨年12月18日に、日銀はこれまでの金融緩和政策に「補完措置」を講じましたが、ほとんど効果がなかったことは前回述べました。
言うまでもなく、量的緩和政策が限界に達しているからです。
【青木泰樹】国債買い取りの限界 – 三橋貴明の「新」日本経済新聞

補完措置が空振りに終わり、年明け早々の急激な円高・株安に直面し、黒田総裁は肝を冷やしたことでしょう。
これまでの金融緩和政策の唯一の成果が、円安およびそれに基づく株高であったからです(ただし、今般生じた5割もの円の対外価値の下落は経済理論で説明できるものではありません。それは多分に投機的要因に基づくと考えられますが、ここでは言及しません)。
世界的なリスク回避に向けたマネーの動きが強まれば、円高・株安傾向が続き、日本経済は逆回転を始めてしまいます。

その焦りからか、黒田総裁は三度目のサプライズを起こしました。
周知のように、本年1月29日に、従来の量的・質的金融緩和に加えて、「マイナス金利」を導入したのです。
その理由として、黒田総裁は「2%の物価目標の達成が当初の想定よりも時間がかかっているため」と説明しました(さすがに、「私の任期満了までに達成するため」とは言いませんでしたが)。
「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入 – 日本銀行

本日は、日銀の「マイナス金利付き量的・質的緩和政策」について、その新政策手段がこれまで日銀が依拠してきたリフレ派の理屈と矛盾すること、および黒田総裁の意図とは裏腹に現実経済に混乱をもたらすことをお話ししたいと思います(マイナス金利に関しては、今後何度か触れたいと思います)。

Next: 一口にマイナス金利と言っても、現実経済での現れ方は三通りある



本題に入る前に、マイナス金利について簡単に説明しておきましょう。
一口にマイナス金利と言っても、現実経済での現れ方は三通りあります。

先ず、今回、日銀の実施する「日銀当座預金の付利」をマイナスにするケースです。
本年2月16日以降、日銀は市中銀行の積み増す「新規の超過準備」に対してマイナス0.1%の付利をすることにしました。
これまで積み上げてきた超過準備に関しては、従来通りプラス0.1%の付利を維持するとのことです。

通常、市中(民間)銀行の当座預金に金利は付きません。以前、日銀もそうでした。
しかし、リーマンショック直後の2008年10月より補完当座預金制度が導入され、市中銀行の保有する日銀当座預金の超過準備に対して利息が付けられるようになったのです(それが付利)。

当時、日銀の金融政策の目標は政策金利(短期金利)を一定範囲に誘導することにあり、その下限を画するものとして付利が導入されたとされています(短期金利マイナス0.2%の水準に設定。ちなみに上限は基準貸付利率)。
しかし、程なく短期金利の誘導目標が0.1%に引き下げられ(ゼロ金利政策への復帰)、それ以降、付利も0.1%に据え置かれていた経緯があります。
付利がこの水準に据え置かれた明確な理由は判然としません(それが後の付利引き下げの議論につながっていきます)。

次に、国債がマイナス金利になるケースです。
ただし、この現象は国債の表面利率がマイナスになることを意味しません。
表面利率をマイナスにしたら誰も国債を買わなくなります(現金保有の方が得ですから)。
あくまでも国債の買い手側が、インカムゲイン(利子所得)ではなく、キャピタルゲイン(資本利得)を求めて買値を引き上げた結果として生じる現象です。
その意味で、「転売目的のための投機的現象」と言えます。

例えば、額面100円、表面利率が0.5%の10年物国債を保有していれば、毎年50銭の金利を得られ、償還日まで保有すれば総額で5円の金利が得られます(10年後に償還される元本は100円)。
簡単化のために将来価額の現在価値への割引を考慮しなければ、今、この国債を100円で買って満期まで保有したときの10年間の利回りは5%、105円で買えば利回り0%ですから、105円以上で買って、満期まで保有すればマイナスの利回りになるわけです(例えば、現在の106円を10年後の105円と交換する場合を考えてください)。

ただし、国債の流通利回りがマイナスとなっても、国債発行主体である財務省はそれによって利得が生じるわけではありません。
国債価格が幾らであっても、「額面X表面利率」の利子(確定利子)を払うことに変わりはないからです。
もちろん、こうした傾向が続けば、新規発行に際して表面利率は下がりますから、その分、利払いが少なくなります。

最後に、市中銀行が個人や法人の「預金金利」を、実質上、マイナスにするケースです。
これはたまりませんね。
さすがに預金金利自体をマイナスにすることはできないでしょうから、新たに口座管理料を設定したり、手数料を課すことによって、実質的に預金金利以上のコストを利用者が負担するというケースです。
預金者にとって、今回の日銀のマイナス金利政策の影響として最も心配なところでしょう。

他方、市中銀行が「貸出金利」をマイナスにすることはあり得ません。
もしそうすれば、国民全員がカネを借りるために銀行の融資窓口に殺到するでしょうから、一夜にして銀行の超過準備は払底するでしょう。

