インティメート・マージャー<7072>は、10月24日東証マザーズに新規上場しました。同社の株価は、公募価格1,900円に対して初値は+110.53%の4,000円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年12月3日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。
初値は公募価格から110.53%上昇し、4,000円でスタート
インティメート・マージャーをジョブ理論の視点からみる
株式会社インティメート・マージャー<7072>(以下、同社)は、2019年10月24日東証マザーズに新規上場しました。業務内容は、インターネット利用者の属性データ等を生かしたコンサルティングサービスの提供です。
同社の株価は、公募価格1,900円に対して初値は4,000円をつけました。差異率は+110.53%をほぼ2倍になりました。なお、12月2日時点の株価は2,904円です。
クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。
では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。
ビジネスモデルの特徴
同社は、広告主を顧客とし、インターネット利用者の属性等の情報提供、それらの情報を活用するコンサルティングサービスを提供し、その対価として収益を得ます。なお、広告主が行う施策は、デジタルマーケティングやオフラインマーケティングといったマーケティング以外にも定量的な意思決定への活用があります。
ビジネスモデル的にみれば、同社のそれは、構造化されていない問題を診断し解決するためのソリューションショップ型事業に近いといえます。
同社は、対処すべき課題の一つとして「優秀な人材の確保と教育制度の充実」を、事業等のリスクとして「事業環境に関するリスク」「組織体制に関するリスク」「法的規制に関するリスク」「システムに関するリスク」等をあげています。
Next: インティメート・マージャーが今後、成長するために取り組むべき課題とは?
思考実験──片づけるべき用事とは
『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。
1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。
2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。
3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。
4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。
5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。
出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)
用事の特定
イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。
今回は、同社が対処すべき課題としてあげる「教育制度の充実」を取り上げます。同社はそれを次のように認識しています。
当社は、今後の成長のために、多様で優秀な人材の確保が不可欠であると認識しております。ソーシャルメディアの活用等、採用方法の多様化を図り、当社の求める専門性や資質を兼ね備えた人材の登用を進めるとともに、研修制度の充実等、教育体制の整備を進め、人材の定着と能力の底上げを行っていく方針であります。
こういった状況で顧客(広告主)がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「インターネット等を使い自社の製品やサービスの宣伝をするための提案を受ける」ということ。意思決定者であれば、感情的側面として「整理・整頓」「統合」「収益確保」「リスク低減」、社会的側面として「中長期的なブランド価値の向上」といったことを重視するでしょう。
Next: インティメート・マージャーがすべきは、コンサルティング人材の教育
体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。
顧客がマーケティング戦略を雇うとする際に障害となり得るのは、それを実践しても思ったような成果が得られないということ。それは、同社の「構造化されていない問題を診断し解決する」というビジネスモデルに起因するものでもあります。
いずれにしても、同社のビジネスモデルは、製造業や小売業のような価値付加プロセス型事業とは異なり、結果を保証するものではありません。したがって、顧客企業に提案したマーケティング戦略の成功確率を高めるためには、同社がいうように、労働集型の仕事といわれるコンサルティングを担当する「人材の定着と能力の底上げを行っていく」しか方法はないといえます。
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。
クリステンセン教授たちは『イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル』のなかで、「イノベータを特別な存在にしているものは何か?」としたうえで、次のように指摘しています。
実験力:最後に、イノベータはつねに新しい経験に挑み、新しいアイデアを試している。実験者は頭の中で、また経験を通して、世界を飽くことなく探求し、判断を保留しながらさまざまな仮説を検証している。
そして、この経験を学びに生かす理論の一つに「経験学習モデル」があります。『人材育成ハンドブック いま知っておくべき100のテーマ 新版』によれば、それは次のようなものです。
経験学習モデルとは、経験を学びに変換するプロセスとして、具体的経験・内省的観察・抽象的概念化・能動的実験の4つのプロセスをサイクル化したものである。
同社がもつ人材の能力の底上げを行っていくための一つの方法は、上記で紹介した経験学習モデルをベースとした研修を実施することです。具体的には、次のようなプロセスを経ます。研修を受ける従業員は、具体的経験によって自身の能力よりも一段高い業務または未経験の業務の機会を与えられ、内省的観察によって具体的にそこでどのような行動をしたのかを振り返って気づきを得て、抽象的概念化によってその気づきを具体的な行動につなげて学びを得て、実践の場で試すことになります。
こうした一連のプロセスをこなす従業員にとって障害となり得るのは、過去のことを単に振り返るだけでは、業務の際に起こった出来事の列挙やその際に沸いた感情を羅列して終わることです。特に若手社員はこういった傾向があるといいます。このような障害を取り除くための一つの手段が、質の高い質問です。つまり、経験学習モデルをベースにした従業員研修には、こうした質の高い質問を発する指導者が必要なのです。また、こうした研修を設計する際の注意点として先に取り上げた『人材育成ハンドブック いま知っておくべき100のテーマ 新版』は次のように指摘しています。
受講者がこれまで経験、実践してきたことと実施テーマを紐づけることが重要です。
したがって、社内プロセスの統合という意味で、同社の課題となるのは適切な研修の設計と優秀な指導者を確保することだといえます。
では、同社がこうした研修に取り組むのであれば、業績の評価基準はどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。
ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。
・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
この指摘を踏まえるのであれば、同社はリトル・ハイア──顧客に採用された提案の件数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。
【参考文献】
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・クレイトン・クリステンセン/著 ジェフリー・ダイアー/著『イノベーションのDNA破壊的イノベータの5つのスキル』(翔泳社)
・眞崎大輔/監修 ラーニングエージェンシー/編著『人材育成ハンドブック いま知っておくべき100のテーマ 新版』(ダイヤモンド社)
・有価証券届出書(新規公開時)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年12月3日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。