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チャットワークが成長するためには、ソーシャルワーカーのリスクを軽減する施策が必要

Chatwork<4448>は、9月24日東証マザーズに新規上場しました。同社の株価は、公募価格1,600円に対して初値は-7.50%の1,480円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化

本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月9日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。

初値は公募価格から7.50%下落し、1,480円でスタート

Chatworkをジョブ理論の視点からみる

Chatwork株式会社<4448>(以下、同社)は、2019年9月24日東証マザーズに新規上場しました。業務内容は、ビジネスチャットツールの開発と提供およびセキュリティソフトウェアの代理販売です。

同社の株価は、公募価格1,600円に対して初値は1,480円をつけました。差異率は-7.50%と値を下げました。なお、10月8日時点の株価は1,125円です。

クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。

では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。

ビジネスモデルの特徴

同社は、Chatwork事業およびセキュリティ事業を展開しています。

Chatwork事業は、個人および法人を顧客とし、インターネット上でブラウザを介してチャット機能を利用できるビジネスチャットツールを提供し、その対価として収益を得ます。なお、収益モデルはフリーミアムを採用しており、有料プランについては利用者数に応じた定額利用料を受け取っています。

セキュリティ事業は、個人および法人を顧客とし、セキュリティ対策ソフトウェアの仕入販売を行い、その対価として収益を得ます。

ビジネスモデル的にみれば、いずれの事業のそれも、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品──ビジネスチャットツールやセキュリティ対策ソフトウェア──へと変換する価値付加プロセス型事業です。

同社は、対処すべき課題の一つとして「顧客基盤の拡大」を、事業等のリスクとして「ビジネスチャットツールにかかる需要動向について」「技術革新及び顧客需要の変化への対応について」「法的規制について」等をあげています。

Next: Chatworkが今後、成長するために取り組むべき課題とは?



思考実験──片づけるべき用事とは

『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。

1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。

2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。

3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。

4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。

5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。

出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)

用事の特定

イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。

今回は、同社が課題としてあげる「顧客基盤の拡大」を取り上げます。同社はそれを、次のように認識しています。

現時点では、Web広告や口コミに基づくフリーミアムからの利用者の増加と、利用拡大に伴う課金ID化が当社成長の中心となっておりますが、今後更なる顧客基盤拡大のため、営業人員の増強や販売代理店の新規開拓といった積極的な販売網の拡充を行ってまいる所存です。また、既に展開している士業や介護、建設等の業種ごとの人脈やネットワークを活用した営業アプローチの推進を、他業種へも拡大してまいります。

急激に拡大しているクラウドソーシング業界では、一部のクライアントが、ワーカーとのやり取りにプラットフォーマーが用意しているメッセージ機能ではなく、外部のサービスであるChatworkの利用を求めてくるケースが多々あります。確かに、Chatworkを利用すればリアルタイムのやり取りができるかもしれません。しかし、そのやり取りはプラットフォーマーには把握できないため、クライアントとワーカーとの間でトラブルが発生してもプラットフォーマーは対応のしようがありません。これは、ワーカーにとってはリスクです。

こういった状況で顧客──クラウドソーシングで仕事を受注しようとする個人──がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「仕事を受注する」ということ。感情的側面として「面倒の回避」「リスク低減」といったことを重視するでしょう。

なお、同社は競合を次のように認識しています。

当社が事業を展開するビジネスコミュニケーション市場においては、各種ハードウェア・ソフトウェア及びサービスを提供する企業が多数参入しており、近年においては、クラウドサービス形態により関連サービスを提供する企業も増加しているものと認識しております。当該領域においてビジネスチャットツールを提供する企業も複数存在しており、これら企業との間で競合が生じております。また、一般にインターネット上で提供されるクラウドサービスは参入障壁が低いものと認識しております。

当社は、ユーザビリティや汎用性の高さ、強固なセキュリティ機能等を追求することにより、他社との差別化を図っており、今後も継続的にユーザー・インターフェースの改善や企業ニーズに応じた機能強化を実施していくことにより、サービスの競争力の維持向上に努めていく方針であります。

なお、当社は、競合企業の参入や拡大については、ビジネスチャットツール全体の認知度向上に繋がるものと考えられ、当社事業にとっても一定のメリットがあるものと考えておりますが、過度な価格競争等を含む競合の激化が生じた場合や、当社における十分な差別化が困難となり競争力が低下した場合には、当社の経営成績及び財政状態に影響を及ぼす可能性があります。

Next: チャットワークが改善すべきは、ユーザーが安心して使用できる仕様



体験の構築

用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。

クラウドソーシングで仕事を受注しようとする個人がChatworkを雇うとする際に障害となり得るのは、先に述べたように、クライアントのやり取りをプラットフォーマーが把握できないことです。確かに、同社が提供しているサービスは法的規制を受けています。

当社事業において、Chatwork事業については、主として「電気通信事業法」及び関連法令等の規制を受けており、届出電気通信事業者としての届出を実施しており、ユーザーの通信の媒介にかかる通信の秘密の遵守等が義務付けられております。

しかし、Wikipediaによると、

通信の秘密(つうしんのひみつ)とは、個人間の通信(信書・電話・電波・電子メールなど)の内容及びこれに関連した一切の事項に関して、公権力や通信当事者以外の第三者がこれを把握すること、および知り得たことを他者に漏らすなどを禁止すること。通信の自由(つうしんのじゆう)の保障と表裏一体の関係にある。

としています。したがって、プラットフォーマーが通信の当事者になれば、Chatworkでのクライアントとワーカーのやり取りを把握できることになります。つまり、クライアントとワーカーの双方の合意があれば、基本的にプラットフォーマーは通信の当事者になることができるはずです。

いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、クラウドソーシングを利用する個人は「安心しChatworkを使うことができる」という、ある意味ですぐれた体験ができるようになるでしょう。

プロセスの統合

最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。

プラットフォーマーが通信の当事者となったとしても、リアルタイムでクライアントとワーカーのやり取りを把握することは現実的に不可能です。したがって、一定の期間、両者のやり取りをデータとして保管しておく必要があります。

そうなると、社内プロセスの統合という意味で同社の課題となるのは、Chatworkでやり取りされたメッセージを低コストで一定期間保管し、それらを通信の当事者が簡単に引き出せるようにすることです。

では、同社がこうした取り組みを進めるのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。

ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。

・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。

この指摘を踏まえるのであれば、同社はリトル・ハイア──やり取りされたメッセージの数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。

【参考文献】

・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・Wikipedia(通信の秘密)
クラウドソーシング市場規模、18年度に4倍強‐日本経済新聞(2015年3月2日公開)
・有価証券届出書(新規公開時)


本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月9日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

image by:Sharaf Maksumov / Shutterstock.com

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イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年10月9日号)より一部抜粋

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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。

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