Next: 日銀のマイナス金利導入はリフレ派のこれまでの論理と矛盾する



さて、上述のことを予備知識として、次に今回の日銀によるマイナス金利の導入がリフレ派のこれまでの論理と矛盾することについて説明しましょう。

一般に、金融政策の手段は、「伝統的(金融政策)手段」と「非伝統的手段」に大別されます。
前者はインフレ状態の経済を前提に、「政策金利(短期金利)の操作」によって景気の微調整を図ることを目的とするものであり、後者はディス・インフレもしくはデフレ状態の経済を前提に「金利操作以外の手段(例えば量的緩和)」を用いるものであります。

簡単に言えば、「政策目標が短期金利の水準か、それ以外か」ということです。
米国の連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)は、共に金利操作を目指していますから伝統的手段の立場です。
2014年6月にECBはマイナス金利を導入しましたが、それは短期金利の下限を下げ、市中銀行の融資を促す目的でした(域内諸国の貸出金利にまだ低下余地があると判断したのでしょう)。

これに対し日銀は、長らく短期金利が実質的にゼロ金利状態であり、名目金利を操作することができませんでした。
かつ十数年間におよぶデフレ不況状態でしたから、デフレ脱却のためにリフレ派の理屈(1997年のポール・クルーグマンの提唱した考え方に基づく学説)に立脚した非伝統的な量的緩和政策が実施されたことは、皆様ご存じのとおりです。

もちろん、FRBは2014年10月まで量的緩和を実施していましたし、ECBは2015年3月以降実施しておりますから、非伝統的手段も併用してきたというべきかもしれません。
しかし、両者にとっての量的緩和政策(正確には「バランスシート政策」)の意図は、日銀のそれとは異なっています。

FRBは、長期債を買う量的緩和によって長期金利を押し下げようとしたのです(短期金利だけでなくイールドカーブ全体を押し下げるため)。
またECBは、ギリシャをはじめとする南欧諸国の国債暴落不安を解消し、かつ域内の金利低下を促すために量的緩和を行っていますが、それはバランスシートを以前の水準(2012年3月の3兆ユーロ)まで戻そうとしているだけで、決して物価が上昇するまで無制限にという話ではありません。
日銀のように量的緩和によって物価を上昇させることを意図したものではないのです(結果的に上がれば儲けものと思うくらいでしょう)。

FRBやECBの中に、「インフレ期待の上昇」をベースマネーの増加で内生的に生み出せると考えるリフレ派はいないと思います。

日銀のリフレ政策の根幹は、フィッシャーの方程式(実質金利=名目金利-期待インフレ率)を前提に、「たとえ名目金利がゼロ以下にならないとしても、期待インフレ率を上げる方策があれば実質金利は下げられる。期待を変える方策こそ、2%インフレ達成まで日銀がベースマネーを増加させることをコミットメントし、かつ実行することだ」というものです。
すなわち、「期待」のチャンネルを通じて実質金利を引き下げるのがリフレ政策です。
「名目金利に触(さわ)らずに、実質金利だけ下げる」のです。
この理屈からすると、コアCPIが0%近辺で停滞していることは痛いのです(インフレ期待が盛り上がっていない証拠ですから、リフレ経路が機能していないことを意味します)。

実際の効果としては、年間80兆円の国債買い取りによって、(FRBのしたことと同じように)長期金利は下がりました。
しかし、企業の設備投資意欲は一向に盛り上がりません。
本来、黒田総裁は、不確実性の世界で予想実質金利が多少下がったところで、企業経営者は実物投資を増やさないという現実経済における当たり前の事実を認識すべきなのです(リフレ派の方達も含め)。

Next: 通貨の番人が、金融の混乱に拍車をかけようとしている



ところが性懲りもなく、今度はマイナス金利の導入です。
名目金利を人為的に下げようとしているのです(リフレ派の理屈からすると名目金利が下がらないことが前提だったのですが)。
ゼロ金利制約というのは、短期金利が実質ゼロという状況を指します(その場合、イールドカーブ全体が正値の範囲に収まります)。
今回、黒田総裁は「長期金利をゼロ金利近辺へ押し下げよう」としていると思われます。
そうなると長期金利(10年物国債金利)より短い国債金利はマイナスとなります。
イールドカーブの左半分(10年以下)がマイナス圏に水没するからです(イールドカーブは右上がりですので)。

ただし、現在でも十分低い長期金利をほんの僅か下げたところで、市中銀行の貸出金利はゼロ以下になりませんので、実物投資は増加しないでしょう(融資も増えない)。
マイナス金利の国債を購入できるのは、先述した如く、日銀の高値買いを期待する投機目的の金融機関だけで、個人や法人は買えません。
準備預金制度の対象となっている銀行等は、マイナス金利の対象となる新規の超過準備相当の現金を外債やリスク資産に投資せざるを得なくなります。
債券の長期保有により安定的な収益を上げてきた金融機関は、収益の減少に直面することとなり、いずれは一般国民にしわ寄せが来ることは必定です。
金融機関が投機に依存せざるを得ない不安定社会の現出です。

黒田総裁は、「必要なら、さらにマイナス幅を引き下げる」と言っています。
通貨の番人が、金融の混乱に拍車をかけようとしているのです。
黒田総裁の暴走が止まることを祈るのみです。

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