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“ローコスト”な原発の正直なコスト~過酷事故の発生確率は4.3%/年=吉田繁治

福島原発の過酷事故(3.11)から5年が経ちました。あのとき、東電と政府が隠していた事故の状況を、インターネットで調べ、約2週間、ほぼ毎日送っていたことを思い出します。政府の試算では、原子力発電は火力や水力より経済的とされていますが、事故で生じる巨大なコストが含まれていません。(『ビジネス知識源プレミアム』吉田繁治)

3.11の過酷事故から5年、あらためて「原発の経済性」を考える

1.福島原発のメルトダウン~隠された事実

政府・東電は、実際は3日後に明らかだった1号機、2号機、3号機でのメルトダウンを認めませんでした。メルダウンとは、冷却水を失った核燃料が、自己発熱で1500度以上になって溶け、厚い鋼鉄の圧力容器も壊して、外部にある鉄筋コンクリートの格納容器に落ちることです。

圧力容器に核燃料は残っていず、最後の遮蔽である格納容器にも穴があいて流れ、ほぼ全量が、地中に沈んでいるとされています(メルトスルー)。3基分で数100トンとされる核燃料の破片(デブリ)がどこにあるのか、公式には、未だ不明です。地下数十メートルの深さともいう。

回収の目標はあっても、メドは立っていません。東電のロードマップでは、核燃料の取り出しは東京オリンピックの翌年の2021年以降、1号機から3号機のいずれかから開始とされています。廃炉には、その後30年から40年もかかるという(2051年から2061年)。

おそらく、これは無理です。時間が長すぎます。最終的には、「取り出すことの意味はない」として、何らかの方法で外部に漏れないように覆って、冷却を続けながら終結でしょう。その「何らかの方法」が何か、分かってはいません。

2.公開された首相談話の予備原稿~「ことここに至っては――」

16年2月20日(朝刊)に、東京新聞は、民主党政権下で作られていたという首相談話の草案を入手したとし、公開しました。

書き手は、官邸の情報発信担当の内閣官房参与だった劇作家の平田オリザ氏です。文科省からの依頼があったのは、事故後1週間の3月18日という。

「ことここに至っては、政府の力だけ、自治体の力だけでは、皆様(みなさま)の生活をすべてお守りすることができません」
「国民のみなさまの健康に影響を及ぼす被害の可能性が出てまいりました」
「西日本に向かう列車などに、妊娠中、乳幼児を連れた方を優先して乗車させていただきたい」
「どうか、国民一人ひとりが、冷静に行動し、いたわり合い、支え合う精神で、どうかこの難局を共に乗り切っていただきたい」

出典:原発事故 政府の力では皆様を守り切れません 首都圏避難で首相談話草案 – 東京新聞

とあるという。

東日本と首都圏の汚染の想定です。数千万人の避難が想定されていたようです。
(注)菅首相は、この草案の存在は「知らない」と否定しています

まさに日本にとっての「神風」、偏西風に救われました。ユーラシアを支配していたモンゴル帝国の元寇(1281年:鎌倉時代:クビライ帝)のときと同じです。粉塵になった放射性物質は、多くが風にのり、太平洋に拡散したのです。

第二次世界大戦のときを含め、国民にとって重大で不都合なことは、「知らしむべからず」とするのが、政府の伝統でしょう。

あれこれ調べて本当と思える状況を、メールマガジンで書き続けていたとき、当方には「国民の不安を鎮めるのが、あなたの役割だろう」という趣旨の東電筋からのメールが来ました。しかし知らせないことが、不安を鎮めることとは、当方には思えなかったのです。

【9万7000人の避難生活】

福島県によれば、震災と原発事故での県内への避難は5万4181名、県外避難は4万3139名です(2011年3月11日)。合計で9万7000人というのは、現在もあまり変わっていないでしょう。
平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況即報 – 福島県ホームページ

