マネーボイス メニュー

JTが減配する可能性はあるのか? 高配当でも下げ止まらない「のれん」2兆円減損リスク=栫井駿介

前回アップしたJTの記事では、財務について触れていませんでした。投資家が特に懸念している「のれん」と「減配」という2つのリスクについて解説します。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

【関連】JTは下げ止まるのか?ついに配当利回り約7%…嫌われる銘柄にこそ妙味あり=栫井駿介

2兆円の「のれん」はJTの重石となるか?減配の兆候を見極める

「のれん」は突然の損失を生む地雷原

JT<2914>の記事をアップしたところ、著名投資家のインヴェスドクターさんから貴重なご指摘をいただきました。

そのとおりで、前回の記事では財務について触れられていません。これも株価下落要因の一つであることは確かです。

投資家が特に懸念しているのが「のれん」です。財務諸表を見ると、約2兆円の「のれん」があることがわかります。

のれんとは、企業を買収した時に生じる項目です。企業を純資産以上の金額で買った場合、簿価よりも「払いすぎた分」がのれんとして計上されます。

例えば、純資産100億円の企業を200億円で買えば、100億円(200億円-100億円)ののれんが発生します。

「払いすぎた」ものなので、日本基準の会計処理では一般的に20年にわたって償却し、費用として計上していました。100億円ののれんなら、毎年5億円(100億円÷20)が費用となります。

ところが、国際会計基準(IFRS)を採用することで、のれんは定期償却しなくて良くなりました。JTも2011年からIFRSを採用しています。IFRSの採用により、企業は従来の会計基準よりも利益を「かさ増し」できるようになりました。

一方で、IFRSでは決算期ごとに買収した企業の実情を反映し、「のれん」に価値がないと判断した時点で損失を計上します。

上記の例では、100億円ののれんに50億円しかないと判断した時点で50億円の特別損失を計上します。株主からすると突然のことなので、パニックで売ってしまうかもしれません。多くの投資家はこの事態を恐れているのです。

Next: パニック売りの恐怖!のれん減損が起こる可能性は…



JTに大規模なのれん減損が起こりにくい理由

のれんの価値の判定には「ディスカウント・キャッシュ・フロー法」を用います。これは、将来想定されるキャッシュ・フローを現在価値に割り引いて足し上げるものです。

…と言っても難しいと思うので、要は買った事業が儲からなくなったら償却して損失を計上するということです。JTの場合は、損失額がマックス2兆円あることから、投資家が警戒しているのです。

すなわち、のれんの減損の兆候を見極めるには、買った事業が順調かそうでないかを判断する必要があります。

それでは、JTののれんがどこから発生しているのかと言うと、海外たばこ企業の買収です。中でも特に大きいのが、1999年の米RJRナビスコ(米国外事業)、2007年の英ギャラハー、2016年のアメリカンスピリットです。

すなわち、海外事業の状況が悪化していれば減損の可能性がありますし、そうでなければあまり心配する必要はありません

では、JTの海外事業の業績推移を見てみましょう。

大きく伸びているとは言えないものの、比較的安定した推移です。一時低下傾向にあった利益も、直近の3年は増加しています。

たばこ事業は世界的に見ても安定しています。良いかどうかは別にして中毒性があり、一度手にするとなかなか離れることができません。

先進国を中心に喫煙率は下がっていますが、その分値上げすることで相殺できます。ヘビースモーカーは、たとえ1箱1,000円になろうと吸い続けるのです。

非喫煙者にとっては、値上げで喫煙率が下がるのは歓迎できますし、値上げは増税と同時に行わることが多いので税収は減らず、政府にとってもありがたい話です。つまり、値上げは多くのステークホルダーに歓迎されるのです。

このようにして、たばこ事業の安定性は保たれ、大規模なのれん減損の可能性は低いと考えられるわけです。

Next: のれん減損が起こるとしたら?その時はどうしたらわかるのか



現時点で減配の兆候は見られない―株主はチェックを怠るな

のれんの減損の可能性が全くないと言うつもりはありません。将来のことは予測できないのが、事業の世界です。

しかし、万が一2兆円ののれん全額が減損してしまっても、危機的な状況にはならないでしょう。

JTの資本は2.7兆円あります。2兆円の損失が発生しても債務超過にはならず、なお資本には余裕があるのです。

のれんの減損は、キャッシュ・アウトがありません。したがって、配当に対しての直接的な影響はないのです。配当原資(利益剰余金)にも余裕があり、JTは4,000億円の営業キャッシュ・フローから淡々と配当を払い続けることができるのです。

もっとも、のれんを減損しなければならなくなるのは、業績が悪化した時です。業績が悪化すれば、上記の様々な前提条件が崩れることになります。

したがって、株主はた業績のチェックを怠らず、業績悪化の兆候に目を光らせなければならないのです。

現時点で私が言えることは、減損や業績悪化の兆候は見られないということです。キャッシュ・フローが安定していれば減配の可能性は低いですし、株式の37.6%を保有する財務省も減配はよしとしないでしょう。

配当目的の投資としては決して悪くないと考えます。

投資に100%の正解はありません。その中で、現時点で得られる情報から少しでも有利と考えられる行動を取ることが投資家に求められる技量です。ぜひ企業のことをもっと知って、その技量を高めてください。


つばめ投資顧問は、本格的に長期投資に取り組みたいあなたに役立つ情報を発信しています。まずは無料メールマガジンにご登録ください。

※上記は企業業績等一般的な情報提供を目的とするものであり、金融商品への投資や金融サービスの購入を勧誘するものではありません。上記に基づく行動により発生したいかなる損失についても、当社は一切の責任を負いかねます。内容には正確性を期しておりますが、それを保証するものではありませんので、取扱いには十分留意してください。

image by: Billion Photos / Shutterstock.com

【関連】電通が目論む「情報銀行」構想の衝撃、個人情報保護よりも「活用」重視の恐ろしさ=岩田昭男

【関連】文在寅に突き刺さる2つのブーメラン、側近スキャンダルと反日煽り過ぎで支持率急降下=勝又壽良

【関連】なぜジム・ロジャーズは日本株を全部売った?天才投資家が警告する日本衰退の元凶とは=花輪陽子

バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2019年9月5日号)より
※太字はMONEY VOICE編集部による

無料メルマガ好評配信中

バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問

[無料 ほぼ 平日刊]
【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。