TOTO<5332>と言えば、皆さん何を思い浮かべるでしょうか?そう、トイレですね。実は、温水洗浄便座の代名詞である「ウォシュレット」はTOTOの商標なんです。
中国の経済成長とともに業績を上げてきたTOTOですが、ここに来て異変が起きています。昨年度の中国事業の業績はまさかの減収減益。株価もみるみる下落しています。いったいどうしたのでしょうか?今回は、トイレに心血を注ぐ会社の今後を分析します。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
TOTOは「もったいない」企業? 本気を出せば利益は3倍に伸びる
ライバルとは圧倒的な実力差で君臨
TOTOは、1917年に高級食器で有名な「ノリタケ」から分離してできた会社です。旧社名は「東洋陶器」で、陶器(焼き物)の技術をトイレに応用することで成長してきた会社です。
国内では右に出るものはいません。シェアを見ると、トイレで6割、温水洗浄便座で5割超のシェアを占めます。
ライバルのLIXILとしのぎを削りますが、比較的価格が高いにもかかわらず高いシェアを持つことを見ても、相当な実力差があると言わざるを得ません。
業績好調も、中国事業で陰りが見える
業績は順調に伸びています。国内は住宅着工件数の減少により頭打ちですが、成長を牽引しているのが中国です。中国の経済成長はトイレにも恩恵をもたらしているのです。
ところが、その中国事業に異変が生じています。昨年度(2019年3月期)の中国事業の業績はまさかの減収減益。「爆買い」を期待され上昇していた株価もみるみる下落しています。
なぜ中国の業績が落ち込んでしまったのでしょうか。会社は以下のように説明しています。
中国は一線都市での不動産市況の悪化、新商品立上げ遅れ等の影響で減収減益。
「一線都市」とは、北京、上海、深セン、広州の人口1,000万人を超える都市のことです。不動産開発ブームの落ち着きや、昨年後半から続く経済の停滞により、特に富裕層からの需要が落ち込んでいるのです。
Next: 中国におけるTOTOはフェラーリ?高級ブランドゆえ「トイレ革命」の波に乗れず
中国におけるTOTOは「フェラーリ」
日本では広く普及しているTOTO製品ですが、中国では「高級ブランド」として名を馳せています。それは利益率にもあらわれていて、日本事業の営業利益率が5.7%なのに対し、中国事業は19.4%にものぼります。
中国におけるTOTOは、一般の人には手に届かないような「お高く止まった」商品なのです。これでは、経済状況が悪化すれば業績が落ち込んでしまうのはある意味当然と言えます。
TOTOとしても、経済状況で需要に増減こそ生まれますが、一方ではブランド力がある限り、特に営業努力をしなくても自然と高値で売れる状態なのです。
例えるなら、自動車のフェラーリでしょう。フェラーリは特に宣伝しなくても高い価格で売れ、利益を稼ぎ続けます。中国におけるTOTOはそのようなポジションにあります。
そう考えると、足元で業績が鈍化したとは言え、焦って何かをしなければならない状況ではないようにも見えます。中国事業の売上は全体1割程度なのに対し、営業利益は3割を稼ぎ出します。いわば、大きな苦労をかけずに業績の底上げを図れているのです。
高級ブランドゆえ「トイレ革命」の波に乗れず
一方で、中国のトイレ事情は大きく変化しています。習近平国家主席は、2015年に「トイレ革命」を宣言し、トイレの近代化を訴えました。
中国の広州トイレは「ニーハオトイレ」と揶揄されるように、隣との間に仕切りのないような前時代的なものが一般的でした。一般家庭のトイレも大差なかったと想像できます。習主席はこれを大きく変えようとしたのです。
そこで参考になるのが、日本のトイレです。世界的に見ても清潔で、機能も充実した日本のトイレを中国で普及できれば、「トイレ革命」は完結に向かうはずです。TOTOの株価上昇もそれを見越してのことだったと思われます。
しかし、TOTOは必ずしもその波に乗れませんでした。それは、TOTOが高級ブランドという地位を確立していたが故に、普及帯にまで事業を拡大できなかったことが背景にあると考えます。
高級ブランドが価格を抑えた商品を出そうとすると、高級ブランドだと思って買った人たちを「裏切る」ことになってしまいます。150万円のフェラーリが売り出されたとしたら、ファンはとてもがっかりしてしまうでしょう。
TOTOはこのように、ブランドの維持と普及との間でジレンマに陥っているのです。
Next: 劣悪な商品を放置したままで良いのか?/TOTOの利益は3倍に伸ばせる
劣悪な商品を放置したままで良いのか?