東日本大震災からの復興全体に、26兆円(年平均5.2兆円)が投じられています(政府 復興会議議長:五百旗頭真(いおきべまこと))。増税分と日本郵政の株売却分が、財源です。

最近5年、GDPのほぼ1%分を、復興事業(財政支出)が作ってきました。イメージで言うと100万人が住む都市の、1年分のGDP(=需要=所得=商品とサービスの生産)が5兆円です。

2016年の第三四半期(9月~12月)の実質GDPは年率換算で1.1%減少でしたが、このGDPのうち約1%分が、復興事業の財政支出です。

Next: 3.原発の経済性に関する議論~政府試算の「ローコスト」は幻想である



3.原発の経済性に関する議論~政府試算の「ローコスト」は幻想である

原発での発電は、全設備と機械の減価償却費、燃料費及び人件費で言えば、火力や水力発電よりは経済的とされています。政府の試算では以下です(経済協力開発機構原子力機関:2011年)。

【原子力発電の経済性】

原子力がもっとも安く、環境への二酸化炭素の排出もない。

しかし大島堅一氏(立命館大学教授/環境経済学)は、1970年から2010年の41年間で、発電事業に要した本当のコストは以下だったとしています。政府の電源三法交付金の、住民保証料の政策コストも入れたものです。原発が立地する町とその周辺には、保証金が払われているからです(有価証券報告書に基づく原発単価の推計)。

【1KW時の総コスト(ライフサイクルコスト):大島堅一氏】

原子力がもっとも高くなっています。

しかしこの原発の費用も、保管を続けるしかない核燃料の廃棄物の処理費、そして、建設後40年以上たってこれから増えるメンテナンス費廃炉費用、及び大地震と過酷事故の確率までを入れたものではありません。

「放射能を、外部に飛散させる過酷事故は起こらない」とされているからです。
(注)原発の過酷事故は、簡単に言えば、放射性物質が外部の外部に出る状態です

1基で1000年に1度という低い確率であれ、わが国で13ヶ所、原子炉数では44基ある過酷事故の合計確率と、事故で生じる巨大な保障費を、保険料のように予想コストに入れた場合、原発のライフサイクルの総コストは、大島氏の試算もはるかに超えるものになります。

Next: 1年間のうちに、日本のどこかで原発の大事故が起こる確率は4.3%



1年間のうちに、日本のどこかで原発の大事故が起こる確率は4.3%

1基で1000年に1度の確率は、1000の目があるサイコロを、1年に1回投げるのと同じです。

1つの目に過酷事故と書いてあるとします(1/1000)。わが国には44基の原子炉があります。1年に44回、このサイコロを投げて、1回でも過酷事故の目が出る確率が1年間の事故率です。

逆数で言うと、44基の全部で過酷事故が起こらない確率は、〔0.999の44乗≒0.957=95.7%〕です。1年間に過酷事故が起こる確率は〔1-0.956=0.043=4.3%〕です。

つまり、1年間にどこかの原発で過酷事故が起こる確率は4.3%と高い。住宅の火災の確率は1年に0.1%です(1000年に1度)。火災に比較して、日本のどこかで原発の大事故が起こる確率は、43倍も高い4.3%です。住宅の火災以上に「保険」をかけておくべきでしょう。

しかし…原発は作ってしまっています(44基:2015年)。つまりコミットしてしまい、コストは発生してしまっています。今から廃炉にすれば、償却されていない設備の廃棄と廃炉の費用が新たに加わります。このため、政府は再稼働の方針を決めています

不安は、運転中のものが19基、建設計画が225基もある中国でしょう。

日本は、大陸から偏西風が吹く方向に位置し、万一沿岸部の原発で過酷事故が起これば、黄砂やPM2.5のように放射性物質が飛来するからです。

この場合日本を2度救った神風が、逆のものに転じます。確率は、「万一」です。日本の地理では、過酷事故が起こらないことを祈るしかないでしょう。

【関連】クルーグマンと浜田宏一氏の誤り~『2020年 世界経済の勝者と敗者』を読む=吉田繁治

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