そうこうしている間に、中国では温水洗浄便座を自ら作る企業も現れ始めました。
例えば「JOMOO」や「ARROW」などがあります。中には「TOZO」「TIOTIO」など明らかにTOTOをパクったブランドも出てきているのです。
これらのメーカーの評判は必ずしも芳しいものではありません。それもそのはずで、TOTOが長年心血を注いで開発した陶器やウォシュレットの技術はそう簡単に盗めるものではないのです。
ただし、それらの企業をこのまま放置していてもTOTOにとって良い話ではありません。
ウォシュレットを普及させるには、まず体験してもらう必要があります。私の実家にもウォシュレットはなく不要だと思っていたのですが、大学のトイレにあったものを使っていたらいつの間にか虜になってしまい、以後「これなしでは考えられない」と思うようになりました。
しかし、ここで先に劣悪な温水洗浄便座が出回ると、中国の人たちは幻滅してしまい、普及を妨げてしまいます。
まだ普及率は5%程度と言われ、経済が発展したからと言って必ずしも必要な商品ではありません。社会的に「いらないもの」とされてしまえば、TOTOのビジネスにも悪影響になってしまうでしょう。
TOTOが秘める潜在力――利益は3倍に伸ばせる
もちろん、このまま高級ブランドとして生き残るのも戦略のひとつでしょう。規模は違えど、トヨタとフェラーリで比較するのはナンセンスです。
ただ、投資家の立場として見ると、今のTOTOの動きでは「もったいない」と感じてしまいます。なぜなら、TOTOには爆発的な潜在力があるからです。
現在、中国では高級ブランドとして約600億円の売上高があります。日本では約4,000億円です。単純に人口で考えて中国は日本の10倍ありますから、日本の半分となる30%のシェアが取れれば売上高は2兆円になる計算です。
利益率が5%になっても売上高2兆円なら1,000億円になります。これだけで、営業利益は会社全体で現在の約3倍になるのです。
何より私は、ウォシュレットを開発した企業として、これを普及させる義務があると思います。中国で本当に良いトイレを普及できれば、使う人も、TOTOも、株主もみんな幸せになれるはずです。
Next: 自前主義を貫くべきか?ウォシュレット普及へ本気度が試される
自前主義を貫くべきか?ウォシュレット普及へ本気度が試される
もちろん、TOTOだって何も手を打っていないわけではありません。量販ブランドとして「ウォシュレットプラス」を立ち上げ、最高級品の1/4程度の価格で売り出しています。
※参考:「ウォシュレット」に量販ブランド TOTO – 日本経済新聞(2018年7月18日配信)
ただし、私はこれでは戦略として弱いと思います。普及させるにはもっと安い価格にしなければなりませんし、一方で「高級ブランド」とのジレンマを抱えたままです。
これを突破するには、TOTOに受け継がれてきた自前主義からの脱却が必要になると考えます。TOTOはこれまでM&Aに手を出したことがありません。
具体的には、現地企業の買収や資本提携により、最低限の技術を供与して低価格で販売することです。これにより、TOTOだけでは難しい中国全体への販売網の強化や製造力の強化が図れます。何より、ビジネスで重要なスピードを身につけることができます。
例えば、インドで40%ものシェアを獲得したスズキ<7269>も、政府との合弁企業「マルチ・スズキ」を立ち上げることで現在の地位を築きました。このようなM&Aは、単なる規模の拡大とは異なります。
その際、ブランドは「TOTO」ではなく別ブランドとします。ブランドを分ける手法は、自動車で良く用いられます。トヨタも、普及ブランドは「トヨタ」、高級ブランドは「レクサス」という形にしています。
こうすれば、多くの中国人がウォシュレットの良さを分かってもらえ、普及率は上昇するのではないかと考えます。同時に、お金がある人が引き続き高級ブランドのTOTOを買えば、今の高利益率も維持できるということになります。
もちろん、自前主義もいいところはあり、また中国企業と協力するのは簡単なことではありません。しかし、そこまでやるからこそ、企業の存在意義が高まると考えます。楽な戦略などどこにもありません。
中国による「爆買い」の期待は剥がれて株価は低迷していますが、TOTOの潜在力はまだまだこんなものではないと思います。今後の戦略に期待していきたいと思います。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2019年10月21日)
※太字はMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。